王太子妃の護衛と第二王子のラブソング
猪瀬
1 いつかの夢
いつの話しか、少なくとも自分の立場や生まれなんて気にしていなほど幼かった頃の話なのは確実だ。
小さな少女と、さほど年が変わらないだろう少年が王宮の中庭を並んで歩いていた。
二人が話していると、顔を赤くした少年が少女の間に出て宣言をした。
「いつかお前を僕のお、お、お、お嫁さんにしてやる」
少年の宣言にポカンとする少女。
ちょっとして、ひねくれた少女は眉をひそめ、ため息を吐いた。
「いきなり、何?」
たどたどしい言葉で、少年に疑問をぶつけた。
「ぷ、プロポーズと言うやつだ!」
少年の顔色はさっきの比にならないレベルで赤く染まっていた。
このままだと茹でられたタコのようになってしまいそうなほどだ。
「私、惚れられるようなことなにもしてないし、覚えもない。何に惚れた?」
「っ!?い、いいんだよ。そんな話し!」
少年は少女本人に好きになった理由を聞かれて恥ずかしくなったのか、ぶっきらぼうにいい放つ。
「気になる、けど……。言いたくないと言うのなら、別にいい」
「ともかくだ。大きくなったらお、お……お嫁さんにするからな」
「……」
少年の言葉に少女は考え込む。
考え込んで答えを出さない少女に少年は「まさか、いきなりこんなことを言ったから嫌われてしまったのでは?」何て見当違いなことを考えていた。
声をかけようにも、なんと声をかけたらいいのかわからず少年は少女の周りをオロオロ、ワタワタとしている。
「お、おい?」
「……」
少女は何もしゃべらない。
もう少年は泣きたい気分だった。
「う、うぅ……。い、嫌なら嫌と言えばいいじゃないか!」
このままだと情けない姿をさらしてしまいそうだ。そう思った少年は少女の表情も見ずに告げた。
「嫌……じゃない」
「え?」
「嫌じゃ、ない、と思ってる」
「……本当か?」
少年は予想外の少女の返答にすっとんきょうな声を上げる。
「うん」
「そうか、そうか!」
さっきまでの泣きそうな表情はどこへやら、少年の喜色満面の表情を浮かべる。
「じゃ、じゃあ、僕のお、嫁さんになるんだな?」
「嫌じゃないけど、なりたいかは、わからない」
「え?」
上げて落とすとはまさにこの事だ。
ズゥンと沈んでしまった少年の姿に、こんどは少女の方が慌てふためくことになった。
「え、えっと、私は捨てられた、から……。そのお嫁さんとか、よくわからない……」
「……はぁ、そんなの簡単だ。僕にあ、愛されていればいい」
「あ、あい……?」
困惑気味の少女に仕方がないとでも言いたげな表情をした少年は一目もはばからず、少女に抱きつく。
少女は少年の行動に驚き、固まってしまう。
「え、えっと……?」
「これとか、いつもお兄様やお義姉様がしているみたいなことをするんだよ。お茶をしたり、二人でゆっくりしたり、あとは……き、キス、とか?」
「キス?口をあわせるやつ?」
「そう、嫌?」
少年は少女から少し離れ、少女と目を合わせて頬を手のひらでなでる。
少女は少年に言われたことを反すうする。
少年がお兄様とお義姉様と呼んだ二人のようなことをする。
それを自分に置き換えて、考えてみる。
少女の出した答えは__
「……嫌じゃない」
むしろ胸がドキドキとうるさいくらい高鳴っている。
「じゃあ、僕のお、嫁さんになってくれる?」
「……うん」
「絶対?嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
「約束する?」
「ん、する……」
少女は結婚の意味を理解しているのか、していないのか、それはわからない。
だが少女の頬は赤く染まっていた。
「じゃあ!じゃあ、約束だからな!絶対だぞ!」
「うん」
少年は少女が自分のプロポーズに色好い返事を返してくれたのがよほど嬉しかったのか、少女の手を握りピョンピョンとウサギのように跳び跳ねて喜んでいる。
少女は、そんな少年の様子を見て優しくほほ笑む。
「これ、あげるから、僕のお嫁さんになるまで待ってるんだぞ」
「わかった」
少年が少女に手渡したのは少女の色違いに瞳と同じ色をした赤と青のクリスタルに穴を開けて紐を通したもの簡単な作りのネックレスだ。
「この石な、先生に教わって僕が作ったんだ」
「きれい……」
そこには無垢で優しく、純粋な光景が広がっていた。
小鳥のさえずる声が聞こえる。
カーテンの開いた窓から差し込む光が否が応でも夢の世界から引き剥がそうとしてくる。
まだ幸せな夢に浸りたくて、意地で目をつぶるが意識が覚醒してしまって夢の続きは見られなかった。
目を開けて、現実を見る。
部屋は質素でいて、物がないせいか、もともと広かったのに余計に広く感じてしまう。
眠たい目を擦りながら起き上がる。
「……はぁ」
ため息をはいて窓の外を眺める。
「嘘つき」
ポツリと、無意識にこぼした言葉は誰にも届かずに空気に霧散して消えていった。
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