第22話 地底族ボルサ

 地底族の族長ボルサは、王妃と密談のためヒューマン国の王宮を訪れていた。


「ボルサ殿、あの小娘を捕えるのに、時間がかかりすぎではありませんか!」王妃は部屋の中をイライラと歩き回りながらボルサに言った。


「……そちらこそ、ビースト国とは戦争の同盟は結べたのですか?」ボルサはマントのフードを被ったままソファに座り無表情で俯きながら答えた。


「ビースト国の国王とは話がついたわ。向こうは戦争の戦果にブラウン辺境伯領と魔の森を要求してきたわ。あの国王は、王女をあの小娘に接触させて情報を得ようとしているけど、そんなまどろっこしいことをするより、とっとと力ずくで捕まえてしまえばいいのよ。……本当に生意気で忌々しい娘だわ」


「あの娘の周りはガードは固く、なかなか隙をみせない。しかし学院に通っている今が一番捕えやすいだろう」


王妃は、無表情で応えるボルサに苛立ちを覚えたが平静を装った。


「ヒューマン国とビースト国、そして貴方たちの一族にあの小娘の力が加われば、魔国なんてすぐに潰せるわ。他の国も簡単に侵略できそうだけど、私はあの魔国から採れる魔石と宝石だけがあればいいの。私は、そんなに欲深くはないわ。貴方は魔国への復讐だけでいいのかしら?あの娘がいれば、魔国の支配者になることも可能なんじゃないの?」


「私は魔王家へ復讐が出来れば、それでいい……」


「つまらないわね。まあ、私達の目的が同じなのだから別にいいのだけど。なるべく早くあの娘を捕まえてくださいな」


王妃はそう言って、ボルサに振り返ると、ボルサは一瞬にしてその場から消えていた。


(あの男、ほんと陰気な感じよね。復讐だけに囚われてつまらないわねぇ。まぁ、戦争に勝利して得たものはすべて私の物になるからいいわ。欲深いビースト国の王が後々面倒な感じね。まぁ、あれも洗脳か殺してしまえばいいわね。ヒューマン国の国王も私の傀儡だし、あとはアーサーちゃんのために色々と準備してあげないとね)


王妃は機嫌をを取り戻し、軽い足取りで部屋を出ていった。


* * *


ボルサは王宮から暗い異空間に転移すると、暗闇の中で1人佇んでいた。妻と腹の中の子が殺されてからは怒りで眠ることも出来ず、部下に指示を出す時以外は、ずっとこの暗い空間にいた。忠誠を誓っていた魔王に裏切られ、地底族の仲間が幸せに暮らしていた地底都市を崩され、そしてあの魔王妃に地底族の仲間たちは奴隷のように使役されて何人も死んでいった。


魔王に復讐するため私達は計画を練ったが、魔王妃が魔国から消えるとそれを追うかのように魔王も消えた。そして怒りの矛先を失った私たちは、その矛先を魔王家に向けることにした。


「セシルに会いたい……」


ボルサの妻セシルは、ボルサの幼馴染で、引きこもり気味のボルサをいつもひまわりのような笑顔で支えてくれていた。そしてようやくボルサからセシルにプロポーズをして結婚し、子供が出来たとセシルから報告があったばかりだった。そんなセシルが、俺の代わりに魔王妃が始めた地底採掘を取りやめるよう直訴しに行った。


そして、その場でセシルは魔王妃に殺され、遺体で俺のもとに帰ってきた。なんでセシルに行かせたんだと俺は自分自身を殴りたかった。俺が族長としてもっと強くあれば、セシルにそんなことをさせなかった。俺がセシルを殺した……。


先代魔王と魔王妃が消えた後、俺たちは魔王家に復讐することを決め、シエラ王女が出産した赤ん坊を奪おうと計画した。しかし王女は俺達の襲撃時に傷を負いながら赤ん坊を連れてどこかへ転移してしまった。王女の夫は妻と赤ん坊を守り血だらけになっていたが、皆を庇うように先頭に立っていた。しかし俺のように復讐に囚われるより死んだほうが楽だろうと思い、俺が一思いに殺した。その場に居た王女を警護していた者たちは殺すつもりはなかったが、部下達の魔王家への怨みは強く、気が付くと皆が全員を殺していた。


「闇は伝染するものかもしれない」


俺は地底族の仲間が、誰彼構わず魔国の者を殺していく姿を哀れに思い、怨みに囚われた仲間を連れて魔国から姿を消した。


* * *


 ロアは魔国に帰省中、父である魔王の執務室を訪れていた。


「親父、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いい?」


「ああ、いいぞ。お前が俺に何か聞きにくるなんて珍しいな」


「先代魔王妃のことなんだけどさ、なんで魔王に魅了を掛けられたんだ?魅了は自分よりも魔力の強い者には掛けられないだろ?だったら魔王が魅了になんか掛かるはずないじゃん。なんで魅了に掛かっちまったんだ?」


「あぁ、あれはな、あの魔王妃はデーモン族の転生者だったからだ。この魔国が建国される前の話だが、デーモン族の王が魔王に挑んできて、そして魔王が勝った後にこの魔国が作られた。それから何かとデーモン族が魔国に仕掛けてきているんだ。そのデーモン族の得意技が魅了なんだが、この魅了が厄介で狙った相手の胸に魔楔を打ち込むと、自分よりも魔力が強い者にも魅了を掛けることが出来る。そして術者が死ぬまでその魅了は解けない。あの魔王妃は先代魔王の隙を狙って魔楔を打ち込んだんだ。そして魔王妃が出産後に危険な状態になり異世界へ転生していった時に、先代魔王は後をを追ってここから消えていったってわけだ」


「デーモン族って、滅びたんじゃなかったのか?」


「あぁ、そうなんだが、時々デーモン族がこの世界に転生して来るんだ。先代魔王妃がデーモン族の転生者だったことは、最近ガーラン公爵家を調べていて判明したことだ。俺も何で先代魔王が魅了に掛かったのかが不思議で調べていたら意外な事実が出てきたよ」


「そうだったのか……。しかし、先代魔王は何を考えていたんだ?話を聞く限り、あんまり賢くはなさそうだな」


「前世では、かなりのオタクだったらしいぞ。あの聖女は前世で推していた地下アイドルに似ていたらしい」


「なんでそんな奴が魔王に転生したんだ?」


「俺にもそれはわからんが、対外的には良い魔王ではあったと聞いている。しかし、魔王妃に対してだけはおバカになっちまってたんだろうな。まあ、お前も選ぶ女には気を付けろよ~」


魔王は執務机から移動してロアの前のソファに深く腰を下ろすと、真面目な顔でロアを見た。


「あの先代魔王妃は、俺が始末をつける。まぁ、俺の産みの親だから俺しか裁けねぇだろ。地底族の件が落ち着いたら行くつもりだ。そしてお前に魔王としての初仕事を与える。地底族の裁きは、お前がやれ。お前の判断でな。俺は口出しはしない」


異世界にいる魔王妃を捕らえに行くという事は、異世界転移して行くとうことで、もうこの世界には戻れないということだった。ロアは一瞬目を見張ったが、気持ちを押し殺し平静を装って答えた。

 

「……わかった。親父、一声かけてから行けよ」


魔王は口の端を上げて笑うと、「ああ、そうするよ」と言って、ロアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

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