ボスもやれる美少女ダンジョン配信者

「今日も元気に配信やってくペコ――!?」


 配信画面が大きく揺れ、画面端にモフモフな毛らしきモノが映ったかと思えば勢いよく卯佐美が遠ざかっていく。否、遠ざかっているのは撮影用ドローンの方だ。


 撮影用ドローン。国主導で開発が続けられている事もあって非常に高価な代物だが国民の安全の為に全ての冒険者に国から貸与され、破損や紛失に備えた保険へ加入する事が推奨されている。


//ウサミーンカムバーック!

//あ、これドローンパクられた?

//やべぇ……このまま紛失したら依頼報酬から天引きされてる保険料帰ってこないぞ


 保険に入っていると撮影用ドローンを破損・紛失した原因がドローンを貸与された当人の過失によるモノであれば弁償の為に保険金がおり、過失が認められなかった場合は弁償の義務は発生しない。そしてこの保険は入っていた冒険者が引退時に弁償に使ってない分の保険料が返ってくる制度があり、謂わば冒険者年金的なモノでもあった。


 ちなみに撮影用ドローンの弁償額は下手をすると家が建つ。


//ダメだ、ウサミンが見えなくなった

//これは配信事故?

//あれ……なんか画質が……


 配信画面の画質が荒れ始め昔懐かしの今どきの子は知らない砂嵐が画面を走り、暗転し――


『リミッターを盗まれました』


 ――悍ましいフォントの文字が浮かび上がる。


//え?

//ヒッ!?

//なんか妙だぞ


 数拍して画面は戻り、ダンジョンを映すが画質は少し荒かった。


 ダンジョンの通路を抜け扉が閉まると画面の揺れは収まり、配信画面に下手人の顔が映る。


//あら可愛い

//にゃんにゃーん

//なるほど、尻尾でドローンを掴んで走るとは器用な猫ちゃんだ


 美しい灰色の毛並みをした猫が前脚でドローンを掴み、立ち上がりながら照れた仕草をする映像に沸くコメント欄。加速するコメントを反射的に目で追ってしまい目が回り始めた泥棒猫の正体は家猫幻獣ニャーバンクル簒奪種なる、現在配信画面に映っているダンジョン『にゃんてっとえすけ~ぷ』限定のモンスターである。


//おかしい、この猫なんで無事なんだ?


 疑問を投げかけるコメントに目が留まった泥棒猫はを傾げる。


//もう絶対文字読めてるよね

//ウサミンって猫好きだし……いやでも他のダンジョンで普通に猫系モンスターの首狩ってたな

//そうですわ、ウサミンがひったくりを見逃すはずがありませんわよ


 斬。


 木製のお盆を落としたかのような渇いた音。


 思わず振り返る泥棒猫を映していた配信画面には音もなく楕円状にくり貫かれたダンジョンの扉が落ちる瞬間が映っていた。


 ドローンを持ち替えた泥棒猫が恐る恐るくり貫かれた扉の穴へ視線画角を向ける。


//バカバカバカ逃げろ逃げろ

//あ、あ……あああ


 意味深な笑顔シャイニングフェイス卯佐美ウサミンがこちらを見ていた。


 泥棒猫が慌てて尻尾でドローンを掴み、駆け出した瞬間――残っていた扉ごとダンジョンの壁へ格子状に斬り裂かれて崩れ落ちる。


 さっきまで泥棒猫がいた場所へ悠然と踏み込み、頭ごと視線をこちらに向けた卯佐美の顔は逆光なのか陰に染まっていた。


//ぎゃぁぁぁ追って来たぁぁぁ

//速く! 速く走って猫ちゃん!! 追いつかれる!!!

//曲がった瞬間に壁が崩れるとか大迫力過ぎんだろ……


 漆黒の陰に浮かぶ真紅の双眸が引く紅い光が卯佐美の軌跡を示し、斬り刻まれて崩れるダンジョン壁の奏でる轟音が捕捉している逃がさなねぇウサと泥棒猫へ言外に告げる。


 泥棒猫は迷路を使って逃げ出した――


//ダンジョン側だけあって経路選択に迷いがない

//イケる! コーナリングで差が付いてるぞ

//あ、二回同じ方向に曲がっちゃ……


 ――しかし、壁を斬り裂いて現れる卯佐美に回り込まれてしまった。


 泥棒猫はダンジョンを徘徊する仲間のモンスターに助けを求めるも……


//ここのモンスター攻撃力無い代わりに厄介なの多いしイケるか?

//頼む助けてくれ

//恐ろしく速い首狩り、既に見逃してるとみた


 ……返事が無い、既に首を狩られている。


 専用の小穴を通り壁を抜けようがダンジョン壁を斬り裂く卯佐美が相手では効果が無く、曲がる方向も制限された泥棒猫に最早迷路という地の利は無かった。頼れる仲間もいなくなった孤独な状況も相まって必死に逃げる泥棒猫から漏れる鳴き声に絶望が滲む。


//大丈夫だよ猫ちゃん、俺達がいる

//諦めないで!

//頑張れ


 励ましのコメントを見て持ち直す泥棒猫だったが、辿り着いたのは行き止まり。迷路を見渡せる様に吹き抜けとなっている上の階層まで伸びる高い壁だった。


//そんな……行き止まり!?

//壁は乗り越える為にある

//猫なら壁登れない?


 追い詰められた先で登攀スキルを覚醒させる泥棒猫。


//よっしゃ登り切った!

//ドヤ顔で見下ろす猫ちゃん可愛い


 泥棒猫の三人称カメラとなりつつある撮影用ドローンに映る階下の卯佐美は陰のかおに真紅の三日月を浮かべて腕を振り抜いた。


//もう夜眠れねぇんだけど

//ウサミン動いてないのに近づいてる?

//地面ごと滑り落ちてる……


 鋭角に階層ごと裂かれたダンジョンの壁と地面が新たに階層間をつなぐ坂道へと変わり果てる。些か急斜面なその坂道を一歩、また一歩と意に介さず進む宇佐美の歩みは止まらない。


//あ、諦めるな猫ちゃん

//逃げろ! とにかく逃げるんだ

//頑張れ負けるな


 負け犬アンダードック効果で泥棒猫を応援しているコメント君たちは忘れていないだろうか。


//とりあえず壁で視線を切って

//あれ? 画面が暗く……


 見ているぞ。


『暴走深度上昇 形態モード狂戦獣ビースト


 銀糸が集い宇佐美を覆い隠し、宇佐美の姿が消える。そして代わりに現れたのは——


//やばいやばいやばい

//なにそれ、知らない

//嫌な予感……


 ——銀色の虎(ウサ耳)だった。


//猫に対抗して虎になった?

//どゆこと?

//可愛さは猫ちゃんに軍配かな?


 コメントに釣られて泥棒猫が首を傾げたのと同時に宇佐美? が消え、泥棒猫の隠れていた壁が消し飛ぶ。


//壁ー!? 

//猫ちゃん、後ろ後ろ

//おぉ我が推し、ウサミンではないか! 何故虎の姿に……ひとまず宇佐美ーストと書いてウサビーストと呼ぼうぞ


「ん? 今、コメントに変なのいたラビな」


//あれ? 喋った!?

//今の声何処から……

//また暗転?


『暴走侵度増加 状態:分裂』


 声を誤魔化すように配信画面が暗転し、再度浮かんだ文字が消えて画面が戻ると無数の宇佐美ーストに取り囲まれる光景が広がっていた。


//増 え た

//ウサギガフエテル

//うん、無理ー! 猫ちゃん諦めて


 泥棒猫は何かを悟った表情を浮かべると尻尾で掴んでいた撮影用ドローンを解放。そして——


「にゃにゃ〜ん♡」


 ——寝転がって盛大に媚びた。


//あざとい

//可愛いんだけどね〜ウサミンに効くかな

//猫ちゃんにマジレスすると宝物庫まで案内した方が生存率は高いと思う


/メカ子さん/あ! ごめん、ウサミー

/メカ子さん/暗転して文字浮かべる時、『配信上の演出ラビ』って出すの忘れてた


「え、まじピョン?」


/メカ子さん/うん、ごめんね


「はい、てってれー! って事にするウサ。宇佐美は暴走とかしないペコだから安心するピョン」


//お、おう

//じゃあドローン盗られたのもワザと?

//リミッターは盗まれて無かったんだね、良かった〜


「もちろんラビ。でなきゃとっくに首狩ってるウサ。あとねぇもんは盗られないから大丈夫ペコよ」


//そっか〜安心安し……ん? 無いの!?

//猫ちゃん案内する体勢でスタンバってるから行ってあげて〜

//首押さえなくても宝物庫までは大丈夫大丈夫


「宝物庫までの道のりを案内させるとこまで映すと流石にネタバレが過ぎるウサだから今回の配信はここまでにするラビ。本作品この配信を気に入ってくれたなら作品のフォローチャンネル登録レビュー高評価してしてくれると嬉しいペコ。そんじゃ乙ピョンでした~」



//おつペコ~

//おつピョン~

//おつウサー


――本日の配信は終了しました――

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