第17話
呪いが復活した。
メイベルの左目の周りに、葉脈のような青痣が走る。
「どうして……?」
朝、起きて顔を洗ったメイベルは、鏡を覗き込み狼狽えた。
昨日まではなかったはずだ。
突然消えた青痣が、また突然現れた。
きっとこれを知れば、メイベルの婚約相手を必死に探しているリグリー侯爵は荒れるだろう。
悪評の上に悪条件が重なるからだ。
いよいよ治癒魔法の使い手であることを公表するかもしれない。
青痣が現れたことを黙っていても仕方がない。
いつかはバレることだ。
メイベルは叔父に叱られることを覚悟して、朝餉のときに青痣のことを告げるのだった。
リグリー侯爵は伝手をつかって、難病を抱える貴族を探していた。
そんな貴族なら、治癒魔法の使い手は喉から手が出るほど欲しているはずだ。
この際、歳の差なんて関係ない。
ただメイベルが嫁いでくれさえすれば、リグリー侯爵の爵位はシェリーの子が引き継げるのだ。
幸いなことに青痣は消えた。
悪評のひとつが無くなったことを喜んでいたのに。
「なんだって? 青痣がまた出た? どうしてそんなことに!?」
「私にも分からないのです。以前、消えたときも突然でしたし」
「……とにかく、また化粧で隠すように。青痣が現れたことは、誰にも言うんじゃないぞ!」
「分かりました」
言われた通りに青痣を化粧で隠すメイベル。
しかし、どこに出かけるあてもない。
ひたすら自室に引きこもり、本を読んだり、編み物をしたり。
せめて最後にマシューにマフラーを渡せたことを、幸せだったと思おうとした。
マシューがそれを使ってくれているかは、分からないけれど。
窓の外を見ると雪が降っていた。
もう季節はすっかり冬だ。
ディーンの離宮で、クラリッサが雪の結晶を作ったことを思い出す。
顔を近づけて、雪の結晶が出来る様子を覗き込んでいた二人。
その姿はまさしく恋人のようだった。
メイベルの胸が痛む。
マシューの婚約者ではなくなってから、ディーンのことを考える時間が増えた。
マシューに気兼ねしなくてもいいからだろうか。
心の奥底に沈めていたはずの想いが、少しずつ浮かんできていた。
やっぱりディーンが好きなのだ。
これだけ、諦めようと忘れようと、努力をした。
だけど出来なかった。
ひたすら苦しかった。
メイベルはひっそりと涙を流す。
青痣をつたって落ちる雫に、メイベルはふと思い出した。
メイベルの青痣が消えた日、ディーンの盲目も治った。
先代王が「呪いが解けた」と口にしていたはずだ。
しかし今、メイベルの顔には青痣が再び現れた。
この青痣が、ディーンのように呪いに関係しているとしたら?
また、呪いが復活したのかもしれない。
もしかしたらディーンも、目が見えなくなっているのではないか?
メイベルの心は、終わりのない思考の海をたゆたう。
◇◆◇
メイベルの予想は当たっていた。
ディーンは盲目になった。
突然、世界が暗転したが、ディーンは落ち着いていた。
慌てたのはクラリッサだ。
「ディーンさま、また見えるようになりますよね?」
「それは僕にも分からない。見えるようになったときも、突然だったんだ」
クラリッサに呪いのことは話せない。
先代王から口止めされていたからだ。
呪いがまた発動したのだろうということは分かったが、だからといってどうしたらいいのかはディーンには分からない。
ディーンが再び盲目になったことは、先ほど侍従が慌てて知らせにいったので、ジョージにも先代王にも報告がいくだろう。
やけに落ち着いているディーンに、クラリッサはしびれを切らす。
「このままでは困ります! 誰が私をエスコートするのです!? どうやってダンスを踊るのです!? 目が見えなくては何も出来ないではないですか!」
「そういうのは諦めてもらうしかないね。こうなったら以前のように、離宮に引きこもって静かに過ごすしかないよ」
「そんな……。年寄りの隠居生活だってもっと楽しみがありますわ! 必ずお父さまになんとかしてもらいますから!」
喚き散らすクラリッサからは、嫌な空気しか感じられなかった。
またしても感覚だけの世界に舞い戻ったディーンだが、そこは慣れ親しんだ世界だ。
音と匂いと肌で感じるものが全て。
目から入ってくる情報量は多すぎた。
しばらく休めると、ディーンはホッとした。
◇◆◇
ディーンがまたしても盲目になったことが侍従によって先代王に知らされ、すぐに魔法師団長が呼び出された。
今回、亡くなったセリオは関係がない。
なんらかの理由で、セリオが手放したという魔道具が再発動したのだろうと、魔法師団長は推測する。
先代王の命によって、総動員での魔道具の捜索が決まったが、人より物を探すほうが難しい。
人は動くが、物は動かない。
仕舞いこまれたら最後。
誰の目にも留まらず、ずっとそこにあり続け、見つけ出すことが叶わない。
セリオの証言で、湾曲した万華鏡の形をしていることは判明している。
前回、捜索をしたときに作った絵を引っ張り出し、複製して魔法師団の魔法使い全員に配布する。
何か手がかりがあれば、魔法師団長の千里眼も役に立つのだが、どこを見たらいいのかも分からないのでは探しようがなかった。
魔法師も、魔法剣士も、魔法研究員も、探した。
似通った物がいくつも魔法師団長のもとに集められた。
だが、どれも違う。
そもそも探す範囲はクルス国だけではないのだ。
もしかしたら他国へ流れた可能性もある。
全世界が対象となると、絶望的だった。
何も得るものがないまま、三か月が過ぎた。
◇◆◇
ディーンは20歳になり、クラリッサは18歳になった。
そろそろ結婚してもおかしくない年頃だが、ディーンの目は相変わらず見えない。
ホイストン公爵は、これでは話が違うと王であるジョージに抗議をした。
ジョージの座を追い落とせるだけの魔力量があると見越しての婚約は、目が見えることが前提だった。
ジョージも先代王に口止めをされていて、呪いのことは話せない。
今、呪いの魔道具を魔法師団が総出で探していて、それが見つかればまた目が見えるようになる可能性があると言いたいのだが、言えないのだ。
煮え切らない返事しかしないジョージに、ついにホイストン公爵の堪忍袋の緒が切れた。
「この婚約は解消させてもらう。クラリッサも適齢期だ。グズグズしていては行き遅れる。娘は王弟以外に嫁がせます」
美しいクラリッサは今が旬だ。
売り込む時期を逃してはならない。
いつまでもディーンにこだわっている暇はないのだ。
ホイストン公爵はジョージの執務室から踵を返す。
いくら王弟と言えども、目が見えなくては話にならない。
他国との外交も出来ないし、貴族との交流も望めない。
これではクラリッサを嫁がせても、ホイストン公爵家に益はない。
クラリッサだって、目の見えない夫の介護で、一生を終えるのは嫌だろう。
華やかな社交界を悠々と飛び回る蝶々のようなクラリッサ。
数多のものを惹きつけ魅了する術は、大きな舞台でこそ活きる。
それは決して、ひっそりと離宮で暮らすディーンのそばではないのだ。
腹立たしい思いを抱えながら、ホイストン公爵は妻の故郷であるアバネシル皇国に、クラリッサにつり合う家格と年齢の令息はいたかと記憶をたどるのだった。
ディーンの意思の働かないところで、クラリッサとの婚約は解消された。
それを侍従から聞いて、ディーンが思い浮かべたのはメイベルのことだった。
ディーンの目が見えるようになったことで、メイベルとは別れさせられた。
では、ディーンの目が見えなくなった今なら?
呪いがふたたび発動したことで、またメイベルの青痣が現れていたら?
障害のおかげで二人が邂逅できるのではないかと、ディーンは小さな望みを抱くのだった。
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