第2話
メイベルは19歳になった。
義母に言われたように青痣を化粧で隠してはいるが、社交界とは縁のない生活を送っていた。
叔父はメイベルの魔力量の多さを売りにして、他家に嫁に出せないかと考えているようだ。
己の娘シェリーに婿を迎えて、リグリー侯爵家を継がせたいのだろう。
その気持ちは分からないでもない。
メイベルは叔父の言う通りにするつもりだった。
11歳で両親を亡くしてからこれまで、育ててもらった恩がある。
大好きな両親と違う姓になってしまうことに違和感はあれど、抵抗感はなかった。
同じく、19歳になる異母弟ディーンについて、王であるジョージは頭を悩ませていた。
ジョージは、相思相愛で結婚した先代王と正妃の間に生まれた。
先代王の魔力量が中ほど、正妃は魔力なしだったせいか、息子のジョージの魔力量は少なかった。
しかも風魔法しか使えぬ、平凡以下の魔法使いだ。
これに憂いを覚えた臣下たちが先代王に用意した側妃が、ディーンの母親だ。
側妃はクルス国という小国の生まれだが、魔力量は多く特殊魔法持ちだった。
残念なことに、赤子を産むと同時にこの世を去ったが、残されたディーンの魔力量は多く、何らかの特殊魔法持ちであることが分かった。
臣下たちは朗報に沸いた。
しかし、すぐにディーンが先天性の盲目であると診断され、その声は静まり返ったのだ。
「俺にとっては好都合だったがな」
もし、ディーンが完璧な魔法使いとして産まれていたら。
自分はきっと玉座に座ってはいなかっただろう。
ディーンは盲目のため、王城ではなく離宮で育てられた。
完全に政治の世界から切り離され、ただの一王族として生きている。
ジョージは母親に似た青い髪を指でもてあそぶ。
30歳になるジョージも、両親のように相思相愛の相手と結婚して正妃とした。
正妃は魔力量が少なかったが、貴重な光魔法の使い手だったため、臣下たちもしぶしぶ婚姻を認めたのだ。
しかし魔力量の少ない者同士の結婚だ。
生まれてくる子の魔力量はしれている。
そしてジョージが結婚して4年が経とうとしているのに、正妃には懐妊の兆候がない。
きっと今頃、臣下たちは焦りを覚えているだろう。
いつ、先代王のように側妃を娶れと言われるか分からない。
そうなる前に――。
「なんとか、ディーンの婚約を取り付けなければ」
ディーンの目は、最新医療を試みるも治る気配がない。
おそらく一生、見えないままなのだろう。
そのせいで婚約者が見つからない。
上から順に高位貴族に打診をしているが、盲目の夫を欲しがる家などあるはずがない。
このままでは魔力量の多い王族が途絶えてしまう。
なんとかディーンの血を残す方法はないか。
ジョージは手元の紙をペラペラめくる。
高位貴族たちの名前と、その娘である令嬢について要点がまとめてあった。
「ホイストン公爵家は駄目だった。ここも、ここも、公爵家は全滅だ。侯爵家ならどうだ?」
ジョージの紙をめくる手が止まる。
「リグリー侯爵家のメイベル嬢……左目の周りに青痣あり、か」
続けて、社交の場には出席しておらず、家に引きこもり状態と書かれていた。
これだ、とジョージは呟く。
「ディーンは目が見えない。つまり令嬢に青痣があろうと問題ない。それにリグリー侯爵とて、引きこもりの娘が片付くのだ。お互いにとって利益しかない取引になる」
ジョージはさっそく、リグリー侯爵宛てに手紙を出す。
公爵家相手ではあまり強く出られなかったが、侯爵家ならば命令口調でもいいだろう。
『王弟ディーンの婚約者として、リグリー侯爵家の長女メイベルを指名する』
やや傲慢さのにじみ出た通達を書き終え、ジョージはそれを侍従に託した。
きっとこれでうまくいく。
ジョージはその顔に自信のある笑みを浮かべた。
◇◆◇
王からの通達を受け取ったリグリー侯爵は、その内容に飛び上がる。
ずっとメイベルの嫁ぎ先を探していた。
あまりに格下では舐められる。
かと言って上を見過ぎてもいけない。
メイベルには青痣と多い魔力量という、デメリットとメリットがある。
メリットを高く評価してくれる良家があれば、と思っていたのだ。
だが盲目の王弟相手なら、デメリットがなくなりメリットだけだ。
王はなんて頭が切れる人だと、リグリー侯爵は感動した。
メイベルの意思を聞かないのはいつものこと。
リグリー侯爵は、さっそく了承する意の返信をしたためるのだった。
メイベルがそれを知らされたのは、さらに数日が経ってからだった。
「メイベル、ついにお前の婚約者が決まったぞ。なんと王弟殿下のディーンさまだ!」
叔父に呼ばれて執務室に入ると、メイベルは契約書を見せられる。
そこには確かに自分の名前があり、王の言葉で『よって汝を王弟ディーンの婚約者とする』と締めくくられていた。
こんな紙切れ一枚で自分の人生は決まるのだな、とメイベルは思った。
そこには何の感慨もない。
愛する両親を失い故郷を離れ、義母と慕った人にも先立たれ、それからも順風満帆な人生ではなかった。
だからメイベルはすでに諦めていたのだろう。
これからの人生にも苦しみが待っているのだと。
「叔父さま、謹んでお受けします。私のお相手を探してくださり、ありがとうございました」
「苦労したが、最後にはいい縁があったな。ディーンさまと仲良くやるんだぞ」
メイベルよりもよほど嬉しそうな顔をした叔父が、ガハハと笑った。
ここは笑う場面なのかと判断したメイベルは、叔父に合わせて口角を上げた。
「よし、今日はお祝いだ! シェリーも呼んで夕餉は豪華にしよう!」
叔父はその勢いのまま、どうやら厨房に向かったようだ。
メイベルのお祝いのはずだが、おそらく出てくるのは叔父とシェリーの好物ばかりだろう。
そもそもメイベルに食の好みがあるなどと、あの二人は思ったことがないかもしれない。
メイベルはこの邸で存在感を消して生きてきた。
もしかしたら盲目だという王弟ディーンさまとの婚約後も、そんな役を任されるのかもしれない。
いるのかいないのか分からないような婚約者。
メイベルは自分にはお似合いだと自嘲した。
◇◆◇
ディーンと初めての顔合わせの日が設定された。
秋も近い今、王城奥の離宮に住むディーンと、庭でお茶会をとのことだった。
ディーンの目はまったく物が見えないそうだが、メイベルはしっかり化粧をして青痣を隠した。
ディーンのもとに辿り着くまでには、たくさんの人に出会うだろうから。
王城から立派な馬車がメイベルを迎えにくる。
そのとき、シェリーが初めてうらやましそうな顔をした。
それまでは盲目の王弟をさんざん「お可哀そうだ」と嘆き、相対的にメイベルを貶めていたのに。
「いってきます」
「うむ、しっかりやりなさい」
叔父に挨拶を済ませ、メイベルは御者の手を取り馬車に乗り込む。
馬車は品のある内装もすばらしく、腰かけた座面は吸いつくような手触りだった。
ここまであまり緊張をしていなかったメイベルだったが、にわかにドキドキしてきた。
これまで隠れるように離宮に暮らしていたディーンと会った人は少ないらしく、どんな容貌をしているのか、それは謎に包まれているのだとか。
夕餉の席でシェリーがもったいぶって話していた内容を思い出す。
「骸骨みたいな顔かもしれないわ」
シェリーが予想していたディーンの顔まで思い出した。
(骸骨か……)
あまり揺れない馬車の中で、メイベルは見え始めた王城に目をやる。
初めて足を踏み入れる王城だ。
途端に息がつまるように感じて、メイベルは意識して呼吸をする。
どんな人だろうと関係ない。
メイベルは、ただ言われた通りにするだけだ。
すっと、見ていた窓にカーテンを引く。
11歳まで領地を駆け回っていた眩しいばかりに明るい少女の姿は、もうどこにも残っていなかった。
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