私の新居
ローレンス邸は広かった。
王都では考えられない広さを占有している。
呑気に「主寝室は二階だったかなぁ」とベイル・ガートンが独りごちている。
何処の大型店舗の店先かと思わせられるホールを抜けて『居間』に案内される。やわらかな敷き物大きな窓からは昼下がりの光りが差し込んでくる。
王都の執務室には確かにあったがガラス窓は高級品だ。
いや、さすが王弟太公様のご紹介というところか?
「こっちが応接室であっちが客間、居間からのあの扉の先が厨房な。ニューがお茶の準備と夕食の支度はしてくれているはずだけど、どーする? 食べないなら持ち帰れる分は持ち帰るけど?」
見知らぬ小娘の手料理。
それなら携帯食でも齧っていればいいだろう。
好きにすればいいと伝えれば、その重さがのっていそうな身体に不釣り合いな機敏さでベイル・ガートンは厨房に消えた。
薄く開いた扉のむこうから奇声が聞こえた気もした。
少し考える。
客を呼ぶ予定はない。
そう、つまり、どう生活をおくってもよいはずである。
食事は栄養の補給が必要だと感じた時に摂取すればよく、睡眠も眠気がおとずれた時でよいはずである。
王都にいた折りは、日に四度は食事に時間をとられ辟易したモノである。
その上で数日に一度程度とは言え強制的に「寝ろ!」と襲ってくる聖女様もいたな。そういえば。
たまの魔法の応酬は刺激的で目と頭が冴えるのだがあの聖女様は気がついていたのだろうか?
しばらくはそんな強襲もないのだと思うとふっと気が抜ける。
「寝るんなら主寝室に行けばいいのに」
「何処で寝ようが私の自由だ。ここはしばし私の家なんだからな」
「あー、移動で疲れたんだろうしな。ひと眠りしてからひとっ風呂楽しむといいさ。あ、風呂の準備は井戸もあるが水魔法と温熱魔法が使えればちょちょいのちょいだぜ?」
「心配いらない。生活に必要な指南書がある」
その通りに用意すれば問題ないに決まっている。
ベイル・ガートンは「じゃあ、三日後に様子見にくるから」と残し城砦街に帰っていった。
父に仕えている使用人が用意してくれた生活に必要な指南書。
食事の指南書。掃除の指南書。健康指南書の三冊を荷物の底から引きずり出す。
風呂についても記載がある。
クリーンの魔法が使えるのだから不要な気もするが準備された浴槽に身を沈めることは好きだった。
浴室をクリーンで綺麗にし、適温に調節したお湯をはり、香油を落とす。
クリーンで身綺麗になった後、じっくりと湯船を楽しむ。
飲むものと摘むものを用意しておくのもいいはずだ。
香油。
確か餞別だといくつか押しつけられた気がする。
どこだったか?
一人暮らしに必要かもと適当に買い集めたものが多過ぎて少し困惑はする。だが、荷物が部屋の中に散乱し、広い印象が薄れていく。
荷物を全部出してもこの居間におさまった。
見つけた香油は父に仕え私の予定を補助してくれていた使用人のひとりから押しつけられたモノだ。
少し年配の女性だったと思う。名前は記憶していない。
香油と酒を持って一階にあるという浴室を探しだした。
王都の行政区や研究区のように変わり映えのない扉を開け中を確認していくしかないのは面倒だ。
なんのための部屋であるかのプレートが欲しいかもしれない。
個人宅にこんな部屋数があるというのはよっぽど贅沢ではないかとも思う。
入浴に特化した部屋があるというのも特異だろう。あるものは活用してもいいが。
クリーンひとつで身体も衣類も環境も清潔さは保てるのだから。
そう、これは無駄という名の贅沢。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます