休暇中も割と配信のこと考えてる美少女ダンジョン配信者
「良い波来ねぇウサ」
岸を眺めながら水面に浮かぶ楕円型の板に半身で立ち尽くす卯佐美が暇そうに呟いた一言は撮影用ドローンに拾われてリスナー達の元へ。
//サーフィンしに来たの?
//見てる岸の反対側にも岸がある……いや、そこ川!
//緩やか~に流されております
川幅は広く、遠くの岸をうろついているモンスター達は卯佐美を認識すらしていない。卯佐美の配信にしては珍しく緩やかな時が流れていた。
//そういえばウサミン休暇中じゃなかったっけ?
//平和だ
//あ~あー川の流れに――川の流れの~……歌詞どっちだっけ
「あ~……うん、休暇ね休暇。ちょっと暇つぶしに普段行かない店に行ってこいつを見つけたペコ」
そういって卯佐美は爪先で乗っている板らしきモノを叩く。
卯佐美の身長よりも少し長い楕円形の板には足を引っ掛ける為なのかコの字型をした取っ手が付いていた。卯佐美はその取っ手に片足を引っ掛けた状態で後ろに重心を移し、軽く跳ねて水面下にあった部分を配信画面に映し出す。
//魚? いや、鯉か
//底が曲面で平たくない……妙だな
//ウサミンが行ったのサーフィンショップでもスポーツ用品店でもねぇ、冒険者装備総合ショップの『メダル・ギア』だ!
「これ見て店名までバレるとか流石としか言い様がないピョン」
説明しよう! 冒険者装備総合ショップ『メダル・ギア』は武器や防具といった冒険者が装備するモノ全般を扱う冒険者向け用品店の一つ。ダンジョンでも
//案件?
//盾じゃねーか!
//持ち手側は派手じゃないってか地味なんだな
「案件じゃねぇラビ。売れ残りセールでかなり安くなってたペコだから」
楕円型の盾全面を使って滝を登る鯉を表現した縁起物風の大楯は在庫処分セールにて八割引きシールの上に『更に半額』と書かれた札を張って売られていた。
//あれ、ウサミンって盾使えたっけ
//盾持ってるの初めて見る
//メダル・ギアの『橇(そり)ッド・ライジング』じゃないか! ……買うヒトいたんだ
「盾ってのは乗って滑るもんラビ」
//盾で殴るは聞いた事あるけど
//いたな、そんな勇者
//もしかしなくても盾スキル持っていない?
「……さ、【サーフィン】のスキルなら生えてきたピョン」
卯佐美が視線をそらしながらコメントに応えていると川幅が狭まり、卯佐美を目視したモンスター達で岸が慌ただしくなっていた。
髪を直立に逆立てた
//あのオークふさふさ……否、ツンツンだ
//まだ慌てる様な時間じゃない? その通り、そんな時間は無い
//恐ろしく速い首狩り、俺でなくても見逃しちゃうね
卯佐美の射程内だった。
虚しさが募る警報を背に卯佐美は
岸の様相が河原から河川敷へと変わると警報も止んで、再び配信画面に緩やかな時が流れようとしていた。
「遠隔召喚」
//え
//は?
//にぇ
「いや、なんか暇だったペコだから」
卯佐美から離れた位置にある川岸に展開された魔方陣が空間に黒い穴を空け、地響きを立てて現れたバッファローの群れが哨戒していたモンスター達を蹂躙する。幼女と猫を背中に乗せて。
//キュナたん来ちゃ!
//キュナた~……ん? キュナたん肩になんか乗ってる
//あの猫、どこかで
召喚の目的は蹂躙ではなかった。
配信画面に映るバッファローの群れにカーソルを合わせるとドローンに搭載された【簡易鑑定】スキルがモンスターの名称を表示する。
『
//乗っただけ融合、再び
//あの猫……サラッとバッファローの上からアイテム盗んでんだけど
//猫の方って名前決まってるの?
「猫の名前は『ニャミ』にしたウサ」
//もしかして泥棒猫から来てる?
//ニャミちゃんをもっと映して
//どうやったらあの体躯でハルバードなんて盗めるんだ……
目的は新しくなったテイムモンスターのお披露目であった。
蹂躙はついで。
河川敷を河原へと変えた『家猫幻獣と共に群体バッファローを駆る吸血姫お嬢』は召喚陣上の黒穴へと帰還し、キュナとニャミが乗っていないバッファローの背に載せられた大量のアイテムは卯佐美のアイテムボックスの中へと転送される。
「期待はしてなかったペコだけど
//あの手癖の悪い猫が加わったことでアイテムまで根こそぎ奪われるのか
//ドロップと合わせて獲得アイテムが倍!?
//時化てるって結構奪ってたけど
「モンスターが使ってた武器ばっかラビだからプレゼントにもできねぇウサ。あ、なんかラードも獲れてる……盗れてるっぽいけどいるペコ?」
//とれてるってどっち!?
//ラードはいらねぇ
//ラーメン屋にでも卸してもろて
卯佐美が収穫物を物色している間にも卯佐美を乗せた大楯は進む。
川岸は河川敷だったモノから河川基地に。
卯佐美とドローン間に流れる緩い空気とは裏腹に基地から大型のモンスターが出撃し、その矛先……角先を卯佐美へと向ける。
現れたのは機工感溢れるカブト虫型をしたモンスター。角先に行くほど緩やかに径が広がる逆螺旋状になっている砲塔が三つ連なった三連螺旋砲塔を持つ
卯佐美が板……盾に乗って浮かぶ川の幅は、ある程度鍛えた冒険者ならば跳んで渡れる程に狭まったともなれば卯佐美からしてみても射程内なのは当然のこと。では、なぜ卯佐美が砲撃を許したか。
//うおー! でたーかっけぇ
//きんいろ、かっくいい
//おいおいここはシオバナが出んのか
配信画面では時が遅くなる効果音と共に砲撃の瞬間がスローで拡大される。
卵型の砲弾。否、砲弾として射出された卵は砲撃時の熱と運動エネルギーを糧として孵化し成長して変態する。砲弾は幼虫から蛹、鋏を持つ成虫へ。
卯佐美へと飛来する砲弾の正体はそう、ご存じクワガタだ。
二本の角が成す鋏は開かれる事は無い。音速で飛翔するが故に開けば発生した衝撃波で真っ二つなってしまう。詳しい原理? それは空想を科学する本でも読んでみるといい。たぶん載ってる。
しかし、砲弾と化したクワガタは角を開かずとも真っ二つとなった……正確には四分割だが。
//スローだから首狩りの瞬間が見える! 辛うじてだけど
//自分からウサミンが張った糸に突っ込んだらね
//ご丁寧に真っ二つになるまえに首狩りの工程があって茶葉
そして時は動き出す。
四つに分かれたクワガタが川へ落ちるのと同時に卯佐美は盾越しに水面を強く蹴り、巨大な波紋――水の壁を作りドローンのカメラから機甲虫の姿を隠した。
斬。
水は斬れていない。
巨大な波紋が洗い流した跡には先ほどもまで砲撃していた機甲虫の精密な模型だけが鎮座していた。ドロップアイテムである。
「いらねぇ……売るラビかな」
//欲しい!
//あ、プレゼントじゃないんだ
//観賞用アイテムだからハズレ枠……
「プレゼントにするには数が少ねぇウサ。キリもいいし特段攻略する気も無いラビだからここ『
//おつペコ~
//おつピョン~
//川下りじゃなくて川上りだった!?
――本日の配信は終了しました――
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