27 もうすぐ春だ

「そういう事ね……」


 翌日、報告を聞いたメロディは、げんなりとして天を仰いだ。

 この辺りは爵位の関係か、ブーケットさんも推察はできないみたいで、メロディの言葉を待っている。


「ミドルトン子爵家が属しているのは、モートラック伯爵家の派閥。で、こちらの情報を欲しがっているとしたら、その上の人。モートラック伯爵は、クラガンモア侯爵の懐刀的な方ですもの……。これはもうお父様案件です」

「侯爵様って言うと……主戦派の?」

「ええ、隣国と紛争中の三角州を臨む地域を取りまとめてらっしゃる方よ。主戦派のトップ」


 そんな、お偉い方が絡んでいるんだ。たかが、私の婚約者騒動に……。

 今さらながらに驚いていたら、師匠に呆れられた。


「お前さんは知らんだろうが、ザンジバル学長は、侯爵様の従兄弟だと教えておこう」

「ついでに言うと大師匠のモーリシャス導師は、穏健派のトップのロッホナガー公爵の叔母なの」

「公爵様って、元王族?」

「そうよ、国王陛下の従兄弟に当たるわ」


 何だか、とんでもなく大きな話になってない?

 唖然としていたら、師匠に呆れられた。


「魔法学園は国立だ。導師級の魔法使いの価値を考えれば、国の派閥が絡むくらい予想しておけ」


 確かにそうなんだけど、たかだか私の婚約者騒動に、公爵様とかが絡むなんて想像もできないよ……。

 でも、今の学長が主戦派の血縁ということは……。


「そう、それだけ主戦派が勢いを増しているということの現れだ」


 話が大き過ぎる……。

 なるほど、メロディが父親の案件だと嘆くのも解る。

 そんな中で、私の婚約者騒動は、どうしたら良いのでしょう?


「どうしようもないな」

「そんなぁ……」

「どうしようもないから、放っておけ。どうせ、卒業までの後二年ちょっとは、お前さんの身は学園預かりだから、手が出せない」

「……卒業後は?」

「その時の事情がわからんから、予想もできねえよ。お前の婚約程度の話に、そこまで公爵様が拘るとも思えないからな」

「あなたの身だけなら、クラビオン伯爵家が守ることができるわよ」


 つまりは、卒業までは目立たぬようにして、やり過ごせと。

 むぅ……と顔を顰めていたら、導師がいじめる。


「それよりも、セイシェルよ。……お前、ちゃんと卒業できるのか?」


 うっ……それ以前に、進級の心配しないと。

 一学年の成果として、稲作用の稲刈り機、脱穀・選別機、精米機の魔導機を製作中です。

 とは言っても、私は起動部のみで、機構部分はもっぱら、ニースがトンテンカンと作っている。

 モルディヴ導師だけの評価でなく、複数導師の評価になるから……不安でしょうがない。

 貴族たちの社交の冬が終わると、魔法学校は卒業や入学の時期になる。

 もう、入学から一年か……。

 無事に進級できれば、先輩として新入生を迎えることになるのです。

 今度は、いきなり現実的な話。


「新入生の目処は、ついているんですか?」


 ブーケットさんが、身を乗り出す。

 その笑いは、目星をつけているのですね?


「一人は、な。後は、その場で見て決める」


☆★☆


 さすがに国政レベルの話になると、そんなに急には動かない。

 師匠いわく

 戦争を始めるには、戦争を始める名目と、確実に勝てるだろうという勝算が必要なのだとか。

 じわりと主戦派の勢いが増した。

 その機運が、どうやら魔法学園にも、さざ波のように流れてくるのでしょう。

 学長の地位にまで、政治が絡んでいるなんて、思いも寄らなかったよ……。


 私の提出した稲作魔導機三点セットは、無事に評価を得て、二年生に進級できることになった。

 あまりにピンポイント過ぎて、実際に稲作を行っている領地の領主を招いての評価になったらしい。

 結果、王立の魔導器工場で、それぞれ十台ちょいの受注をいただいたそうで、ついでにかなりの額のお小遣いも稼じゃった。

 評価的には、一般性が低すぎる為に、平均レベルになっているとか。

 メロディの方も、稲の品種改良の第一段階で進級が確定した。

 長米種と短米種の受粉をさせての中間結果報告のような形に留めてる。まさか何度も収穫しているとは発表できないけど、充分な成果と見てもらえてるみたい。


「まあ……実際に、この一握りからやり直しだものね」


 塔の地下で、一面に実らせた稲なのにね。

 稲穂に実ったお米の形で仕分けして、試しに炊いてみた感じで、ちょうど良い含水量のものを選んだ。

 結果、良さそうなのは、ほんの二握りだ。

 一握り分を、社交シーズンを終え領地に戻るクラビオン伯爵に託した。

 領地で自然栽培して、稲穂を実らせてゆく予定。

 こちらでも、半分は自然に、半分は私が付与をしての今まで通りの高速栽培と分けてみる。

 育てたものが、この含水量で安定するのかも解らないから、別に長米種と短米種も栽培して……。

 本当に、気の長い作業が待っている。

 政治も植物も、急には変わらないんだね。


 いずれにしても、春が近づいている。


 ようやく、ミドルトン子爵も領地に戻ったらしく、久々に私もドンキーくんのロバ馬車で買い物に出られた。

 ロバ馬車なんて酔狂なものは、私しか乗ってない。

 特定できてしまうものだから、ニースは、あの三男坊の突撃を何度か受けたらしい。

 おかげで私も、外出禁止令を出されて迷惑していたんだ。

 やっと新年度のテキストを、買いに出られるよ。


「セイシェルは……ずいぶん多いわね」


 師匠から渡された、テキストのリストを覗き込んでメロディが目を丸くする。

 個人の資質と学習の進み具合で、個別に学習計画が立っているみたい。

 メインの魔法陣や魔導機のものに加えて、どちらかと言うとニースに学ばせる目的で、メイビィ導師が精密魔道具作成を指導してくれたりするそうな。

 更には、世間知らずの私用に、カバーナ導師が地理と博物誌を教えてくれるのだとか。

 博物誌よ、博物誌!

 今日買う本の中でも、私が一番楽しみにしている本なの。地域ごとに、どんな植物や、動物などの生物が生息しているかをまとめた本。

 大雑把とはいえ、早く読みたくてワクワクしているんだ。

 兄弟姉妹たちは、学習の一環として、領地の博物誌の子供向けの図鑑を読んでいたけど、厄介者の私は、それが羨ましかった。

 空を舞う鳥や、綺麗な花。みんな名前が有るはずなのに、ニースとかに訊かないと、知ることもできなかったんだから。


「カバーナの奴はどうも、お前のテイマー適性を見たがってるみたいだな」


 なんて、師匠は顔を顰めていた。

 有るのかどうかは解らないけど、私はテイマーに向かないと思う。

 仲良くなった子を売って、お金にするのは、私の性格では無理でしょ。ニースやドンキー君のように、一緒に暮らすなら、良いけど。

 私の求める魔法は、生活の糧になるものだから。


「メロディの方は少なめで、良いね」

「冊数は少ないのだけど、専門的なのよ……凄く」


 品種改良の実地編に専念している選択だけあって、細かな分類やら、植物の特性やら、より深い所に掘り進んでいくのが、メロディのテキストらしい。

 さすがに導師の手に余る部分が多くて、大師匠であり、それらの本の著者でもあるモーリシャス導師に、直接指導を受ける機会が多くなるそうな。

 それはかなり、幸運なめぐり合わせに違いない。


 もう雪の消えた石畳の道を、ポコポコと書店に進む。発注は済んでいるから、受け取るだけ。

 ロバ馬車に詰め込むのは侍女たちのお仕事だから、一応ご令嬢の私は、メロディと書棚を眺めて待っている。

 相変わらず、ファッション誌のメロディ嬢。

 私は稲作魔導機の売上で余裕があるしと、図鑑コーナーをチェックする。授業には関係ないけど、薬草の図鑑を持ってると、重宝しそうな気もするじゃない。小さな村では、魔道士は薬師として重宝されるもん。

 将来はどこかの静かな村で、鍛冶屋のニースと魔動機修理の私の二人で、静かに暮らすことが夢。

 だから戦争に反対なだけで、高尚な思想も主義もないから、ちょっと恥ずかしいのだけど。

 私にとっては、そのための勉強だ。

 師匠はそれを見透かしているのか、二年生になる私のカリキュラムは、まさに理想通りのもの。

 この世界の地理を覚えて、魔動機のことを学んで。

 ニースまで、精密機械を学べるなんて最高。

 私の付与魔法なんて、重い馬車を馬車を引いて歩くドンキーくんと、細腕で重い鍛冶ハンマーを振るうニースの為に有るようなものだ。


(まあ、理想はそうなのだけどね……)


 政治のことは解らないけど、それが私の婚約問題にまで絡んでくるのだから、きっと纏わり付いてくるのだろう。

 もうじき、春になる。

 新しい学年がどんなものになるのか、今はまだ希望だけが胸に有る。

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