第24話 地底族の復讐

 ヒューマン国の王妃は、ビースト国王からとブラウン辺境伯からの2通の書簡を握りながら怒りに震えていた。


ブラウン辺境伯からの書簡は、ブラウン辺境伯領の独立を宣言する内容であり、そしてビースト国王からは、戦争同盟を破棄して、ビースト国のみでブラウン辺境伯領へ攻め入るという内容であった。


「何ですって!ビースト国だけでブラウン辺境伯領に攻め込むってどういうことよ!ヒューマン国とビースト国、そしてあの娘を地底族に捕らえさせた後に一気に攻め込むはずだったのに、これでは計画が丸つぶれじゃないの!あの地底族にも連絡が取れなくなっているし!」


 ビースト国王はヴァンパイア国の魔具研究所から研究員を拉致して、秘密裏に魔獣を従わせる魔道具を開発していた。そしてその魔道具を使って魔の森にいる魔獣を一斉にブラウン辺境伯へ襲撃させて辺境伯領を攻め、ビースト国の領土にしようとしていた。


「こうなったら、ガーラン公爵家のお爺様にお願いするしかないわね……。お爺様なら良い策を考えてくださるわ」王妃は歪んだ笑みを作りながら、侍女長にガーラン公爵家へ行く馬車を手配させ、すぐに馬車に乗り込んだ。そして王妃は公爵家への馬車の中で、両手の指全部に付けた大きなキラキラした宝石が付いた指輪をうっとりと眺めていた。


「ビースト国がブラウン辺境伯領に攻め込むなら、それに乗じて私達も王立騎士団を率いてブラウン辺境伯に乗り込めばいいわ。ビースト国だけに辺境伯領を独り占めさせるわけにはいかないものね。あの辺りにも鉱山があるようだし、魔国を攻め落とさなくても十分に宝石が採掘できるんじゃないかしら。フフフ、それがいいわね」


馬車が公爵家の門前に差しかかると、いきなり地面が揺れて馬車がグラグラと倒れかけ、王妃と侍女は慌てて馬車から飛び降りた。そして地面にピシッピシッと裂け目が出来たかと思うと地面が数十メートル程の幅に割れ、ガラガラガシャーンと目の前にあった公爵家の屋敷が崩れ地面の裂け目に吸い込まれるように落ちていった。


王妃に付いていた侍女は叫び声を上げながら門の外に逃げて行ったが、王妃は目の前で起きた信じられない出来事に驚き呆然と立ちすくんでいた。王妃はふと自分の後ろに気配を感じ振り返ると黒いマントのフードを被った地底族の族長のボルサが立っていた。


「ボルサ殿、これはいったい……」王妃はガタガタと震えながらボルサを見たが、目が合うとカツンと体を動かすことが出来なくなった。


ボルサは王妃の前に来ると「お前らガーラン公爵家は、俺達を騙し、そして俺達の家族を奪った。お前らにも同じ思いをさせてやろう」と王妃の顔を遠くにいたボルサの部下に向けた。部下達は、アーサー王子を縛り上げて地面の割れ目に落とそうとしているところだった。


「お前らの手下が俺達の家族を殺した。だからお前達も同じめに合わせてやる」


ボルサは王妃の足元を見ながら呪文を唱えるとズブズブと王妃の体が泥沼のような地面に吸い込まれていった。そして王妃が地面の中に吸い込まれ見えなくなると、屋敷が落ちていった割れ目を閉じてボルサ達は姿を消した。


* * *


クロエとルカそしてロアは、地底族に真相を録音した魔道具を渡した後、ヒューマン国の王立学院を自主退学して、レイの新学院設立の準備を手伝っていた。そしてブラウン辺境伯の騎士団や魔術師団の訓練に毎日のように参加し、ロイと一緒に新しい魔道具開発に取り組んでいた。


クロエと料理長で新作のおやつを作っていると、ルカとロアがキョロキョロと物珍しそうに周りを見ながら調理場に入ってきた。


「あら、ルカとロア!調理場まで来てどうしたの?」


「ロイが、調理場には面白い魔道具がたくさんあるって言ってたから見に来た」ルカは興味深そうに調理場の魔道具を見ていたが、魔道具の電子レンジの前で足を止めると扉を開けたり閉めたりしていた。


「クロエ、今日のおやつは何を作ってるんだ?」ロアがクロエの手元を覗き込むと、そこにはもうすでに形成済の肉まんがあった。


「今日は肉まんを作ってみたの。あとは蒸すだけだから、もう少しでできるわよ~」とクロエが蒸し器の準備をしていると、「肉まん!」と喜んでいるロアの横で、ルカは不思議そうに調理場にある魔道具を見ていた。


「この調理場、ホントに魔道具だらけだな。全部クロエの前世の世界にあったものなのか?この四角い扉付きの箱は何なんだ?」


「それはね、冷めてしまった料理をすぐにホカホカに温められる魔道具なの。前世の世界では、凄く重宝されてて一家に一台はあったわね。電子レンジっていうのよ」


「ふうん~。これ、どんな仕組みなんだ?」ルカは、再度電子レンジの扉を閉めたり開けたりして中を覗いていた。


「ん~とね?……ロア、説明よろしく!」


「ん?電子レンジ?」ロアはつまみ食いしていたクッキーをミルクで流し込むとロアに説明を始めた。


「この電子レンジは、マイクロ波っていう電磁波を出すんだ。食べ物の中には水がたくさん含まれているだろ。その水は小さな水分子っていうすごく小さな粒の集まりなんだよ。冷たい水の時は水分子がゆっくり動いているけど、お湯の時は激しくぶつかり合って、ぶつかったエネルギーで熱をだすんだ。それで、この電子レンジのマイクロ波が食べ物にあたると中の水分子が互いにぶつかりあって摩擦熱が生じて食品全体の温度が上がっていくって仕組みなんだ」


「この箱の仕組みも凄いけど、水分子か……。俺もロアとロイの講義を受けたい」


「いつでも教えるよ。ルカとロイと俺が組めば、なんか凄いもの出来そうでコワいわ~。しかしクロエ、お前の説明だけで、ロイはよくこれ作れたよなぁ。ロイ、やっぱ天才だわ」


(失礼ね~。まぁ、その通りロイ兄様は普通のオタクレベルを超えて Dr.になったわねぇ。何事も突き抜けるって大事だわ~)


クロエが遠い目をして心の中で呟いていると、師匠のレイが辺境伯城に訪れたと執事がクロエ達を呼びに来た。


辺境伯夫妻とダンとロイそしてシルビア王女は、すでにレイと談話室でお茶を飲んでいたが、クロエは蒸し上がった肉まんを皆に食べてもらおうと侍女に談話室に運んで準備してもらった。


「これは何?」とダンとロイが目をキラキラさせながらクロエを見たが、師匠のレイが「肉まんか!嬉しいの~」とお皿に取って先に食べ始めた。


レイは美味しそうに肉まんを堪能していたが、ハッと思い出したかのように「大事な話があったんじゃ!」と齧りかけの肉まんをお皿に置いて話始めた。


「実は先日、ガーラン公爵家が襲われた。いや、襲われたというよりは、公爵家の屋敷自体が消えた。屋敷には前ガーラン公爵や現公爵夫妻そしてその家族も居ったようだが、全員いなくなった。そしてヒューマン国王妃と王太子も同時に消えた」


「それは、まさか……」クロエは目を見張り、師匠の答えを待つと「あぁ、たぶんそうじゃろ。地底族の復讐じゃ」とクロエを見ながら頷いた。


「そしてもう1つ情報が入ってきた。ビースト国がブラン辺境伯領に攻め込むという計画を企てておるらしい」


ダンはソファから立ち上がり不安そうにしているシルビア王女の側に行くと、肩に手を置き大丈夫だと安心させるように微笑み、そして師匠のレイに向き直った。


「その件は、ビースト国王太子のシルビアの兄から連絡が入っています。魔獣を従える魔道具を使用して魔の森の魔獣を一斉にブラン辺境伯領に仕向ける計画らしいのですが、魔獣で攻めるだけではブラウン辺境伯は落とせないだろうと、魔の森とビースト国の境にいるドラゴン族も従わせることが出来る魔道具を作成中だということです」


「はっ?ドラゴン族だと?ほほう!これは、ビースト国王も自滅か?」


クロエは急に機嫌の良くなった師匠を訝し気に見ながら「師匠、自滅ってどういうことですか?」と質問した。


「ドラゴン族は、ビースト国の魔道具ぐらいで従わせられるような者たちでは無いということじゃ。魔獣と魔族を同じようなものだと勘違いしておるな。これは面白くなってきたの~」


「師匠、ドラゴン族は魔国の4大魔族の1つでしたよね。魔族の方々と魔獣の生態は全く違うんですか?」


「あぁ、全く違う。魔獣は森の動物が瘴気によって変化してしまったもので元々は知能の低いただの動物じゃ。魔の森には瘴気の湧き出る泉があちこちにあってな。その瘴気が悪さをしておる」


「魔獣は元々は普通の動物だったんですか!魔獣を浄化したら普通の動物に戻るんでしょうか?」


「いや、完全に変化してしまったものは、浄化しても元には戻らずに消えてしまう。儂は瘴気について調べているんじゃが、光魔法を持たん儂ではなかなか調査が進まんのじゃ」


「師匠、私の光魔法を使って師匠のお手伝いをさせてください。魔の森の魔獣が少なくなれば、魔獣討伐で負傷する者も少なくなりますから」


「そうじゃな。すべてが片付いたら、クロエの力を貸してもらおうかの」師匠は優しく微笑みながらクロエの頭をなでた。

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