第22話「やるしか……ない!」

『side:九頭竜村 白銀真白』


 満智院さんの足音が森の中で静かに響き渡る。


 ──大丈夫、ここなら見つからないはず。


 みんなが身体を張ってくれたからこそここに隠れることが出来た、感謝しかない。


 今、自分が身を隠しているのは巨大な木の中。一部が空洞になっており、そこに身体をねじ込んでいる。小さなころから誰にも見つかったことのない自慢の隠れ家だ。


 小さなころから嫌なことがあるたびここに隠れていたせいか、使い古したオモチャとか、イタズラに使っていたライターやペイントボール等、とてもおばあちゃんの前に出せないようなものがそのあたりに散らかっている。


「うっ……ちょっと前までは行けたんですけど、さすがにもうキツいですね……」


 胸のあたりとか。特に。


 幼なじみがおかしいだけで私だってDはあるのだ、十分にスタイルが良いはずなんだ。そりゃあ確かに凛のIカップと比べたらDなんてまな板と変わらないと言われてしまえばその通りなのだが。どう考えても比較対象がおかしすぎるだけだと思う。


 とりあえず、そこら辺に散らかっていたオモチャやイタズラグッズなんかを端に寄せて無理矢理スペースを作り出す。念のため使えそうなものについてはポケットに忍ばせておく。


「……そんなことを言っている場合じゃありませんね」


 満智院さんの足音はどんどん近づいている。それなりの速度で走っている様だ。満智院さんのように足音から距離を推察することは出来ないが、きっとそう遠くないだろう。この場所が見つかることはないとは思うが、それでも高鳴る心臓を止めることは出来ない。


 このまま満智院さんが遠ざかるまでこの場所に隠れ続け、姿が見えなくなり次第何食わぬ顔で村に戻ればいい。みんなにも村おこし関連のデータはスマホから消すよう通達する。


 満智院さんからの疑いの目は強まっているだろうが、決定的な物証を押さえられない限りは問題ない。残りの期間は尻尾を掴ませない程度に驚かせてそれで終わり。


 今回のイベント自体は消化不良に終わるかもしれないが、少し経てばみんな忘れてくれるだろう。因習村として立て直すのはそれからでも問題ないはずだ。


 かりっと。


 気分を落ち着かせるように、超能力者で出した金平糖を口に運ぶ。

 大丈夫、大丈夫だ。

 満智院さんの足音は確かに近づいてはいるが、まっすぐこちらに向かっているわけではない。むしろ山道を駆け上がって山の頂上に向かっているように感じる。



「……あれ?」



 違和感がある。


 本当に自分を探しているのであれば、もう少しゆっくり歩くのではないだろうか。

 いくら満智院さんでも、知らない道を駆け上がりながら、どこに隠れたのかのかも分からない人間を探すことが出来るのだろうか。流石に難しいと思う。


 そこから導き出される結論は、つまり。


「山頂にある、うけい神社に向かっている……?」


 今山頂にはそれなりの人数が集まって仕掛けの隠ぺいに当たっている。特にラストに使う予定だった巨大うけい様を隠すのには苦労しているだろう。それが満智院さんに見つかってしまえば……終わりだ。


「…………」



 自分は、どうするべきだろう。



 頭では分かっている。

 自分のスマホはここに隠して、満智院さんを足止めする。


 簡単な話だ。


 ここで満智院さんを足止めすればするだけみんなが証拠を隠せる時間が増える。

 そうするべきだ、でも。


 情けないことに、私の足は震えて動かすことが出来ない。視線だって地面に張り付いてべったりと剥がすことは出来ないし、呼吸は浅くて心臓は張り裂けそうなほど高鳴っている。


 自分なんかが出て行ってなんになる。自分はただ金平糖を出すしか能のないどこにでもいる臆病な女の子でしかない。



 それでも。



 どうせ意味なんてない、何をやらせても凛に劣り続けてきたお前が満智院さんの前にノコノコ出て行っても無駄だ。



 それでも。



 お前には、凛の様に一歩を踏み出す勇気なんてものはない。



 それでも、それでも、それでも!



「やるしか……ない!」


 それでも、この村の笑顔を守りたい。

 村おこしで芽生えた笑顔を喪いたくない。そして何より、こういう時に一歩踏み出せる人間になりたい。

 凛の親友として、恥じない自分でありたい。


 走りだせ。


 手にしたいものがあるなら。

 叶えたい願いがあるなら。

 必死に手を伸ばせ。


 かりっと。


 金平糖を口に放る。

 身体中を駆け巡る糖分を勇気のガソリンにして燃やし、木の中から抜け出していく。

 そして、震える足をどうにか動かし──満智院さんの前に躍り出た。


 立ちふさがるのは、最強。

 ああ──相手にとって、不足なし。



 ◆



 月明りだけが二人を照らしている。


 約5メートルほどの距離でにらみ合ったままお互いに一歩も動かない。

 満智院さんの瞳は、自分を推し量る様な、見極めるような……動画で何度も見てきた”敵”に向ける目をしている。


 間近で見ると、本当に美しくて恐ろしい。


「白銀真白さん、でしたわね」

「……はい」


 私は浅い呼吸でなんとか返事を返し……もう手遅れだろうが、緊張を悟られないよう必死で取り繕う。


「どうしてこんな所にいらっしゃるのかしら、夜間の森は獣が出て危ないのでしょう?」

「……それはこちらの台詞です、道に迷われたならご案内いたしますが」

「わたくしは、うけい神社に散歩でもしにいこうかと」

「奇遇ですね、私もです」

「そうでしたの……では一緒に向かいましょうか?」

「大変ありがたいお誘いですが……ご遠慮させていただきます」

「あら残念……たくさんお話したいことがございますのに」


 空虚な言葉の応酬に一区切りをつけ、満智院さんの瞳の奥が、ぎらりと光る。


 そして。


 ゆっくりと。見惚れるような流麗さで、鍛え抜かれた両腕が胸の前へと上がっていき──


「では、白銀さん」

「ええ、満智院さん」


 お互いに、笑い合う。


「力ずくで、ご同行願いますわ」

「力づくで、お引き取り願います」


 そして、満智院が思いっきり地面を蹴り──

『科学』と『超能力』の戦いの火蓋が、切って落とされた。



 ◆



 好機は初撃の中にのみ存在する。


 満智院さんは確かに優秀だ。今までだって数多のインチキ超能力者を倒して来たその実力は間違いなく本物。一介の女子高生でしかない白銀真白わたしがどうこうできる相手ではない。


 そう、一介の女子高生では無理だっただろう。 


 だが。


 白銀真白は、超能力者である。

 世界で唯一、わたしだけが簡単確実最速に痩せられる方法を知っている。


 何もないところから金平糖を創り出す能力。

 創り出す代償に、金平糖と同程度のカロリーを消費する。

 色も大きさも自由自在、自分の半径3m以内ならどこにでも出すことが出来る。

 それが、私の持つ超能力。


 インチキ超能力者と戦った経験なら何度もおありでしょうが──《本物の超能力者》と戦うのは、これが初めてでしょう!


 ──眼前5センチメートル!


 こちらに向かって前進をする満智院さんの瞳の手前5センチメートルの場所に、金平糖を出現させる!


「~~~~~~~~~~ッッッ!」


 完全に思考の外からやってきた目潰しに満智院さんが大きくたじろぎ、思わず目を瞑る、その瞬間。


「申し訳ありません満智院さん──! 少し、眠っていて下さい!」


 満智院さんの頭上に、それはもう巨大な──総重量10kgの金平糖が落下する!



 ◆



『side:超能力ハンター 満智院最強子』


「がッ……!」


 意識が一瞬飛ぶ。

 後頭部に強い衝撃が走ったことを認識したのは、それから数刻遅れてのことだった。


 新手!? それとも罠がありましたの!?

 いや、違う。このざらつくような感触と甘い匂いは──!


「……金平糖!?」


 地面に手を着き、立ち上がろうとするが脳が揺さぶられて上手く力が入らない。


 それだけではない。


 そんな自分に追い打ちをかけるかのように、胸元へ軽い衝撃と水音。


 ペイントボールで配信カメラを潰された!?


 わからない。

 今自分は何をされてどんな状態になっているのか。

 わからない事だけがわかる。

 唯一わかることと言えば、もう話し合いでなんとかなるフェイズは終わってしまったという単純な答えだけ。


 今は何よりも思考する時間が欲しい。

 半ば反射的に地面を蹴って後退、大きく深呼吸をして脳に酸素を回していく。


「……驚きました、一応気絶させるつもりで落としたのですが」

「お生憎様ですわ、鍛えてますもの。この程度でどうにかなるほどヤワじゃありませんことよ」


 笑みを浮かべた。

 強がりの笑みだという自覚はある。


 まだ頭はクラクラしていて目元は覚束ないし、思考にも靄がかかっている。

 今は何よりも時間が欲しい。


 時間があれば呼吸も落ち着き、白銀さんが何をしたのかも推理出来るはず。

 白銀さんの興味を引くような話題に食いつかせることが出来れば。

 そのための手札は……


 ・金平糖の超能力。

 ・『うけい様』の力。

 ・わたくしを呼んだ目的。

 ・謎の叫び声について。


 いや。


 ──九頭竜村。

 ──人口50人、うち高齢者が48人という詰みっぷり。

 ──残されたわずかな若者も高校卒業と共にこの村を出て行くらしい。


 恐らく、これだ。



「ひとつ、聞きたいことがありますの」


 ひとつ、と限定することで質問の返答率を上げる。


「貴女と、貴女のお友達の黒沢凛さんについてですわ」

「…………」


 白銀さんの表情が険しくなる。これは、当たりだ。


「とある地方新聞に書いてありましたの、今年この村から二人の高校生が卒業するらしいと。これは白銀さんと黒沢さんのことですわね」

「……ええ。その通りです」


 視線を地面に落とす。自分の目潰しに使われたであろう小さな金平糖と、後頭部に降り注いできたであろう巨大な金平糖が落ちている。理屈は分からないがどうやら金平糖を出せると言っていた彼女の言葉は本当だったのだろう。


 まさか、本当に《本物の超能力者》なのか。


 わざわざカメラをペイントボールで潰したのは、超能力を使っているところを配信に載せたくなかったのか。


 まだトリックの可能性は残っている。カメラを潰したのも単純に後から仕掛けがバレないようにするため……。



 いや、一旦そのことはいい。そんなことは後でゆっくり考えればいい。



 今考えるべきは、白銀真白は何かしらの手段で好きな場所に好きな大きさの金平糖を出すことが可能だという事。


「ふたりは『うけい様』の巫女をやられているのでしょう? この村を離れてしまって問題ありませんの?」

「それは……」


 先ほどの様子を見るに恐らく自分の周囲数メートル程度、大きさも自由自在に出せるのだろう……だがそれでは疑問が残る。


 わたくしをここに留まらせたいのであれば、頭に重い金平糖を落として気絶──なんて不確実なことをするより、辺り一帯を金平糖で覆いつくすなり、自分の周囲を巨大で分厚い金平糖で塞いで出れなくするなり、もっと良い方法があるはずだ。


 一定時間内に出せる量が決まっているとか、何らかの制限、もしくはリスクがあると見て間違いないだろう。


 同じ理由で、彼女が金平糖以外の物を出せる可能性についても一旦除外する。

 もし他の物を出せるならトリモチでも降らせておけばわたくしは今ここで拘束されていただろう。お菓子とか食べ物とかだけを出せる場合でも、もっといいものがあった筈だ。必殺の機会にそのカードを切らないとは思えない。


「……満智院さんには関係のない事でしょう。それも全て今回貴女が大人しく『うけい様』の実在を証明してくだされば済む話です」

「なるほど、仔細は分かりませんが白銀さんがそういうのであればそうなのでしょう。『うけい様』の実在を証明さえしてしまえば貴女たちは晴れて自由の身。しかし、そうなると疑問点がひとつ」


 また、勝利条件についても再度定義し直す必要がありそうだ。


 わたくしが今取るべき選択肢は2つ。


 ① うけい神社に辿り着き、九頭竜村が隠したがっている秘密を暴くこと。

 ② ここで彼女を拘束して話を聞き出すこと。

   こっちは《本物の超能力者》についても分かる可能性がある。


 決めた、②だ。

 この村の秘密も超能力者の秘密も暴ける②で両取りを目指しましょう。


「本当にわたくしが『うけい様』の実在を証明することで貴女たちがこの村を出ることが可能になるというならば……どうして黒沢さんはわたくしを易々と外に出したのでしょう。進路……いえ、人生に関わる事ですから、もっと必死になっても良かったのでは?」

「それ、は……」


 白銀さんは言葉に詰まりだす。

 秘密にしておきたい事があるというより彼女自身も黒沢さんの行動を理解できていないといった様子だった。


 ──彼女には申し訳ないですが、この隙は利用させていただきます。


 地面を思い切り蹴飛ばして接近し──。


 先ほどと同じように、眼前に金平糖を出す、例の目潰しをされたので、対抗して目をつぶったまま直進していく。


 残念ながら2度も同じ手をくらうほど阿呆でもなければ、目をつぶった程度で素人の女の子の居場所を特定できない程ヤワな鍛え方はしていない。


 一切怯まず近づいて──。

 彼女の顔面の真横、数センチの空間へ、拳を振りかぶる。


「まぁ、そういったもの全てひっくるめて、お茶でも飲みながらお話しませんこと? 貴女が何者か、じっくり聞かせていただきますわ」


 次は当てさせていただきます。言外にそう語りながら。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 読んでいただきありがとうございました。

 いきなり超能力バトルになっていい、自由とはそういうものだ。


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