第13話
並木道に落ちていた花びらは、すでに全部片付けられている。
今は授業中だからか、いつもは人が多い並木道にも人がいない。私はため息をついて、並木道のベンチに腰をかけた。ベンチに、というよりベンチで寝ている風菜に、だけど。
「うぇ。重いよ、りんね」
「乙女になんて事言うんですか」
「乙女でも重いものは重いし」
「……む。風菜が悪いんですよ。また授業サボって」
そう。今日も風菜は授業をサボっていた。
二限の体育が面倒くさいのはわかるけれど、サボらなくてもいいのにって思う。せめて見学とかにすればいいのに、どうしてわざわざサボるのか。
「ふうな思うんだよね。こんな晴れてて気持ちい日にたいくなんてやる必要なくない? って」
「逆じゃないですか? 晴れてる日って、体育日和じゃないですか」
「違うよー。こんな日は体育なんかじゃなくて、ピクニックでもするのが一番なの!」
「ピクニック……」
今日日あんまり聞かない単語だ。
でも、昔はよく風菜とピクニックに行ったっけ。家からちょっと離れたところに広い公園があって、私たちはいつもそこでお弁当を広げていた。芝生の上で食べるお弁当って、なんであんなに美味しいんだろ。
いや、お弁当の美味しさについて考えている場合でもない。
「そう。のんびり日向ぼっこして、美味しいお弁当食べて、あったかい風を感じる。こんな日はそれが一番だよー」
「何言ってんですか。早く着替えてきてください」
「やだ。今日はピクニックって決めたから」
可愛らしい見た目に反して、風菜は頑固だ。こうなった風菜はもう言葉で止めることはできない。いっそ引きずって更衣室まで連れて行ったろかって感じなんだけど、本気で抵抗されたらそれも難しい。
私は風菜のお腹に体重をかけた。
「りんねってさ」
「なんですか?」
「お尻ちっちゃいよね」
「ぶん殴られたいんですか?」
私はまたため息をついた。彼女はくすくす笑って、私をお腹の上からどかす。そして、隣のベンチに置かれた包みを一つ、私に差し出してくる。
「なんですか、これ」
「お弁当。今日は早起きして作ってきたんだ。りんねの分も」
「それは、ありがとうございます。……でも、お弁当はお昼に食べませんか? まだ朝ですし」
「今食べちゃおうよ。こんな時間に食べるお弁当は、きっといつもと違う美味しさと思うよ?」
彼女は今日もご機嫌だ。
正直サボりに付き合わされる私はたまったものではないのだけど。私の品行方正で真面目なイメージが崩れてしまうではないか、全く。
風菜は包みを開けて、早速お弁当に手をつけ始めている。
一人で食べさせるのも、かわいそうか。
私は仕方なく、弁当箱を開けた。そこに入っていたのは、色とりどりのおかず。オレンジとか緑が綺麗な煮物とか、星型のチーズがくっついたハンバーグとか。なんというか、芸が細かい感じだ。
前々から知ってはいることだけど、風菜って料理うまいんだよなぁ。
いや、料理に限らずなんでもうまいんだけど。
「いただきます」
「どーぞー」
気の抜けた返事。私はそっと煮物を口に運んだ。
「……美味しい、です」
「よかった。愛情たっぷり入ってるから、ちゃんと味わってね」
「異物混入しないでください」
「ひどくない?」
桜の木が風に揺れている。
遠くから生徒たちの声が聞こえてくるものの、この辺は静かだ。こういう暖かくて晴れている日に外でお弁当を食べるのは特別感があっていいと思う。確かにピクニックにはいい日だ。これで授業をサボっていなければ、もう少し純粋に楽しめたのに。
私は風菜の横顔を眺めた。
風に揺れる彼女の髪は、今日も綺麗だ。赤いリボンで結ばれた髪は、どこか昔の彼女を思い出させる。
風菜は大きくなった。性格は変わっていないように思うけど、きっと成長したんだから多少は変わってきている。私をからかったり、怠けたりだらけたり本気を出さなかったりするところはずっと同じだけど。
いつまでこんな感じなんだろう。
今も楽しそうではあるんだけど、本気になれることが見つかったらもっと楽しく生きられるはずだ。できればそれを私が見つけられたらいいなって思う。……でも。
「風菜」
「どうしたの、りんね」
風菜は今日もふわふわしている。
いつか彼女は自然と本気になれることを見つけて、風に乗ってどこかへ飛んでいってしまうのかもしれない。
その時私が何を思うのかはわからない。
でも、このめちゃくちゃな幼馴染が、世界のどこかで楽しく生きているということさえわかれば満足かもしれない。
私は風菜が心の底から笑っているところを見たい。見たい、けど。私の知らない、どこか遠い世界で彼女が笑っていたとしても、それはそれで満足だと思う。要は私は風菜が幸せならそれでいいのだ。
一応、その。
……家族みたいなものだし。
「私、風菜のこと嫌いです」
「またそれ。なんでそんな嫌い嫌いって言うの? ふうな傷ついちゃうよ」
「……だって。授業サボるし私を巻き込むし、色々適当すぎますし。料理だってこんなに美味しいの作れるのに。本気になったら、もっとすごいことができるはずなのに。もったいないです」
「ふうなはのんびり生きていければそれでいいの」
「本当に、そうですか?」
風菜が本気で怠けて生きていきたいなら、それでもいいだろう。
でも、私は絶対そうじゃないと思うのだ。
だって普段の風菜の瞳は、あまりにも退屈そうだから。授業を聞いている時も、友達と話している時も、他のことをしている時も。あまりにも冷たい目をしていて、私はそれを見る度にもやもやする。
嫌なのだ。嫌いなのだ。その目が、退屈そうな横顔が。
だから私は。
「風菜が嘘ついてるの、わかります。ほんとはのんびり生きるのも退屈だって思ってるってことも。私は退屈そうなあなたが嫌いです。大っ嫌い。だから私が、あなたの退屈をぶち壊したいんです。そのむかつく顔を粉々にして、楽しそうな顔に作り替えてやりたいんです!」
「ちょっとりんね。悪童りんねちゃんが顔出しちゃってるよ」
「誰が悪童りんねちゃんですか」
幼稚園の頃のあだ名を持ち出さないでいただきたい。
別にあの頃だって悪童だったわけじゃない。ただちょーっといたずらしたり走り回ったり、お人形を投げて宇宙飛行士! とか言って遊んでいただけではないか。
考えてみると意味不明だけど。
ま、まあ子供がやることなんてそんなもの……だよね?
「りんねって顔に見合わず熱いよね」
「なんですか、顔に見合わずって」
「お人形さんみたいな顔してるのに、性格は正反対ってこと」
「逆に聞きますけど、お人形さんみたいな顔に見合った性格ってなんなんですか?」
「ん? それはまあ……お淑やかー、みたいな」
「私、お淑やかですけど?」
「……あはは」
「何笑ってんですか叩きますよ」
私はご飯とおかずを口に放り込んでいく。朝ごはん食べてからあんまり時間が経っていないからお腹も空いていないけど。お弁当の味付けが私にちょうどいいからなのか、普通に食べることができる。
こういうところ、ほんと。なんかやだって思う。
適当にやっているくせに、いつだって80点を出せてしまうのが風菜という人だ。
やだ。嫌い。むかつく。
お腹の中で感情がぐるぐる渦巻いて、叫び出したい気持ちになる。
「風菜! 私は——」
「あなたたち、ここで何をしているんですか?」
「えっ」
声がした方を見ると、そこには先生と思しき人が立っていた。
あれ、これやばくない?
「高校は今授業中ですよね?」
「えーっと」
「早弁してましたー」
「ちょっ……!」
「……ちょっとこっちに来なさい」
「え、あの」
「ふう……私は遠慮しときまーす。じゃあね、天笠りんねさん」
おいこら。
風菜は凄まじい速さで立ち去っていく。先生はなぜか私をロックオンしていて、風菜を追いかけようとはしない。
ちょっと待ってください。不公平じゃないですか?
ていうか風菜、自分の名前をバラさないために一人称変えてたな。その割に私の名前はフルで言いやがってましたし。
……絶対許さん。
「いいですか? 学生たるもの——」
わあ、今時珍しいくらいど直球のお説教!
その後、私は見知らぬ先生にこってり絞られた。
お説教が終わる頃には風菜のお弁当の味も、すっかり忘れてしまっていた。
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