番外編 稲葉一鉄の不安
1571年、織田信長の死後、織田家は大きな揺らぎを見せていた。信行が新たな当主として織田家を率いる一方で、稲葉一鉄は新しい形の力を模索していた。信行が織田家を束ねるのは当然の流れのように見えたが、一鉄には別の考えがあった。
「信行殿が織田家の新しい柱として立つことが、果たして本当に最善なのか?」一鉄はそんな疑問を抱いていた。信行の冷静さと計算高い性格は織田家を安定させるには適しているが、その一方で、自分たち新参の家臣が影響力を持ちにくくなるのではないかと危惧していた。一鉄にとって、信行のもとでの未来は、あまりにも見通しが明るくなかった。
「信忠様が織田家の後を継げば、私たちにもまだ道が開けるのではないか」一鉄はそう考え始めた。信忠は若く、まだ自身の意志を完全に固めているわけではない。しかし、その若さゆえに、一鉄は彼を担ぎ上げることで、自らの影響力を高めることができると感じていた。
一鉄は信忠に近づき、彼を説得しようと試みた。信忠の目を見つめながら、一鉄は慎重に言葉を選んだ。「信忠様、今こそあなたが織田家を導く時です。叔父上の信行殿も素晴らしい方ですが、織田家の未来を担うのは、やはり直系であるあなたであるべきです。私たちは全力であなたを支えます」
信忠は一鉄の言葉を静かに聞いていたが、その顔に揺らぎは見られなかった。「稲葉殿、あなたの気持ちは理解できます。しかし、私は叔父上を支える立場にいたいのです。叔父上の知識と経験は、織田家にとってかけがえのないものであり、私が当主になるよりも、叔父上を支えることで家中が一つになると思います」
信忠の断固とした態度に、一鉄は一瞬、言葉を失った。この若者がこれほどまでに強い意志を持っているとは、予想していなかった。信忠を通じて自らの影響力を強める計画は、ここで頓挫してしまったのかと、一鉄は考えざるを得なかった。
「信忠様…お考え直されるおつもりはないのですか?」一鉄は最後の希望をかけて尋ねたが、信忠の答えは変わらなかった。「稲葉殿、あなたの助けが必要です。どうか、叔父上を支えて共に織田家を強くしましょう」
その言葉は一鉄の心に重く響いた。信忠が持つ意志と決意は、一鉄の期待を裏切ったが、その中には逆らい難い正しさがあった。彼は信忠を操作しようとしていた自分自身に少しの嫌悪感を覚えたが、同時に信行のもとでどう自分を保っていくかを再考する必要があると感じた。
信忠が信行を支えたいと決意を示したことで、一鉄の計画は崩れ去ったが、それでも彼は織田家のために何ができるのかを考え続けた。彼が選んだ道は、信行と信忠の間でバランスを保ちつつ、自分自身の立場を守り続けることであった。これから先、一鉄は新たな挑戦に直面しながらも、織田家の未来を見据えて動いていくことになる。
この複雑な感情と葛藤の中、一鉄は織田家内での地位をどう維持するかを考え、慎重に次の一手を模索し続けた。信忠を担ぎ上げる計画は失敗に終わったが、彼の野心はまだ消えてはいなかった。
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