8




 木から滑り落ちるように降りたあずさは、身を縮めて歩き出した。小道とは逆側。森の奥に向かって。


 森は薄暗いを超えてもう暗闇と言ってよかった。陽は完全に落ちていた。雨雲のせいで空は一面どす黒いため、月も見えない。そもそも木が生い茂る森の中に月明かりなどあっても届かないだろう。


 何も見えない暗闇の中をあずさは手探りで進んだ。


 寒かった。


 十一月の中旬。ずっと雨に打たれ続けている。


 痛かった。


 散弾が撃ち込まれた左肩からは止めどなく血がにじみ出ていた。


 怖かった。


 今にも、あの二人が目の前の暗闇の奥からぬっと姿を現すかもしれないと考えると、歯の根が合わないほどに恐ろしかった。


 次に見つかったら、きっと、もう何の猶予も無く殺されるだろう。


 見つからなくても、出血が止まらなければ人は死んでしまう。


 そうでなくても、この寒さでは朝まで持たないかもしれない。


 ふと、思った。


 よかったじゃん。ようやく死ねるんだよ。




 漠然と、生きてきた。


 楽しいことなんて、ほとんどなかった。日々、気を遣って。毎日、怯えて。ずっと下を向いて生きてきた。高校生の時は、弓道部にいたときは、少しだけ思っていた。きっと将来は幸せになれると。幸せの意味も知らなかったけれど、まだ、一筋の光ぐらいはあずさには見えていた。でも、あの弓道大会以来、その光も完全に消えてしまった。もう、あずさには見つけられなかった。


 死なないから、生きているだけ。仕方なく。


 そんなあずさを、ようやく死が大口を開けて迎えようとしていた。


 よく考えれば、バカみたいだったな。こんな私が必死に逃げ回って。抵抗して。木に登ってまで生き残ろうとするなんて。


 実に滑稽だ。


 生き残ったところで、いいことなんて何にもないのに。


 あずさは見えない木の根かなにかに躓き、その場に倒れ込んだ。


 なんだか、立ち上がる気にならなかった。落ち葉の中に頬をのせ、浅い呼吸を繰り返す。きっと、土の匂い、森の匂い。山の匂いがすることなのだろう。本来は。


 あずさの麻痺した嗅覚はそれすらも教えてくれなかった。


 森。山。


 ふと、小学生の頃を思い出す。とはいえ、あずさは4年生になるまで小学校に行かずに祖母と過ごしていたので、小学生であったとは厳密には言えないのかもしれないけれど。まあ、その年頃の時に、よく祖母に夜の山に連れられたものだった。祖母はわざと懐中電灯を消し、闇に怯えるあずさに言った。


『あずさ。完全な暗闇なんて存在しないんだよ。どこかに絶対に光がある。それを見つけてごらん。そしたらほら。うっすらと全体が見えてくる』


 あずさは両目をつぶった。祖母に教えてもらったのだ。どうしても光が見つからないときの裏技だ。


 目に光を貯める。


 両の瞳を固く閉じたまま、あずさは数えた。一秒。二秒。三秒。


 たっぷり十秒数えたところで、あずさは目を開けた。


 さっきまでは完全な漆黒だった視界に、ぼんやりと、うっすらと、森の景色が浮かび上がっていた。


 あずさは立ち上がった。


 別に生きたいとは思わない。そう思うには今日までの日々は辛すぎた。


 やっぱり死んでもいいとどこかで思っている。そう思えるほどには人生に絶望していた。


 でも、ここじゃない。


 ここじゃない。なぜか、あずさはそう思ったのだ。


 足を引きずるようにしてしばらく歩いたあずさは、ふと自分が手をついた木の幹を見てぎょっとした。矢が一本突き刺さっていた。


 一瞬、自分がまた攻撃されたのかと慌てて辺りを見回した。だが、周りに人の気配は無かった。雨が葉を打つ音しかしない。そうだ。矢が刺さる音もしなかった。今、飛んできた矢ではない。以前に射られた矢が回収されずに残っているのだろう。


 矢を使った猟は日本では禁じられているはず。


 つまり。


 あずさはぞっとした。過去にもあずさのように森を追い立てられた人間がいたと言うことなのだろうか。この森で。ちょうどこの場所で。


 その人は、一体どうなったんだ。


 あずさは駆けだした。視界が満足に利かない中で無茶なのはわかっていた。でも、衝動を抑えきれなかった。


 死んでもいいとは思っていた。こんな、それこそ泥水を啜るような毎日から解放されたいとはずっと願っていた。


 でも、殺されるなんて聞いてない。こんな、動物みたいに。狩られるなんて聞いてない。


 いつの間にか周りの木の種類が変わっていた。竹だ。どうやら竹林に入り込んだらしい。


 始めは一メートルおきほどの間隔で伸びていた竹は徐々に密度を増していき、身体を斜めに差し込まないと通れないほどの密林になってきた。まるで竹の壁だ。迂回すればいいものを、半狂乱になったあずさは無理矢理身体を押し込むようにして竹林の奥へ奥へと無理矢理進んでいった。


 一際狭い隙間を力尽くで抜けたときだった。唐突に足場が無くなった。


 すっと内臓が裏返るような感覚を覚えた瞬間、あずさは崖のような斜面を転がり落ちた。本日二回目のおむすびころりんだった。だが、今回は川に落ちるようなことはなく、数メートルの落下であずさは平らな地面に転がった。


 自分のうめき声が竹林に響く。


 あずさは涙目をうっすらと開けた。やおら、何の気まぐれか、雨雲のわずかな隙間から月明かりが差し込んだ。あずさのいる場所を青白く照らし出す。


 竹林にぐるりと囲まれたすり鉢状の空間。まるで天然の小さな闘技場のようだった。あずさはその中心に転がり落ちていた。


 そして、直径10メートル無いような広場の中心に、巨大な木が一本そびえ立っていた。


 ご神木だ。そう思った。


 さっき、あずさが身を隠した木のさらに二回りは大きい。もしこれが杉だったら千年杉と呼ばれるレベルのものだろう。しかしこの木は杉ではなかった。


 桜の木に似た、横しわの樹皮。力強く、しなやかに伸びる枝。


 梓の木だ。


 その巨木の力強い根は大きな岩の上に絡まっていた。あずさの背丈ほどの岩を飲み込んでいると言ってもいい。巨岩を抱え、そびえる大木。


 古代に信仰の対象であったと言うのも頷ける。降りしきる雨に反射する月明かりが相まって身体の力が抜けていくほどに神々しい姿だった。


 よく見ると、大木の幹に朽ちかけたしめ縄のようなものが巻かれていた。実際にあがめ奉られていたのだろう。


 あずさは改めて周囲を見渡した。すり鉢状の地形。その縁を囲む竹林。もしかしたら、昔の地元の人間が、このご神木を覆い隠すために竹を植えたのかもしれない。実際、それは成功したのだろう。こんな立派な木、観光名所になってもおかしくない。林道を通す際に見つかっていれば、確実に遊歩道のコースに組み込まれていただろう。


 だが、きっとここは見つからなかったのだ。いや、もしかしたら知っている上で、あえてここはコースから外したのか。むやみに立ち入っていい所ではないから。興味本位で訪れる場所ではないから。それほどの意味を持つ空間なのかもしれなかった。


 巨木を呆然と眺めている梓の身体を一際大きな震えが襲った。悪寒と言ってもいい。寒さと疲労が限界に達していた。身体を打つ雨がゆっくりと、しかし着実にあずさの体温を、生命力を奪い続けている。


 この大木の陰なら、雨をしのげるかもしれない。もしかしたら岩の隙間に空間があったりするかも。


あずさは大木が抱え込むように飲込んでいる巨石に近づいた。手が触れる距離まで近づいた時、あずさは気がついた。この岩、一枚岩じゃない。大きな岩が組み合わされて作られている。人工物だ。石の遺跡だ。


 タケルの言葉を思い出す。


『わかった。古墳調査でしょ。なんか山の麓にいくつかあるらしいんだよね』


 古墳か。


 今から一千年前、ものによっては二千年前に作られただろう豪族の墓。


 古墳は大抵、古墳群と言う形でいくつも固まって作られることが多い。数十メートルおきに点在するパターンもあると聞いた。きっとその一つなんだろう。きっと当時は土に覆われていたはずだが、その土が風雨で流れ落ち、中心の石室が露出し、今の形になったのだ。そしてその側に梓の木が生え、気が遠くなるような年月をかけて古墳を飲み込んだ。そしてその神々しい姿から聖地となり、地元民に隠された。きっと昔にあったという大学の古墳調査でも見つからなかったに違いない。


 そこまで考え、あずさは当然のことに気がついた。古墳ということは、古代の墓ということは、石棺を入れる空間があるかもしれない。


 入り口はすぐに見つかった。入り口は大部分が土に埋もれているが、あずさが四つん這いになれば入れるほどの隙間がぽっかりと開いていた。あずさは這うようにして頭から中に入った。熊などの野生動物の巣になっている可能性も頭をよぎったが、冷たい雨から逃れられることを考えると、どうにでもなれという気持ちになっていた。


「お邪魔します」


 あずさは小声で呟いた。数千年前のものとはいえ、誰かのお墓だったのだ。そのくらいの礼儀は必要だと思った。


 中は入った直後に急勾配になっていて、あずさは腰まで入った段階で奥へと転がり落ちた。土の上を転がるのは本日、通算三回目。もう慣れたものだった。


 古墳の内部は想像以上に広かった。幅は2メートル近くありそうだ。天井はあずさが立ち上がれるほど高かった。天板の岩にはいくつも隙間が空いているようで、ほんのわずかな月明かりが糸のように細い光の線として幾重も差し込んでいた。雨が入ってくる様子は無い。上の大木の枝や葉が屋根になっているのだろう。


 じめじめしているものだと思っていた内部は、驚くほど乾燥していた。あずさは頬に微かな風を感じた。どういう仕組みなのかわからないが、隙間から常に風が吹き抜けているのだろう。


 奥行きも数メートルありそうだ。縦長の構造らしい。奥は真っ暗でよく見えない。さらに、わずかながらあった月明かりが完全に消えた。月が雲に入ったのだろう。


 暗闇に没したあずさは上着からオイルライターを取り出した。銀の蓋をキンッと指で弾いて開け、火を付ける。石室の入り口付近がオレンジ色に照らされた。前を見る。石室の奥までは、流石に見えない。


 あずさは奥を確かめようと足を踏み出した。


 パキリと、あずさの利き足が何かを踏みしめ、乾いた音が石室内に響いた。


 ぎょっとしてあずさは足下を確かめた。もしかしたら人骨かもしれないと思ったのだ。


 しかし、それはなんと言うことはない、乾いた小枝だった。よくみると、同じぐらいの大きさの枝が何本も重ねて置いてある。


 あずさはその一本を手に取ってつぶさに眺めた。炭化している。


 これは、焚き火の跡だ。それもそう古くない。


 辺りを見回すと、拾って集めてきただろう小枝や樹皮が焚き火跡の近くに固めて置いてあった。


お墓の中で、それもご神木の真下で焚き火など、罰当たりにもほどがある。だが、あずさは責める気になんて到底ならなかった。先ほどの木の幹に突き刺さった矢の光景と自然とつながり、容易に想像できたからだ。


 私と同じように、ここに逃げ込んだんだ。


 濡れた服の上を風が通り抜けた。身体が小刻みに震える。手足が冷たくなり、視界も揺らいで来た。寒さが限界を迎えたのだ。低体温症だ。このままでは本当に死んでしまう。


 生に執着は無いけれど、死への恐怖はある。そんな自分が滑稽だった。


 あずさは震える手で散らばりかけている小枝を組み直した。落ち葉を置き、その上にやぐらを建てるように木々を設置する。


 カタカタと震える手でライターの火を近づける。片手では狙いが定まらず、両手で構えたが、もう片方の手も痙攣しているものだから落ち葉に着火させるのも時間がかかった。


 ぽっと火が落ち葉に燃え移る。火のついた葉が熱でぐにゃりと変形しながら燃える。数枚の落ち葉に徐々に燃え移っていく。あずさは一際細い小枝をその上に置いたが、表面を炙るだけでなかなか着火しない。


 ダメだ。このままじゃ消えてしまう。着火剤がいる。


 無論、あずさは着火剤など持ち合わせていない。あずさは集められた小枝や落ち葉の中から杉の葉を探した。祖母に習ったのだ。杉の葉は油分を含んでいるため、火付けには最適だと。


 残念なことに、集められた木々の山にはいずれも含まれていなかった。これを集めた人間は自分の焚き火で使い切ってしまったのか。ともすれば、そもそも火付けの知識が無かったのかもしれない。


 落ち葉を順に燃やすだけの小さな火は今にも消えそうだった。落ち葉だって限りがあるのだ。


 あずさは自分のリュックを降ろすと、中をひっかき回した。安い化粧品、コンパクト、筆記用具、富士の水。ろくなものがない。可燃性の虫除けスプレーは山小屋に放り投げてきてしまっていた。


 リュックの奥から紙の手帳が出てきたときは一瞬期待したが、ぬか喜びだった。手に取った瞬間に川の水が染み出してきたのだ。持ち物は全て水浸し。燃えそうなものは・・・・・・ 


 あずさは真っ先に地面に放った小袋を手に取った。タケル百貨店で適当に買ったポテトチップス。


 あずさは駄菓子の小袋を振る。カサカサと中身が揺れる。よし。水は入っていない。乾いている。そして、ポテトチップスはそもそも油で揚げた菓子だ。油分は十分なはず。


 あずさは乱暴に袋を開封すると、今にも消えそうな小さな火の中に中身をざらざらと振りかけた。ふっと火が見えなくなり、石室内が闇に包まれる。まずい。消してしまった。あずさがそう狼狽した直後、ボッと頼もしい音とともにポテトチップスが燃え上がった。近くのチップスに次々と着火していき、小さな火口はやがて石室の天井を赤く照らす炎へと成長した。


 あずさは歓声を上げ、その瞬間、ごほごほと咳き込んだ。どす黒い煙が湧き上がったのだ。やはり、本来燃やすものではないものに火を付けたのだから、当然であろう。赤い炎が一瞬緑色に変化し、やがて青色になった。単なる食用油のはずなのだが、燃やすとここまで凶悪な煙になるのかとあずさは思った。今のあずさは匂いを全く感じない身体だが、刺激は受ける。もろに煙を吸い込んだ喉と鼻が痛んだ。


 やがて、煙は見慣れた白いものに変化し、炎も赤色に戻った。何だったのだろう。パッケージをよく見ていなかったので、何味のポテチだったのかは知らないが、恐らくは味付け用の化学調味料が何か反応を起したのだろうとあずさは当たりを付けた。


 火は順調に木々に燃え移り、焚き火の大きさも安定した。煙はうまいこと風に流されて天井の隙間や入り口から抜けていく。


 炎の明かりが石室を煌々と照らし出した。外に光が漏れて殺人鬼どもに見つかるのではないかという恐れはあったが、きっと御神体の空を覆うような枝葉と周りを囲う竹林がうまいこと隠してくれているだろう。そう祈るしかない。


 何より、炎の暖かさは何にも代えがたいものがあった。狭い石室の中で熱が反射する作用も働いたのだろう。あずさは太い木をぽんぽんと火に放り投げながら、極限まで下がっていた体温が急速に回復していくのを実感した。


 それと同時に、急に平衡感覚がおかしくなってきた。体中の力が抜けていく。あずさは背中を石室の壁にもたれさせた。それでも視界がぐるぐると周り、自分がへたり込んでいるのが床なのか天井なのかもわからなくなってきた。まるで度数の高い酒を一気飲みさせられたようだった。バクバクと早鐘のように鳴る自分の鼓動が耳の奥で鳴り響く。まるで頭に心臓があるようだった。呼吸が乱れ、犬の様に浅い呼吸を繰り返す。


 意識が朦朧とする。


 あ、これ、このまま死ぬやつかも。


 あずさは焦点が合わない目で、へらりと笑った。


 まじで、くそみたいな人生だったな。


 あんなに頑張ったのに。あんなに我慢したのに。嫌な事にも辛いことにも歯を食いしばって耐え忍んできたのに。


 あずさはいつの間にか床の上に倒れ込んでいた。その状態で、あずさは叫んだ。金切り声で。


 駄々っ子のように背中を床に押しつけ、手足を振り回した。身体が回転し、足が石壁に触れた。その石壁をあずさは力任せに蹴りつけた。何度も。何度も。崩れろ。落ちてこい。そのまま私を潰してくれ。ひと思いに。くそが。


 あずさは泣いていた。ボロボロと涙を流し、わんわんと泣き叫んだ。


 なんで。なんで私ばっかり。


 なんで私ばっかりこんな目に遭うんだ。


 もっと恵まれてるやつはいるじゃないか。もっと楽して生きてるやつはいるじゃないか。もっと、卑怯で、恥知らずで、それでも幸せそうに笑ってるやつがいくらでもいるじゃないか。


 そんな奴らに道を譲って、下を向いて、目立たないように。媚びて、へつらって。ありがとうよりもごめんなさいを先に口にしながら生きてきたのに。


 その結果がこれか。そのご褒美がこのありさまか。


 あずさがどれだけ蹴ろうが、石室はびくともしなかった。数千年間この空間を維持した石壁は、今日も強固に、悠然に、天井を支えていた。雄大なまでに。


 あずさは天井を見上げる顔を両手で覆った。嗚咽で肩が震えた。その肩から滲んだ血が肌を伝うのを感じたが、もう、どうでも良かった。




「あのお・・・・・・大丈夫ですか?」


 石室の奥からの突然の声に、あずさはびくりと身体を起した。焚き火でも辛うじて照らし出せていなかった石室の奥の陰に、一人の男性が腰掛けていた。彼はゆっくりと身を起し、こちらに身体を引きずるようにして近づいてきた。


 あずさは悲鳴をあげて後ずさった。手探りでリュックを引き寄せる。


「ごめん。驚かせて。俺もさっきまで気絶してて、それで君の叫び声で目を覚ましたんだけど・・・・・・うわ! 危ない! それを置いて!」


 あずさはリュックのサイドポケットに差し込んでいたノコギリを引き抜き、男に突きつけていた。


「来ないで!」


「大丈夫! 俺は味方だ!」


 そう言って男は膝立ちで、にじり寄るように近づいてきた。赤いチェック柄のシャツに、ジーンズ。山らしいファッションの彼はあずさを安心させるように片手を上げている。きっと実際は両手を挙げたいと思っているのだろうが、出来ないようだった。左手の二の腕には血の滲んだ布がきつく巻かれていた。よく見ると右太ももを同様だった。一歩進むごとに痛みが走るらしく、彼は顔をゆがめた。


 その顔を見て、あずさはあんぐりと口を開けた。


 彼もあずさの顔がようやくはっきり見えたのだろう。その顔が驚きに固まり、そしてぱっとほころんだ。まるで子犬の様な笑顔。


「・・・・・・あずさ? あずさだよな!」


 あずさは呟いた。そんなはずない。そう思ったが、同時に思い出した。私はそもそも彼を探してこの森に入ったのだと。


「・・・・・・三島先輩」






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