犯人がこの中にいるかどうかはどうでもいい
Tempp @ぷかぷか
第1話 あのとき、犯人はこの中にいたかもしれない。
「犯人はこの中にいるッ!」
ここは
「ちょっと君、変なことをいわないでくれよ。まるで推理漫画みたいじゃないか」
そう言いとがめるのは夫婦のうちの夫のほうだ。隣のコテージに泊まっている。その言葉も当然だろう。
私と璃央は大学生且つ幼馴染で、たまたま私がこのコテージの無料宿泊チケットを商店街の福引で当てたから、二人で泊まりに来た。今日はクリスマスイブだった。なんていうか長年の煮えきらない私たちの関係を今晩こそ解消しようと。
それにこうも思っていた。どうせまた……殺人事件が起こるんだろうって。
何故だかわからないが璃央と一緒にいると、やたらめったら殺人事件が起こる。これはもう、璃央が呪われているからとしか思えない。そのあまりの頻度に璃央の周りから人は減っていき、いや、物理的にもちょっと減ったけれど人間関係的に減ったってのが大半で、ともかく超常現象じみているけれど璃央の周りでは人が死ぬ。
警察も事件の度に璃央を疑い、そして当然ながら璃央が犯人ではないことはそのアリバイなんかから明らかになる。いっそうのこと璃央が犯人であれば話はわかりやすいのに、残念ながらこの人一倍斜め上に正義感が発達した男はさっきのような頓狂なことを口走っては捜査を撹乱し、ついたあだ名が迷探偵。
そうして私は思い出した。
こんな場面が初めてじゃないことを。あの時もこのおじさんに似た人が隣のコテージに泊まっていて、いや、よくよく考えればこのコテージに来たときから見たことがある予感がしていた。それがこのおじさんを見て、今の状況を改めて考えれば、12年前の雪の日と同じような経過を辿っていることがたくさんの記憶の中からくっきりと浮かび上がってきた。頭の中で篩をかけるように。
あれは確か私たちが小学生のときのことだ。私たち四人家族はこのコテージに来て、あのときも連続殺人事件が起こった。嗚呼!
そもそも今回の事件について振り返ってみる。
3時間ほど前に女の悲鳴が聞こえた。バンと扉を開けて外に飛び出した璃央を追って私も雪の中に飛び出した。こういう時、璃央の側から離れるのは危険だ。璃央のフォーカスから外れると死亡率が一気に跳ね上がる。それを経験則上、近くにいる私はよく知っている。
雪に紛れそうな璃央の影に必死で食らいつき、追いついた時にはありえない姿で人が死んでいた。その室内着のような薄着を纏った女の四肢から周囲の木々に氷が伸び、あたかも空中に浮くように凍りついていた。そして次に悲鳴をあげたのがこの隣のコテージのおじさんなわけだ。その時、過去の私は驚いて三歩ほど後ずさり、雪だるまにぶつかってそれをバラバラに崩してしまった。今回もたしかにあの場所に雪だるまがあった。
そのことに違和感を覚え、これが過去と同じ経過を辿っていると気がついたのはその時だ。12年前と同じように死体が凍っていて、私は雪だるまを崩した。
そこからの展開はあっという間だった。誰かが悲鳴が上がるたびに死体が見つかり、都合死体が4体になった時にこのおじさんがこう発音した。
「バラバラになっているから襲われるのでは」
正直なところ、結構な高確率で投げかけられるこの言葉に少しだけ辟易した。
そんなわけで、このあたりで一番大きなコテージのリビングに生き残っていた6人が集まり、そのうちの2人が隣のキッチンに食べ物を取りに行くと言って戻ってこなかった。残りのみんなで、つまり私と璃央とこの夫婦で見に行けば、2の死体が見つかった。
よく考えたらたしかに推理漫画じみたスピード展開だけど、いつものことなので細かいことを考えたら負けだ。
最も大事なことは、これがあの12年前の雪の日と同じ状況だということだ。
フラッシュバックというのか、これまで頭の底に封じ込めていた記憶が次々とと泡立つように浮かび上がる。
私たちが小学生の時、私の家族と璃央の家族はそれぞれにこのコテージ村のコテージを借りた。あの時もクリスマスだ。みんな幸せに満ち溢れていた。夜半からちらちらと降り出した雪が窓の外を白く染め始め、璃央の家族のコテージで一緒にクリスマスプレゼントを開けようとしたときに最初の悲鳴が上がり、飛び出した璃央を追いかけた。
あの殺人事件も複雑な経過を辿った。たくさんの悲鳴が上がった。雪によって足跡がわからなくなり、雪が吸収することによって音は聞こえにくくなった。そして一番大きなコテージでリビングから離れてキッチンで死体となったのは、私の両親だった。
「嗚呼!」
「ど、どうしたんだ? 突然」
璃央が私に心配そうに声を掛ける。
けれどもそんなどうでもいい意味のない問いかけより、心の奥底にしまい込んでいた痛みが心臓を切り裂くように体中に響き渡った痛みのほうが重要だ。思えばあの時だ。あの時から璃央の周りで殺人事件ばかり起こるようになった。そして唯一私の家族の中で生き残った私は、璃央の家族の養子となり引き取られた。
その璃央の両親も、つい先々週不可解な事故に巻き込まれて死んだ。
ため息が出た。
「璃央、犯人とか、やめよう」
最後の望みをかけてそう呟いた。璃央を止めればこの狂った現象から逃れられるかもしれないと思ったからだ。一縷の望みだ。
「でも、
「よく考えて、さっきも見たでしょう? ここに来るまでの唯一の道は丸太で倒れて塞がれていたこと。だから逃げるなんてできないの。犯人はきっとどこかのコテージに逃げ込んでる」
そうじゃなきゃ、この中にいる。その言葉は私は隠した。
ああ、本当に推理漫画のテンプレートみたいなことを口走っている。事実は小説より奇なりというけれど、事実のほうがよほど辻褄が合わないことが多い。
そういえばあのときも、小学生のときも璃央はこんな探偵じみたことを口走っていた。けれども小学生の言うことと大学生の言う事じゃあ重みが全然違うし……でもいつも、こうだったな。
懐かしさ、恐怖、怒り、悲しみ、これまで忘れていたそんな制御できない様々な感情が去来する。
あの時はどうだったんだろう。
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