30 採取地での騒動
夜明けとともに起きて、朝食準備。
春とはいえ、朝晩はまだ寒いから、米粉の麺を汁麺に仕立ててくれた。美味しい。
食費をモルディヴ教室持ちなのを恐縮してくれるけど、失敗作や、イマイチのものを含めて、ウチの教室には大量のお米の蒸留酒と、米粉が発生してる。説明することも機密
上できないから、口籠らざるを得ない。
ほとんど自栽培だから、あまりお金はかかっていないのです。つい、メロディと顔を見合わせてしまう。
事情を知っているのは、大師匠くらいのものだ。
「さあ、出発しましょう。のんびり進んでも、最初の目的地の北の森の草原には、お昼前に到着できるわ。それから食事で、採取は午後から」
愛ロバの手綱を持って、大師匠。
念の為にとニースが、ロバ馬車と私の車椅子の足回りを荒れ地用に切り替えてくれた。
レバーで螺旋バネの稼働を広くなるようにすると、それだけ段差の揺れを吸収できるんだって。
石畳で舗装された王都だと、ふわふわし過ぎて、逆に揺れが増すの。不思議だね。
「かなり、細かな細工がされているんですね」
メイビィ導師の所のティオ君が、興味深そうに足回りのバネを見てる。
顔立ちは女の子っぽくても、師匠が師匠だけに、機構部分が気になるみたい。
陽が高くなってくると、やっぱり春だ。
調温の魔法陣を止めても、心地良い。
街道を分岐して、北の森へ向かうんだけれど……。
「変ねぇ……この道は、こんなに人通りは無いはずなのだけれど」
大師匠が首を傾げた。
石畳で舗装こそされていないけれど、そこそこ広い街道だ。足跡が有っても然りとはいえ、ここまで踏み固められているのは、珍しいそうな。
「荷車か、馬車か……幾種類かの轍もありますね」
「道端の草が踏み躙られたままなので、つい最近、団体さんが通ったばかり……かも知れません」
アベルとケインの護衛コンビが道を調べ、推察する。確かに道の端に咲いている、小さな紫色の花が踏み躙られてしまっているよ。可哀想に。
「アオちゃんを偵察に出しましょうか?」
真面目な顔で、エマが提案する。
いつでも飛び立たんと、その手首に乗ったインパクト・スワローも身構えた。
「そこまでする必要は無いでしょ。ここは王都に近い、国の中心よ。敵や魔物が、こんな群れを作っていたら、大騒ぎになっているわ」
軽い調子で大師匠。
確かにそうなんだけど、ちょっともやもやする。
商隊なら、襲われた時で無い限り、道端の花にも気を使うって、前に南に行った時に知った。
私の指に、ずっと止まりっぱなしのトンボを微笑みながら眺めていたくらいだ。道端の花とか、小さな変化を楽しみながら進まないと、旅暮らしは続かないのだとか。
そんなことにも気を使わない、無神経な団体さんといえば……。
その通りの人たちが、森の入口の左右で番をしていた。
「あら? こんな所で兵団の演習でも有るのかしら?」
鎖帷子を着て、槍を持った屈強の男二人。
おっとりと、でも冷ややかに語りかけるモーリシャス導師に気圧されている。
「ねえ、メロディ。あの人達は騎士団じゃないの?」
「騎士なら、せめてハルバートを持つわ。槍を持つのは歩兵だから、どこかの領の兵団ね。紋章を隠しているのが、余計に怪しいわ」
片眉を上げて、見定めようとするメロディ。
有名過ぎるから、モーリシャス導師のことは知っているのだろう。普段は、農家の庄屋の息子とかではなかろうか。見張りの男たちは、明らかに動揺している。
「この森は、魔法学園の管轄に有るはずです。いったい、何をしていらっしゃるの?」
上品な言葉遣いだが、思い切り圧がかかっている。
哀れ、番人さんたちは震えながら、言うのが精一杯だ。
「しょ……少々お待ちいただけますか? りょ……領主様をお呼びしますので」
一人がまっしぐらに森に駆け出したのを、ずるいと言いたげに、残された一人が見やる。
気持ちは解るよ。元王族の大師匠と、独りで向かい合うのはキツすぎるだろう。
ましてや今は、敵意を隠していないのだ。
可哀想な門番さんが、冷や汗で脱水症状を起こす前に、葦毛の馬に跨った、偉そうなヒゲを生やした大柄な中年男性が駆けつけた。
大師匠の近づきすぎない時点で馬を降りると、小走りに跪いた。
「お待たせいたしました、ユア・グレース」
身分制度から外れているとはいえ、下手な扱いはできないのか、呼称は公爵夫人相当だ。
「名乗りを許します。そして、いったいここで何をしているのかの説明を求める」
「私は、グレン・キンチーと申します。キンチー領を収めさせていただいている、男爵です」
こういう時、メロディが隣りにいるのは助かる。
ノコノコと会話に混じって、疑問を尋ねるわけにはいかないもの。
隣で察して、解説してくれる。
「キンチー男爵領は、紛争中の三角州への橋を持つ領よ。隣国と、直接対峙している領だけに、主戦派の後援し無しでは成り立たないでしょうね」
跪きながらも、笑みを崩さぬ領主を睨んでる。
ああ、やだやだ。薬草摘みにまで、何で政治が絡んでくるのだろう。
「自領へ帰り次第、大規模な演習を行うようにと、クラガンモア侯爵様より命令を承っております。その為に必要な、薬草の採取の許可も、ザンジバル校長より、いただきました」
当然の権利と言わんばかりに、丸められた羊皮紙の命令書を差し出す。
一読した、大師匠は露骨に顔を顰めた。
「正式な命令書であることは、確認いたしました。では、我々も学園の徒として、草原を利用いたします」
「ええ、それはもちろんですとも」
言い放つ大師匠に、困ったように肩を竦める。
その表情の意味は、森が見えて来るとすぐに解ってしまった。
あまりの惨状に、大師匠は顔を覆って天を仰いだ。
「何という酷い事を……」
「必要な分をいただきますと、どうしても……。今は、現状復帰の作業を行っているところです」
薬草を、それこそ根こそぎ持っていかれたかのように、草原はかなり広い範囲で緑が、失われてしまっていた。兵士たちが種を蒔いているようだが、育つのはいつになるのやら。
それに……。
「薬草の成分は、野生の種の方が遥かに強いのよ。種を植え直しても、原状回復には程遠いわ。野生種に戻るまでに、何世代かかると思っているのかしら」
思わず、抗議に出ようとするメロディを宥めなきゃ。
植物には造形の深い友は、本気で怒ってる。
表情を消していても、それ以上に怒っているのは大師匠だろう。
「採取を、あなたのような田舎男爵に任せた学園長の落ち度ですね。戻りましたら、厳重に注意いたしましょう」
大師匠らしからぬ棘が、言葉の端々に出ている。
明確に論われて、男爵のこめかみがひくひくと引き攣った。
そして、大師匠はメロディに向き直る。
「レディ・メロディ・クラビオン。ここでの採取は無理なので、別の採取場に向かいます。あなたの荷馬車には道が険しいので、四泊用の最小限の荷物を選んで、セイシェルのロバ馬車に積んでくださる」
「承知いたしました。ユア・グレース」
「ロード・キンチー。我々が戻るまでのクラビオン家の馬車の警護を命じます。一個小隊で構いません」
テキパキと指示を下す。
身の回りの最小限を空間収納や、ロバ馬車に振り分けるメロディ。しばらくは、お嬢様生活にサヨナラになってしまう。
思わぬことを聞いたと、ほくそ笑むのは男爵だ。
「他にも採取場が有るのですか?」
「当り前です。……ですが、もう充分でしょう。この森の管理者として、キンチー男爵を含む兵たちには、この森からの撤去を命じます。留まることを許すのは、クラビオン伯爵家の荷馬車の警護の者だけです」
ビシリと言い放つ。
いくら学園長の許可が有っても、現状を見てなお、この命令を覆すのは難しいだろう。
それほど酷い状況だ。
不敬にも鼻を鳴らして、男爵は自らの兵を集めて帰り支度を始めさせた。……現状復旧の作業は、中断するつもりらしい。
命令を『即刻退去』と捉えたのならば、それも通る。後でメロディに教えてもらったことだ。
「あの人、こっそり後を着いて来たりしないかな?」
「……それが心配ね」
メロディも、撤収準備をしながら、こちらを窺う男爵を気にしている。
大師匠も、信用などしていないのだろう。
小道を入ると、みんなに声をかけた。
「これからしばらくは、私の周囲を離れないように気を付けて。【
大師匠が詠唱し、杖を振るうと、森の木々たちが折り重なるようにして私達の姿を隠してくれた。
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