1570年part2 裏切りの影と撤退の決意

1570年4月、織田信長は朝倉義景討伐のため、京を発し、壮大な軍勢を率いて進軍を開始した。この時点で信長は、日本全土にその名を轟かせるほどの勢いを持っており、織田家の勢力拡大は順調に進んでいた。しかし、信行には現代からの知識があるため、この進軍の行く末がどうなるか、深い懸念を抱いていた。


信行にとって、最も恐れていたのは浅井長政の裏切りだった。浅井家は信長と婚姻関係を結んでいたものの、浅井家の家督を継いだ長政が朝倉義景と長年の同盟関係を維持していることは、織田家にとって大きなリスクであった。信行はその裏切りの兆候を察知しており、何度も信長に警告を発していたが、信長は自信に満ちた姿勢を崩さなかった。


信長の軍勢は、圧倒的な力を持ちながらも、進軍中に異変を感じ始めていた。信行の警告をよそに、信長は強気な戦略を貫き通し、朝倉義景討伐に向けて一心不乱に進んでいたが、信行は不安を募らせていた。信長が浅井長政の裏切りをどこまで想定していたかは定かではないが、少なくとも信行は、最悪の事態を避けるために、常に戦況を注視していた。


4月25日、信長の恐れていたことが現実となった。浅井長政が突如として織田軍を裏切り、朝倉義景側に寝返ったのだ。この報せが信長の元に届いた瞬間、彼の表情は硬直し、直ちに撤退を決意することとなった。これまで信長を支えてきた勝利の確信は、この一瞬で崩れ去った。


信行は、長政の裏切りが避けられないものであったことを知りながらも、兄の決断を尊重し、全力で撤退の準備を進めた。彼は冷静に状況を把握し、如何にしてこの危機を乗り越えるかを考えていた。しかし、この撤退がどれほど困難なものであるかも理解していた。浅井と朝倉の連合軍は、撤退する織田軍に対して包囲網を敷き、逃げ場を奪おうとしていた。


信長の軍勢は、撤退を余儀なくされる中で混乱が広がり、兵たちの士気は急激に低下していた。信行は、この混乱を抑えるため、部下たちと共に必死に指揮を取っていたが、その目には不安の色が滲んでいた。彼は自らの運命を呪うように、この戦局がどう展開するのか、想像を巡らせていた。


信長は、この撤退が織田家にとって致命的なダメージを与える可能性を認識していたが、今は無事に逃げ延びることが最優先であった。信行もまた、兄を守るために全力を尽くしていたが、その胸中には重い思いが募っていた。彼は、この戦いが自らの生き残りをかけた最後の闘いとなるのかもしれないという予感を抱きながら、信長の背中を見つめていた。


この戦いが、彼らにとってどれほどの犠牲を強いることになるのか、信行は知っていたが、それでも兄を守るために、最後まで戦う覚悟を決めていた。撤退の命令が下されたその瞬間、信行はその場に立ち尽くし、ただ兄の無事を祈るばかりであった。

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