ex お手本
「たっだいまー」
「あ、お帰り、姉さん」
渚がゲームセンターの景品袋を手にご機嫌な気分で家に帰ると、リビングから男子の制服姿の楓が出てきた。
家でも急な来客があるかもしれないリスクが有る以上、楓が着るのは基本的に男物だ。
自分も昨日まではそうだった。
そしてそんな楓が聞いて来る。
「その袋は?」
「いやー明人に良さげなぬいぐるみをゲーセンで取って貰ったんだけどさ、そしたら私もやりたくなっちゃって……で、熱中した結果二人で貴重なお小遣いを散在しつつ手に入れた戦利品達がこれです」
二人の共同作業の結果である。
しっかり楽しんだ結果、明日お弁当を作るのに買い出しに行くという話だったのに手荷物が思ったより増えてしまって、また日を改めるかってなるくらいには熱中した。
そしてそんな報告をする渚に対して、楓は小さく笑みを浮かべてから言う。
「そっか。朝電話した感じだと先輩も結構動揺してたけどさ、なんだかんだ良い感じに楽しそうで良かったよ」
「そうだね、いい感じ」
「いい感じ……か」
靴を脱ぐために背を向けた先の楓はそう呟いた後、少し間を開けた後言う。
「もしかして、もうお付き合いしたとか……そういう感じ?」
これまでそういう相談というより愚痴を楓にもしていたから、上機嫌で帰ってきて良い感じと言われたらそう考えるのは当然かも知れない。
……だけどそれは少し違っていて。
「いや、そこまではまだ」
「……そうなんだ」
「うん」
だけど、そこまではまだだけれど。
「だけどもし恋愛が勝負事なんだとしたら、8割方勝ったみたいな、そんな感じ」
結果だけを見れば返事は保留だ。
だけどその理由を紐解けば……本当にただ明人が自分に対して誠実であろうとしてくれただけで。
……自分をそういう風に大切に扱ってくれているという事で。
とにかく、少なくとも悪い形にはならずに。
間違いなく進みたい方向に、大きく一歩を踏み出せている。
そして、少し間を空けてから楓が言う。
「もしよかったらだけど、ゆっくり話聞かせてもらえるかな?」
「勿論。楓には色々と愚痴を聞いてもらってたし。此処から先は話せませんってのは無しでしょ」
「じゃあやろう、恋バナ」
「まあいつも通り一方的な話になっちゃうけど……ねえ、楓には気になる人とかいないの?」
こちらはいつもそういう話を楓にしてきたが、楓からは聞いた事が無い。
そしていつものように楓は言う。
「いないよ、僕には」
「そっか……まあ居ても今は苦しいだろうってのは経験者だから分かるし、今はそれが良いのかもしれないけど」
「やりたいようにやれないもんね」
「そういう事」
……そう、楓はまだ自分が開放された縛りに囚われたままだ。
そんな楓に対してできる事があるとすれば。
色々大変だけど大丈夫だって道を示してあげる事ではないだろうか。
今まで男として振る舞っていたのに急に女の子として表に出てもなんとかなるという事を。
そしてもし楓にもそういう相手が出来たら……同性として接していた男友達相手でもうまくやれるんだよって事を。
ちゃんとお手本として楓に見せてあげたい。
そういう意味でも、自分にとって決して悪くない形で明人との関係を更新で来たのは本当に良かったと、そう思った。
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