2 お前の兄ちゃん姉ちゃんかもしれねえんだけど!?

「まずとんでもなく初歩的な質問なんだけど…………お前、渚……秋瀬渚で間違いないんだよな」


 歩き出しながら、手探りにそんな問いを投げかけていた。


「そうじゃなきゃ誰に見えるのかな?」


「そうじゃない誰かに見えなくもないから困惑してんだよなこっちはよ…………一応聞くけどこれドッキリじゃないよな。俺がモテねえからって変なからかい方してる訳じゃねえよな?」


「違うよ。私は私そのものを見せてるんだ」


「…………じゃあ事情とか云々は置いといて、十年近く男として振る舞ってたけど実は女でしたみたいな、それ?」


「それ。なんか漫画とかで有りそうな奴」


「……」


 いや有るかなコレ!?

 昔よく遊んでいたけど疎遠になっていた友達と再会したら女の子だった! みたいなパターンは結構聞くけど、昨日普通にゲーセンに一緒に行ったりしていた親友が翌日滅茶苦茶女の子女の子なビジュアルで女の子でしたカミングアウトするとかあるぅ!?

 いやいやいや、無い無い無い知らんけど。


 そしてそんな漫画があるかどうかはともかくとして。


「現実でそんな事ある!?」


「おきとるやろがい!」


「起きてんのかぁ……」


 漫画でも起きないような展開が現実で起きているのは事実かもしれない。


「……なんでこんな訳わからない事に」


「じゃあまず何でこんな頭イカれた事を私がやってたか、って説明に入ろうか」


「何もかも分からねえから、順序はお前に任せるわ」


「りょーかい」


 そして渚は妙に可愛らしい咳払いをしてから話し始める。


「私の家、神社じゃん」


「神社だな」


「そしたらなんかこう……あるわけよ、こんな地方の古い家だからさ。変なしきたりみたいなのが。それが諸悪の根源」


 そして渚は恨み言を言うように呟く。


「秋瀬家の女は16歳を迎えるまで、家の外では男として振る舞わなければならない。それに振り回された結果ってわけ」


「確かに今日はお前の誕生日だけど……ああ、誕生日おめでとう…………で、この令和の時代に?」


「この令和の時代にだよ。大昔なら理解できるような話かもしれないんだけどね」


 ……そう、大昔でそういう風習があってもおかしくないと思えていたら、理解できたかもしれない。

 だけど今話した通り令和の現代だ。


「…………いや流石に無理があるだろ」


 漫画でも起きないような事が現実に起きたと思っていたが、やはり思い違いな気がする。


「いくらなんでも流石に無理だってこれ。やっぱ気合入れてからかってるだけだろお前」


「大事な大事な高校入学の日に女子の制服用意して女装してくるとか、完全にイカレ野郎じゃん」


「そのイカれた行動の方がまだ現実的に思えるんだろ……」


 小さく溜息を吐いてから指摘する。


「その良い感じにデケェ胸だって、何か詰めてんだろ。つーか分かりやすく訳分からねえのはそこだって」


 そして視線の先に指をさして言う。


「お前の話がマジだったとして、じゃあ今までそれをどうしてたんだって話だよ。お前なら俺の好み知っててそういうドッキリしようとしてたんだろうけど詰めが甘いぞ。普通に女装だけしてきていたらもう少し引っかかってたのによ」


 実際なんか悔しいけど、見れば見る程可愛い女の子って感じに見えてしまうわけだから。


「……まあその反応も自然かな。でもさ、明人」


 そう言って渚は俺の手首を掴んで……自分の胸元に押し付けてきた!?


「本物だよ。これなら分かるよね」


「……ッ!?」


 柔らかい感触が掌に伝わってくる。

 伝わってくる……が。


「いや、その、本物触った事ねえし……つーかそんな事出来るならやっぱりドッキリ……」


 やや困惑しながら胸元から渚の顔に視線を上げた。


 そして視界に映る……真っ赤になった渚の顔が。


 ……え?

 なに、じゃあこれマジなの?

 コイツの事よく知ってるから分かるけど、ドッキリでこんな顔しないよな?

 え、じゃあ何?

 ここまで全部本当で、これも本物って事?


 え? ……えぇ?


「と、とにかく!」


 自分で始めた事なのに物凄くテンパりながら手首を離して一歩下がった渚は、視線を反らして静かに呟く。


「そういう……事だから。意味わからない状況だと思うけど……全部、ホントの事、だから」


 そう言った渚は踵を返して走り出した。


「続きはまた後で! 先に行ってるね明人!」


「あ、おい! 待てって渚! ……行っちまった」


 困惑に困惑を重ねながら、その背を見送る。


「……マジか」


 やはり何度考えても滅茶苦茶な状況だ。

 滅茶苦茶な状況だけどそれでも……秋瀬渚という人間の事を両親と弟の楓の次位には知っている自負があるからこそ現実味を帯び始める。


「これ……マジな奴じゃん……」


 そして俺はポケットからスマホを取り出す。

 少し自分の中で色々と整理したいから、唯一相談できそうな相手の電話番号をタップした。


 そして数コール後、通話が繋がる。


『もしもし、どうしました明人先輩……って大体想像付くんですけど」』


 渚の弟の楓だ。


「うん、なんかその反応でもう答えな気がするんだけど、とりあえず聞かせてくれ」


『どうぞ』


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 一拍空けてから、感情をそのまま楓にぶつけた。


「お前の兄ちゃん姉ちゃんかもしれねえんだけど!?」


 自分で言ってて意味わからないけどマジで!?


───────


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