第36話
午後6時。開演時間になった。
劇場内の照明が消えて行く。
「この物語はとても遠い未来の物語」
「人間を試験管から生み出す技術が確立されてから、百年が経った。人間は二つの階層に分けられるようになった」
もなとりさの声がかすかに聞こえてくる。
「特定の人間達の遺伝子から作られた量産型のクローン達の貧富層。そして、遺伝子組み換えされて様々な才能を与えられた富裕層」
「貧富層はどんなに夢を描いても叶える事は出来ない」
「しかし、NO.1189はそれでも夢を持っていた」
緞帳が上がっていく。そして、ピンスポットが当たる。
「ここが城か」
目の前の観客達が俺を見ている。なんか、自分の出来事なのに他人事に思える。でも、このおかげで緊張はどこかへ行った。
役の事、芝居の事だけを考えればいい。
俺は上手袖に去っていく。
――何のトラブルも芝居のミスもなく進んでいく。
時間があっという間に過ぎていく。普段とは比べ物にならない程早い速度だ。とても幸せな時間だ。この時間が終わってほしくない程楽しくて仕方がない。
――劇は終盤を迎えた。残りのシーンは二シーン。
真里亜と恋歌のシーンが始まっている。
「フリア。行かないで」
「……ごめんなさい。もう決めた事なの」
「……フリア」
「こうしないと、2人とも幸せにならないの」
「でも」
「私がここに居たらお姉ちゃんがお父様に処分されちゃう」
「……それは」
「だから、私が死んだ事にして」
「……フリア」
恋歌は胸元を握り、その場に膝から崩れ落ちる。
「私は大丈夫だから。ねぇ」
真里亜は恋歌を抱き締める。
「フリア。フリア……」
恋歌は泣きながら芝居をしている。恋歌の芝居を前から観れないのはちょっと不服だ。
「お姉様……」
「……ごめん。ごめんなさい。こんな酷いお姉さんで」
「そんな事ないよ、お姉様。……私はお姉様を愛してる」
「フリア……」
「さようなら。幸せになってね」
真里亜は下手に去っていく。
観客席の方からはすすり声が聞こえてくる。
「……フリア」
恋歌は真里亜が去った下手側に右手を伸ばす。
「……私って馬鹿だ。今頃、気づいたの。……貴方が世界で一番大切な妹だって。
今までの事を許してとは言わない。でも、これだけは言わせて。貴方が私の妹で居てくれてありがとう」
ゆっくりと暗転していく。
恋歌は完全に暗転したのを確認してから、下手に去っていく。
あとは最後のシーンだけだ。
明転。
上手袖から舞台後ろ中央に行く。
「……もう少しだ。もう少しで外に出れる。ここから出れるんだ」
ゆっくりとゆっくりと前に進んでいく。目の前には門があるかのように。
「おい。フリア姫が死んだらしぞ」
「本当か?」
「あぁ、城周りの水路に飛び降りて死んだらしい」
「なんで?理由は?」
「知るかよ」
「……そ、そうだよな」
狛田姉妹が男性兵士みたいな声色に変えて、袖から台詞を言う。
「……そ、そんな」
俺はその場で倒れ込んだ。
「なんで、なんでだよ。う、うそだぁぁああ」
フリアが亡くなったと思い込み、発狂する芝居をする。今まで以上に感情が乗っている気がする。
「貴様、何者だ」
「ここで何をしている」
狛田姉妹が男性兵士の声を出す。
「来るな。来るな」
俺は右手でズボンのポケットからモデルガンを取り出し、周りに向ける。
「……フリアが居ない世界なんて。フリアが居ないなら外に出ても意味がない。……き、君のもとへ行くよ……」
俺はモデルガンを右側のこめかみに当てる。そして、呼吸を乱す。その後、モデルガンの引き金を引いた。その場に仰向けで倒れた。
足音が聞こえる。
「……噓。噓でしょ。なんで、なんで」
真里亜が俺のもとへ駆け寄り、座り込む。そして、俺の顔を触り、泣いている。真里亜の涙が俺の顔に零れ落ちる。
「貴方が居ない世界に意味なんかないの。貴方と一緒だから外に行く意味があるの。外に出たら、私が君に名前を付けるって約束したじゃない」
真里亜の涙は普段以上に流れている。そこには真里亜でなく本当にフリアが居るように感じてしまう。
「……私も貴方のもとへ行くわ。ねぇ。リベル。ごめんなさい。言っちゃった。リベル。この名前が貴方の名前よ。番号じゃない。貴方だけの名前……」
真里亜は俺が右手で握っているモデルガンを手に取り、自身のこめかみに当てて、引き金を引き、俺の上に覆いかぶさる。
緞帳が降りていく。それは同時にこの芝居が終わるって事だ。
稽古期間の思い出が込み上げてくる。涙が出そうだ。でも、まだ緞帳は降り切っていない。
緞帳が降りきった。
観客席の方からは多くの拍手の音が聞こえてくる。
これは良かったって事か、満足してくれたって事か。
「龍虎っち。あとは挨拶だよ」
「……そうだな」
覆いかぶさっていた真里亜が起きて、俺に手を差し伸べる。
俺はその手を掴み、起き上がる。上手と下手から二重丸と恋歌ともなとりさがステージに出てくる。そして、横一列に並ぶ。
緞帳が上がっていく。
観客達は観客席から立ち上がり、俺達に拍手を贈ってくれている。
これって、スタンディングオーベーションってやつか。
ただただ嬉しい。俺達は認められたって事だよな。
涙腺がこの感動に耐え切れなくなり、涙が溢れ出す。
こんな幸せな光景が全然見えない。
俺は腕で涙を拭う。そして、仲間の表情を見る。
二重丸達も全員号泣していた。
「ほ、本日は……ご来場頂き本当に……本当に……本当に……ありがとうございました」
俺は観客達に向かって、頭を下げた。
「ありがとうございました」
俺以外のメンバーも頭を下げる。
観客席からの拍手はさらに強くなる。
俺達は顔を上げる。
涙がさらに溢れ出してきた。俺は腕で涙を拭いながら、この最高の景色を必死に目に焼き付けようとする。
これは俺達だけが見れた最高の景色だ。どんなものよりも美しい最高の景色。
緞帳が降りていく。
お芝居を始めてよかったと心の底から思う。そして、これからもずっと続けたいとも思った。だって、こんな最高な気持ちになれるんだから。
緞帳が降りきった。
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