第4話

 秋も深まってきた。


 ディーンとメイベルのお茶会は、すでに数回目となっており、二人の間に漂う雰囲気もずいぶんと気安いものになった。


 お互い、あまり話すことを好むタイプではないと分かってからは、黙っていても苦にならず、むしろ静けさが居心地よかった。


 今日も森のそばの庭で、穏やかに時が進む。


 このまま、ディーンとの婚約が続けば、その先には結婚が待っている。


 こんなにも美しい人が夫になるなど、想像ができない。


 メイベルはディーンの横顔を見た。


 ディーンは目をつむり、森で鳴いている鳥の声を聞いていた。


 だんだんと冷えてきた空気をつんざくように、時折鋭く高い声がする。


 閉じた瞼に生え揃う金色のまつ毛が、顔に長い影を落としていた。


 


(そう言えば、治癒の魔法は盲目にも効くのかしら?)


 


 怪我や病気の類であれば、メイベルの治癒魔法はその効果を示す。


 ディーンにはまだ、メイベルが何の特殊魔法持ちなのかを話していない。


 それは親族間だけの秘密だからだ。


 だが、いずれ夫になるのならば、もう親族と見なしてよいのではないか。




「あの、ディーンさま。もし良かったら目を診てもいいでしょうか?」


「ん? 僕の目を? どうぞ、好きなだけ」




 メイベルは『診る』つもりだが、ディーンは『見る』と受け取ったようだ。


 そこでもう少し説明を付け加えた。




「実は私、治癒魔法の使い手なのです。それで、ディーンさまの目に魔法をかけてみてもよいでしょうか?」


「え? 治癒魔法の?」




 ちょっとディーンは驚いたようだ。


 確かに治癒魔法の使い手は珍しい。


 国にも数人、いるかどうかだ。


 メイベルのように名乗り出ていないだけかもしれないが。


 


「僕が小さなときに、治癒魔法をかけてもらったことがあるよ。そのときは何も起こらなかったんだ」


「その使い手の方は、どれほどの魔力量だったのでしょう?」


「どうだったかな? 治癒魔法というだけでかなり稀有だからね。魔力量はあまり問題視されていなかったように思う」


「そうですか――自分で言うのもなんですが、私の魔力量はとても多いのです。もしかしたら以前の使い手の方が出来なかったことも、出来るかもしれません」




 あまり期待を持たせてもいけないと思ったが、どうしてもやらせてもらいたくてメイベルは強く出た。


 そんなメイベルの様子が珍しかったのか、ふっとディーンは笑った。




「いいよ、好きにして。僕は目を閉じたほうがいい?」




 ディーンがメイベルの方を向いて、目を閉じて見せた。


 そこへメイベルはそっと近寄り、ディーンの目に手をかざす。




「そのまま、しばらくジッとしていてくださいね」


「わかったよ」




 ディーンの瞳にメイベルは治癒魔法をかける。


 自分の魔力がディーンの目に浸透し、怪我や病巣を探している。


 しかし、何も見当たらず魔力はそのまま通り抜けていった。




(おかしいわ。――もう一度やってみましょう)




 メイベルは繰り返した。


 だが、何度やっても、結果は同じだった。


 


(目は健康だわ。でも実際には見えていない……)




 メイベルはかざしていた手を下ろす。


 手が離れたのが分かったのか、ディーンは目を開いた。




「ディーンさま、目にはどこにも異常がありません。とても健康です」


「健康だけど見えない?」


「そうです、おかしいんです。ディーンさまは先天性の盲目ということですが、これは病気ではありません。何か他の、違うものによって見えなくされているんだと思います」


 


 メイベルに分かるのはそこまでだった。


 絶対に病気ではない。


 自信を持って言える。




「そうか……僕の目は、どうしてしまったんだろうね」




 ディーンは少しうつむいた。


 治癒魔法が使えると豪語したことで、期待をさせてしまっただろうか。


 メイベルは強気に出た自分のことを後悔した。




「違うよ、メイベルの気持ちはありがたかった。どうか萎れてしまわないで」




 見えるはずがないのに、ディーンはメイベルの心を読む。


 空気から何か伝わっているのだろうか。


 ディーンは手すり付きの椅子の線を辿り、メイベルの手を見つける。


 そっと握りしめて、温もりを分け与える。




「嬉しかったよ。僕のためを思ってくれたことが。そして治癒魔法が使えることを、告白してくれてありがとう」




 本当は隠しておくはずだったのでは? とディーンは聞いた。


 メイベルの答えは決まっている。




「親族には話してもいいのです。ディーンさまは……」




 顔が熱い。


 きっと真っ赤になっている。


 メイベルはディーンの手を握り返す。


 


「私の夫となる方ですから」




 メイベルが言い切ると、ディーンはハッと目を見開き、そしてメイベルに負けない勢いで顔を赤くした。


 また森から鳥の鳴き声が聞こえる。


 秋の高い空に吸い込まれていく。


 しかし、二人はもう寒くはなかった。




 ◇◆◇




 侍従は王への報告のあと、先代王の執務室へ向かった。


 今日のディーンとメイベルのお茶会の中で、不思議に思ったことがあったからだ。


 ジョージはそんなこともあるんだなと、軽く流していたが。


 ディーンの父親である先代王は、違う反応をする気がした。


 事前に面会の約束をとっていなかったので、侍従はかなり待った。


 それでも伝えるべきことだと判断した。


 ジョージが即位してからも、先代王はある程度の権限を握り、執務を行っている。


 その仕事の隙間時間に、なんとか謁見の許可が出た。


 


「話を聞こう。ディーンのことだな」


「はい、本日ディーンさまは、婚約者のリグリー侯爵家メイベルさまとお会いになりました。そのときにメイベルさまが治癒魔法をディーンさまの目にかけられたのです」


「何? メイベル嬢は治癒魔法の使い手か?」


「そのようです。しかし、ディーンさまの目が見えるようにはなりませんでした」


「そうか。以前も治癒魔法の使い手を探し出し、試したことはあった」


「ところがメイベルさまは、不思議なことをおっしゃったのです。ディーンさまの目はとても健康である。これは病気ではなく、他の何かによって見えなくされていると」


「病気ではない?」


「メイベルさまはとても魔力量が多い方です。きっと以前の治癒魔法の使い手よりも、分かることがあったのではないでしょうか」




 先代王は椅子の背にもたれ、熟考し始める。


 


「分かった。知らせてくれたことに感謝する」




 侍従は深く頭を下げて、先代王の前を辞した。


 先代王の言葉を聞く限り、伝えて良かったことのようだ。


 侍従はホッと胸をなでおろし、ディーンの住む離宮へと戻る。




 先代王はすぐに魔法師団長を呼んだ。


 魔法師団長とは、この国の魔法使いのトップを意味する。


 国に所属する魔法師、魔法剣士、魔法研究員などを率いて、統括している。


 当代の魔法師団長は若く、しかし才能にあふれた人物だ。


 長い白髪をたなびかせ、溶岩のように赤い目を光らせ執務室へやってきた。


 


「お呼びと伺いました」


「相談がある。ディーンのことだ」




 先代王は侍従の持ってきた話を魔法師団長に伝えた。




「儂はこれまで、ディーンの盲目は病気だと思っていたので、最先端の医療ばかりを試していた。しかし、もっと先に思いつかねばならないことがあった。――呪いの可能性だ」


「光属性よりも珍しい闇属性の使い手がかける呪い、のことですね?」


「もしかしたらディーンの目が見えないのは、呪いのせいかもしれない。なんとか出来ないか」


「……呪いは発動させた者を見つけるのが解呪のためには必要不可欠。先代王、呪われる心当たりがおありのようですね?」




 苦渋にゆがむ先代王の顔を見て、魔法師団長は問いかける。


 先代王にとって、それはずっと背負ってきた業だった。




「そうだ、心当たりがある。側妃フロリタの生んだディーンを呪うほど恨んでいる人物……」




 小国出身であったがゆえに、先代王の側妃になることを拒めなかった王女フロリタ。


 だが、フロリタには恋人がいた。


 無理やり別れさせられた幼馴染の護衛騎士、名前はセリオ。




「きっと彼だろう」

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