第3章 冒険者育成学園ー1年前期編ー

第1話 夢見る少女とクラスメイト


「ふんっふふーん」


 ご機嫌な鼻歌を歌いながら集会所に着いたアリアは自分の席を探して座りました。


 多くの観客を収容できる大きな集会所には、ぎっしりと椅子が用意されています。集会所の入り口から左側が勉学教室の生徒、右側が戦闘教室の生徒、真ん中には推薦教室の生徒がそれぞれ分かれて座っています。本日入学の1年生は前の席に座り、在校生の先輩たちが座っています。


 数分で集会所は満席になりました。左端にはスーツを身につけた大人が数十人立っていました。


 会場が静かになると、一人の三十代半ばの女性が講演台に立ちました。


 その女性は白一色のガーデンハットを被っており、魔法使いのローブは、白地に紫の縁取りが施され、シンプルでありながら威厳を感じさせます。そして、その女性は語り始めます。


「尊敬する教職員の皆さん、そして新入生のみなさん、本日は入学式という特別な日にお集まりいただき、誠にありがとうございます。

 まず、新入生のみなさんに心から歓迎の言葉を申し上げます。この学園への入学は、新たな旅の始まりです。そして、この旅は知識や経験を積み重ね、成長していく過程でもあります。学び舎としての当校は、皆さんがその旅をしっかりとサポートし、導いていくことをお約束します。

 教育は、知識を得るだけではなく、人間として成長するための大切な場でもあります。私たちの学校では、単に知識を詰め込むのではなく、品格や社会性を培う教育を大切にしています。皆さんが自己を成長させ、将来の夢や目標に向かって進んでいくための基盤を築く手助けをします。

 また、この学校はコミュニティの一員としての責任を理解し、社会に貢献する意識を育む場でもあります。そのためには、互いを尊重し、協力し合うことが重要です。皆さんがこの学校で学ぶだけでなく、仲間との絆を深め、共に成長していくことを願っています。

 最後に、この学校での日々を大切にし、精一杯努力してください。苦労や挫折もあるかもしれませんが、それらを乗り越えることで成長できることを信じています。皆さんの明るい未来を心から応援しています。入学おめでとうございます。グラハナシルト冒険者育成学園 学園長 カイアス・ユーノ」


(あの人がママが言ってたカイアス学園長だ! 後で手紙を渡しに行こう!)


 会場から万雷の拍手が会場を包み込んだ。


「学園長ありがとうございました。続いて、シャーリー生徒会長よりお話です」


 そう言われて講演台に向かったのは茶髪で短髪の男性が向かっていきました。


「時間が押しているので手短にお願いします」

「また僕だけ……」


 司会役の女性の言葉にため息を吐くシャーリーという男性は話し始めます。


「皆さん、こんにちは。僕は生徒会長のシャーリー・ブラウンといいます。

 この学園への新たな一歩を踏み出す皆さん、そして今日まで学んできた皆さん、入学式にお集まりいただき、ありがとうございます。

 生徒会は、皆さんの声を代弁し、学校生活をより良くするために活動しています。私たちが目指すのは、皆さんが充実した学校生活を送り、皆さんが目指す夢や理想へのサポートをすることです。短くはなりますが、入学おめでとうございます。素晴らしい学校生活を楽しんでください! 以上をもちまして、歓迎の挨拶とさせていただきます」


 会場からたくさんの拍手が送られてきました。


 司会が次々に進行していき、全てのプログラムが終了しました。


 そして、生徒はそれぞれの教室へと向かっていきました。


「わー! きれーい! ジュニアスクールと全然違うなー。机と椅子がいっぱいあるけど一人一個使っていいのかな?」


 推薦教室に入ったアリアは感動するのと同時に困惑していました。


 何故なら、ジュニアスクールの時は机はありましたが、長机に三人並ぶように地べたに座っていたので、自分一人で机や椅子を使っていいのか分からないのです。


 アリアは周りを見て、他の人が番号を確認しながら座っているのを目撃しました。


 アリアもそれを真似をして自分の席を探しました。


 アリアも自分の席を見つけて、座りました。


 このクラスの人数は四十人。八行5列の教室で、アリアは入り口に最も近い列の後ろの席に座っています。


 そして、みんなが着席した後、黒髪のウルフカットにゆるめのスパイラルパーマの長身男性が入ってきました。


「うーーっす。みんな席に着いてるなー? あー、今日からこのクラスの担任となる『スパイク・ウィーバー 』だー。まあ、適当によろしくなー」


 ダウナー系の男性がアリアのクラスになる先生みたいです。スパイク先生は声にメリハリがない話し方をしています。

 黒色のフード付きダウンジャケットに下は緑色のダメージジーンズを履いています。そして、椅子に座り、肘をつきながら生徒名簿を開きます。


「なんだぁ? いきなり欠席を決めてるやつがいるじゃねぇか。そこの席は――『ソフィア・ローレンス』か。カイセドリー家のお気に入りのお嬢さんか。ケッ! ったく、貴族なんかクソ喰らえだ」


「いや、そのカイセドリー家の息子なんだが?」


「あー、気を取り直して、んじゃー、自己紹介からすっかー。まあ、俺はお前らの顔とか名前に興味ねぇから、後は勝手にやっててくれ。終わったら起こしてくれよ」


 スパイク先生はそう言って大きなあくびを一回してそのまま机にうつ伏せて寝てしまいました。


 すると、入り口から最も奥の席の一番前の席の男子生徒が言葉を発します。


「俺様の名前は『ゼル・カイセドリー』。侯爵家の息子だ! この教室は誰かが推薦しないと入れないのは知ってるよな? このクラスの席順には理由がある。それは入学試験で上位の成績を残した者が一番の席となる。つーまっーりっ! この俺様がこの教室の中で一番成績が良かったってことだ!」


 ゼルはショートヘアで、黒い生地に、金色の縁取りが施され、シンプルながらも高貴な雰囲気を醸し出しています。金色の装飾は、服の上で輝きを放ち、目を引く存在感を放っています。胸元には星型のボタンが並び、その輝きは美しく、貴族の品格を象徴しています。


 ゼルはアリアを指を差して言います。


「そして、最後の席に座っているそこのお前が一番の不良品ってことだ! せいぜい俺様の品格を落とさないでくれよ! はっはっはー!」


 そう言い終えると、一部の人から「さすがゼル様!」、「やっぱり本物は違う!」などの声が聞こえてきました。


 しかし、アリアは机などをペタペタ触っていて、話を聞いていませんでした。


 ゼルはそれが気に入らなかったのか、舌打ちをして座ってしまいました。彼に続くようにやりたい人だけで自己紹介をしました。


 そして、九番目に自己紹介を始めるのはアリアと知り合ったメルジーナでした。


「私の名前はメルジーナ・ガーネット! 英雄王に憧れて……」


「メルジーナちゃん!」


 メルジーナの言葉を遮り、アリアはそう言って席を立ち上がり、メルジーナの元へと行きました。


「あっ! アリアさん! やっぱりアリアさんもこの教室だったのね! これからクラスメイトとしてもよろしくね」


「うん! こちらこそよろしくね!」


 二人は再会したことを喜びました。


「自己紹介中に声をかけるなんて非常識だわ」

「どこの田舎者かしら?」

「メルジーナ様、あんな奴と関わってるから成績が落ちたのでは?」


 などと、周囲からの悪口がヒソヒソと聞こえ、彼女を取り囲む囁きが耳をつんざくように響きました。しかし、アリアはそれに気にすることはありませんでした。


 次に自己紹介したのは二十番目の席に座っているフードを被った青髪の人でした。


「僕の名前はツバキです。何もない普通の人間ですが、みんなと仲良くなれたらと思います。よろしくお願いします」


 数人の人が拍手をしました。


 そして、次々に自己紹介を終え、三十一番目の人が自己紹介をするために立ちました。


「僕は……」

「おいおい! お前からは成績がゴミのやつだろ?雑魚の自己紹介は時間の無駄だ! どうせ脱落していく連中だからな! ね? そうでしょ? ゼル様?」


 そう言ったのはゼルの隣に座っていた、ゼオンという男でした。ゼオンはゼルの父の執事をしている両親の一人息子です。


「お、おう。まあ、そうだな」


 ゼルは同意を求められる言葉をゼオンから言われ、躊躇しながらも答えました。


「そういうこった! 先生! 自己紹介終わりました!」


 しかし、スパイク先生は寝ているようで返事がありません。


 ゼオンは立ち上がり、スパイク先生に近づいて肩を揺らします。


「んあ? なんだぁ? もう終わったのか?」

「はい! 次は何をするんでしょうか?」


 スパイク先生は姿勢を変えると、生徒たちは先生の次の言葉に耳を傾けた。


「まあ、そうだなー。明日、全校生徒でレクリエーションがあるから、それだけ覚えといてくれー。まあ、出席するもしないも個人の勝手だ。単位さえ落とさなければ卒業はできる。以上、かいさーん」


 言い終えると、スパイク先生はそのまま帰ってしまいました。


 冒険者育成学園は義務教育ではないので、出席するも退学するも自由なのです。貴族の子どもたちは爵位をもらうという目標があるかもしれませんが、基本的には、いい成績を出せば強いクランやギルド警備隊などから、いい条件のオファーがくる可能性が高くなるというメリットがあるというだけです。


 この学園にはアリアたちのように十二歳の人もいれば、十七歳や二十五歳など、幅広い層の人が勉強しています。アリアのクラスにも年上の人も数人ですがいます。


「なんだあの先生。やる気を感じない。本当に大丈夫ですかね?」と、ゼオンの後ろに座っていた細めで小太りの男が言いました。


 彼の名はフレッシュで親がカイセドリー家の専用シェフをしています。


「さぁ? 先生も大したことなさそうだし、クラスメイトもゼル様の相手になりそうな奴はいないですからね」


 ゼオンの言葉にゼルは否定します。


「このクラスを担当する先生だ。実力はあるだろ。じゃないと、課外授業で強い魔物に襲われたらどうする? 全滅だぜ?」


「いやいや! 強い魔物が出たとしてもゼル様の相手ではないですよ! ゼル様は本物の貴族の血が流れているんですから!」


 ゼオンとゼルの会話は続きます。


「まあ、そこら辺の成り上がり貴族に負けるつもりはないけどな」と、斜め後ろに座っているメルジーナをチラッと見て言いました。


 それに気づいたメルジーナはゼルに近づき言いました。


「今、成り上がり貴族って私を見て言ったでしょ!?」


「いんやぁ? 後ろにいる田舎者と知り合いみたいだが、そんな奴と絡むから成績が落ちるんだよ。まあ、成り上がり貴族なりに頑張ってくれよ」


 そう言ってゼルはメルジーナの肩に手をポンッと置きました。


「田舎者?」


 メルジーナは後ろを向くとそこにはアリアがいました。


「田舎者って酷いでしょ! それにアリアさんは関係ないわ!」


「どうだか」


「私、アリア・ヴァレンティン! よろしくね!」


「はんっ。常識もねぇわ成績も底辺の田舎娘なんて興味ねーよ。お前ら行くぞ」


 そう言い残してゼルはゼオンとフレッシュの2人を連れて教室を後にしました。


「はあぁぁぁっ。ほんっと嫌な奴ぅ。ごめんねアリアさん。気にしないで」


「話しかけない方が良かったかな?」

「そんなことないわ。良かったら一緒に帰りましょ?」

「うん!」


 こうして、アリアとメルジーナは一緒に教室を出ました。アリアは実技試験の時、メルジーナを見てすごいと思ったことを伝えました。2人の会話は弾み、笑顔が絶えませんでした。



 放課後の学園長室にて。


「学園長、何を見ているのですか?」と生徒会長のシャーリーが問います。


「あー、すみません。これはですね、私が教師をしていた時に、教え子だった人の娘さんです」


「えっと、アリア・ヴァレンティンですか? 学園長が推薦したっていう」

「そうです。完全に私情にはなりますが。やはり、悪かったでしょうか?」


「いえ、僕は学園長が決めたことなら文句はありません。その教え子だった人は優秀だったんですか?」


「えぇ。少々、問題児ではありましたが、成績はとても優秀な生徒でした」

「へぇ。どんな生徒さんだったんですか?」


「授業中は寝てるか本を読んでいるかで、私たち先生の言うことを聞かない、自分がやりたいことをする自由奔放な女の子でしたね」


「だいぶ問題児でしょ……それ」

「でも、根はいい子でね、外で行う実技試験中でも迷子の子がいたら、その子の親と合流できるまで一緒に探してあげたり、魔法職なのに、怪我をして動けない生徒が魔物に襲われた時は、自分が前に出て一人で戦ったりと、誰かのために自分を犠牲にできるそんな生徒です」


「素敵な生徒さんだったんですね。どれくらい強かったんですか?」

「同じ学年で彼女と渡り合える人は数名だけでした。当時の魔王と互角に戦えるほど強者ですよ、彼女は」


「魔王と渡り合えるのはすごいじゃないですかっ! そういえば、最近は魔王は誕生してないんですかね? 全然見ないですが。あ、もちろんいない方がいいんですけどね」


「いつ出現してもおかしくはありません。邪神が残した魔力残滓が新たな魔王を誕生させることでしょう」


「嫌なことを言わないでくださいよぉ。とにかく早く禁忌エリアの調査が再開されるといいですね」


「そうですね。それはギルドマスターとお話をしなければなりませんね。では、シャーリーさん、明日のレクリエーションの件、よろしくお願いしますね」


「はい、分かりました。では、僕はこれで失礼します」


 シャーリーは一礼して学園長室から退出しました。

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