第9話
アルテヴィッヒ・フェステバル当日。
上空にはミネルさんが所有する飛行船が飛んでいる。飛行船の側面には「アルテヴィッ
ヒ・フェステバル」と大きな文字で書かれている。さすが、投資家。金の使い方が豪快。
普段は必要な時しか開けられない門が常時開放されている。人の出入りが簡単になる為
危険な事も増える。しかし、祭りだから仕方が無い。
街は観光客達のおかげで活気に満ち溢れている。至る所に露店が並んでいたり、様々なイベントが行われている。
休んで祭りを楽しみたい。でも、俺らにはそんな事は許されない。
「テルロくん。古書店で黒いソウル・エッグが現れた模様。至急向かってください」
H&Dコーポレーションの連絡員から無線で連絡がきた。
「了解です。シュトラ、古書店に黒いソウル・エッグが現れた。行くぞ」
「はい。分かりました」
俺とシュトラは人混みを掻き分け、古書店に向かう。
人、人、人、人ばかりだ。普段なら数分で着く距離も、この人の多さのせいで何倍・何十倍にも時間がかかる。
あーストレスが半端ない。空を飛べたら楽だな。コアンダを呼ぶか。でも、コアンダを呼べば風圧でここに居る人達に影響が出る。
――30分かかって、ようやく古書店の前に着いた。
「どうも、テルロです」
「お、来てくれたか。そこにソウル・エッグがあるから頼む」
古書店の店長が指差した場所には黒いソウル・エッグがあった。
「はい。では、お預かりします」
俺は黒いソウル・エッグを手に取った。ひびがちょっと入っている。あと30分ぐらいで孵化するぞ。
「すまないね」
「いえ、仕事なんで」
「今度、また来てくれ。いい画集が入る予定なんだ。それを君にあげるから」
「はい。ありがとうございます。絶対に来ます」
俺とシュトラは街の外に向かって、走り出した。
「すみません。最速ルートを教えてください」
俺は無線で、H&Dコーポレーションの連絡員に訊ねる。
「少々お待ち下さい」
自分でも早く行けそうなルートを探す。
「検索終了しました。あと30メートルそのまま直進したら、左側に路地が見えます。その路地に入ってください。それ以降のルートは路地に入り次第お教えします」
「了解しました。シュトラ、あと20メートルしたら左側に路地が見える。その路地に入
るぞ」
「分かりました。テルロ」
つかの間の休憩時間。今日だけで5件も黒いソウル・エッグから生まれた生き物の浄化をしている。かなりハードだ。でも、そのおかげでデイジーの花の髪飾りを買う費用がもう少しで貯まる。
俺はシュトラをH&Dコーポレーションの休憩室に残し、アンティークショップ・クレイに向かっていた。
ここら辺はメインストリートに比べると人通りが少ない。まぁ、ここら辺の店はマニア向けの店ばかりだから仕方が無い。
アンティークショップ・クレイの前に着いた。
……あれ、デイジーの花の髪飾りがない。う、噓だろ。
ショーウインドに並べられていたデイジーの花の髪飾りがない。それに他の商品もない。
どう言う事だ。店じまいか。そんな話してなかったぞ。
俺はドアを急いで開けて、店の中に入った。
店内には小物数個と売り物ではない古時計しかない。この前来た時には様々な商品が並んでいたのにどう言う事だ。
「おっちゃん、居る?」
「おう。テルロか」
おっちゃんはカウンターの下から顔を出した。何でいつも下に居るんだよ。
「これはどう言う事?店の商品全くないじゃん」
「買占めだよ。金持ちが全部買っていった」
「……そうなんだ。あ、あの髪飾りは?」
「……そ、それはな」
おっちゃんは神妙な面持ちになっている。……まさか。
「売っちゃたの?」
「ちゃんと確保してるぞ。ほれ」
おっちゃんはカウンターの下からデイジーの花の髪飾りを取り出した。そして、レジカウンターの上に乗せる。
「……よかった。びびらせるなよ」
「すまん、すまん。ちょっとからかいたかっただけだ」
「なんだよ、その理由。まぁ、あるんならいいけどな」
「いやーお前さんに言われてすぐに店頭から引いててよかったよ」
「どう言う事?」
「買い占めた金持ちは店にあるもの全部買うって言ってな。た、たしか、ミネルとか言う奴だったな。その金持ち」
「ミネルさんが?」
「知り合いか?まぁ、そんな事どうでもいいんじゃが。そこの私の宝物の古時計も買おうとしたんだよ」
「……売り物じゃないのに?」
「あぁ、バヌー・ジャザリーが作ったものは何でも手に入れたいらしくてな。いくらでも金は積むと」
「でも、売らなかったと」
ミネルさんは苦手なタイプかもしれない。金があればなんでも出来ると考えてそう。俺はそう言うタイプの人間とは関わりたくない。まぁ、仕事だから仕方ない。それにまだ全ての面を見てないから決め付けるのは早い。
「当たり前じゃ。金だけが全てじゃない。その古時計には一緒に歩んできた時間があるんだ」
「そうだよね。おっちゃんらしいよ」
おっちゃんのこう言う考え方は好きだ。商売だけが全てじゃない。自分の信念を貫いている。だから、常連さんがたくさんいるわけだ。
「まぁ、金額を見たときは一瞬、心動きそうになったけどな」
「……はぁ?ちょっと尊敬した気持ち返せよ」
前言撤回だ。おっちゃんの信念は曲がりやすい。
「冗談だよ、冗談。一生働かなくてもいい金額だったがそんな事どうでもいい。この古時計はわしの命だ。命はいくら詰まれても売れんだろ」
「た、たしかに」
「でも、どうしたものか。また、商品を集めないとな」
「旅に出るの?」
「何も考えていない。それに商品の目利きできるのは私だけじゃないからな。各国に散らばった子供達にでも頼むよ」
「そっか」
「それに販売業だけじゃないからな。修理業もあるし」
「たしかに。じゃあ、また来るよ。絶対に買うから」
「わかった。何か用があったらいつでも来い」
「うん。用がある時は全力で頼むよ」
俺はドアを開けて、外に出た。
おっちゃんと話したらなんだか疲れが取れた気がする。もしかして、おっちゃんには癒し機能があるのか。いや、そんな事はない。そんな事、あってたまるか。
博物館に着き、館内に入る。
母さんの指示で展示されているミロナのもとへ向かっていた。
博物館内も街と同じで普段とは比べ物にならない程に人達が居て賑わっている。でも、唯一違う事がある。それは街に比べて、観光客よりもこの街の住人の方が多い。それも老人が多い。その理由はきっとミロナだ。70年ぶりにこの街に戻って来たからだ。
ミロナを見ると、幼い頃の想い出に浸ることができるのだろう。俺も年を取ればそんな
風に想い出を懐かしむことができるのだろうか。まだ、それは分からない。それにいつ何事が起こるかも分からない。だから、今を必死に頑張らないと。
ミロナの展示スペースに着いた。
……まだソウル・エッグは現れていない。黒いソウル・エッグが大量発生しているのも気になるがミロナからどんな色のソウル・エッグが現れるかも気になる。どの色のソウル・エッグが現れても大人は破壊命令を下すに違いない。でも、俺は絶対にそんな事はさせない。自分達の為だけに命を奪うなんてありえない。
白髪の老婆が車椅子に座って、ミロナを見ている。背中は震えていた。
俺は隣に行き、老婆に視線を向ける。
老婆は人目をはばからず泣いていた。きっと、ミロナに想い出があるのだろう。
老婆は首にサクラの花びらのネックレスをかけている。作りが凝っている。きっと、大量生産のものではなくて、オーダーメイドのモノに違いない。
話をしてみたい。ミロナとどんな想い出があるのか。
俺は老婆に話しかけようと、口を開いた。
「西側にある雑貨屋で黒いソウル・エッグが現れた模様。直ちに向かってください」
無線で指示が送られて来た。あーこんな時に。
「了解」
俺は老婆に話しかけるのを止めて、博物館の外へ向かう。
あの老婆にまた会うことが出来るのだろうか。出来るならゆっくり話をしたい。それを叶える為にも今は黒いソウル・エッグの浄化だ。
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