第5話

4月8日。入学式の翌日。

 俺と二重丸はメールで知らされた1年10組の教室の自分の座席に座って居た。周りには同じクラスだと思われる生徒達が居る。

 ……あきらかに距離を取られている気がする。それは知らない者同士の距離感ではなく、恐れていて近寄らないでおこうという距離感だ。慣れているから大丈夫だ。うん。頑張れ、俺。めげるな、俺。

「この部屋であってるはず」

 聞いた事のある声が聞こえる。

 俺は声のする方を見た。部屋の入り口に制服姿の真里亜が巾着袋を持って立っていた。

「……真里亜」

「お、龍虎っち。おーい」

 真里亜が俺に向かって、手を振っている。それと同時に教室に居る生徒達の視線が俺に向かっているのも分かる。……あ、灰になりそう。

 俺は無反応はよくないと思い、軽く手を振った。

 真里亜は嬉しそうに駆け寄ってくる、そして、俺の前の椅子の背もたれを前にして座った。

「久しぶり」

「おう。久しぶり」

「どうだった?私のパフォーマンス。凄かったでしょう」

 真里亜は誇らしげな顔をして、訊ねて来た。

「おう。かっこよかった。凄いな」

「え、マジ。マジでおっしゃってる」

 真里亜は顔を赤くしてモジモジしている。……なんか、普通に可愛いな。

「マジのマジだよ」

「そう。まぁ、私だからあれぐらい朝飯前よ」

「そっか。それは頼もしい。でも、なんで舞台に立ってたんだ。一年だろ」

「あーあれは学園長の推薦で。それに中等部上がりだし」

「そうなんだ。で、どうしたんだ。教室まで来て」

「前に借りたお金を返しに来たの。それとそのお礼に」

「あぁ、そう言う事ね」

 真里亜は巾着袋から財布を取り出した。その後、財布を開けて、中から小銭を手に取り、俺に渡した。

「あんがと」

「どういたしまして」

「あと、これ」

 真里亜は巾着袋からタッパに入った茶色何かがかかったご飯を取り出して、俺の机の上に置いた。

「……なにこれ?」

「今日ね。バナナ味のご飯が炊けてね。バナナ味するなら、チョコが絶対合うと思ってかけてみた」

 ……一瞬時間が止まった。あまりにも意味が分からない事が起こると人間と言う生き物は時間が止まる事を経験した。

「……バナナ味のご飯?」

「うん。バナナ味のご飯」

 聞き間違えではなかった。確実に目の前でニコッと笑ってらっしゃる諸岡真里亜はバナナ味のご飯と言っている。

「……洗剤で炊いてないよね」

「うん。ちゃんと水で炊いたよ」

 謎は深まるばかりだ。この事件は確実に迷宮入りだ。誰か名探偵を呼んでくれ。

「……そうなんだ」

「食べて」

 真里亜は満面の笑みを浮かべて、チョコバナナご飯を食べるように催促してきた。

 ……断りたい。そんな訳の分からないご飯を食べたくない。でも、この笑顔を壊したくない。食べるしかないのか。食べるのか。食べるんだ。

「……わかった。いただきます」

「うん。はい、スプーン」

 真里亜はスプーンを渡して来た。

 ……箸ではないんだ。ご飯を食べるのに。まぁ、そんな事はどうでもいいか。

 俺は真里亜からスプーンを受け取り、タッパを開けた。

「さぁ、お食べ」

「おう。いただきます」

 スプーンを持った手が震えている。ゆっくり、ゆっくりと、チョコがかかったご飯をすくう。そして、口に運び、噛んだ。

 チョコバナナの味がする。でも、食感はご飯だ。噛む度に自分の中の常識が崩れていく感じがする。

「どう、美味しい?」

「……美味いよ」

 そう答えるしかなかった。それに決して、不味くはない。チョコバナナだから。でも、俺の中のチョコバナナとご飯の概念が混乱している事だけは事実だ。

「よかった。じゃあ、それあげる。私も授業だから」

「おう。ありがとう」

 真里亜は椅子から立ち上がった。

「じゃあね、また後で」

「お、おう」

 真里亜はスキップして、教室から出て行った。それと同時に教室がざわつき始めた。

「え、あいつらデキてるのか」

「俺、あの子狙ってたのに」

「なんで、あいつなんだよ。美女と野獣じゃねぇか」

 男子生徒達の小声がはっきりと耳に入って来る。

 ……あ、同じクラスで友達は出来ないな、これ。何もしてないのに敵作ってしまった。

 二重丸が俺のもとへ来た。

「あの子って、仮面の子だよね」

「そうだよ。寮に入った日に海岸で倒れてたあの子を俺が助けたんだよ」

「そうなんだ。出会い方映画みたい」

「コメディ映画な」

「そうだね。あの子きっといい子だよ」

「なんで?」

「……だって、虎ちゃんの中をちゃんと見てるから」

 二重丸は嬉しそうに言った。

「そうか」

「うん。それで、それなに」

「チョコバナナご飯」

「……なにそれ。美味しいの?」

「不味くはない。ただ自分の中の常識が崩れる。食べるか」

「いらない。虎ちゃんが全部食べなよ。もらったんだろ」

 二重丸が始めて食べ物を拒否した。気持ちは分かる。けどな、決して、不味くはないんだ。

「……おう」

 殺気を感じた。俺は周りを見渡した。

 教室の入り口に制服を着崩した金髪の女子生徒が居た。その後ろには黒髪の双子の姉妹が立っている。きっと、あいつに違いない。でも、なんで、同じ高校に居るんだよ。

 金髪の女子生徒と双子姉妹は俺のもとへ歩み寄ってきた。そして、金髪の女子生徒が俺の胸ぐらを掴んできた。

「おい、虎琉。何、ウチが知らない女とイチャついてるんだ、コラ」

「お前には関係ないだろ。嬢之内」

 嬢之内恋歌(じょうのうちれんか)。幼馴染で、レディースのリーダー。化粧が濃いせいで目立たないが、すっぴんなら確実に美人だ。自分のいい所を自分で殺している。

「関係ない?酷い。あ、アンタって男は」

 嬢之内は泣きそうになっている。意味が分からない。昔からこうだ。俺が仲良くしている女子に敵意を向ける。本当にいい迷惑だ。

「謝れ、龍野」

「そうだ。謝れ、龍野」

 嬢之内の子分の狛田(こまだ)もなと狛田りさが言ってきた。この二人も静かにしていたら可愛いのに。まぁ、それを台無しにする程に俺に敵意をむき出しにしてくる。本当に可愛くない。

「うるせぇな。ごめんなさい」

「本当に謝ってる?」

「謝ってるよ」

「じゃあ、写真一緒に撮って」

「はぁ?写真?」

「写真よ。写真」

 嬢之内はスカートのポケットからスマホを取り出した。そして、スマホのカメラを内カメラにした。

「はい、チーズ」

 嬢之内は顔を俺の顔に密着させてスマホのシャッターのボタンを押した。昔からこうだ。謝ったら写真撮れだの。どこか一緒に行けだの。本当に意味が分からない。

「写真撮ったんだから、もういいだろ。自分の席につけよ」

「言われなくても分かってる。行くよ」

 嬢之内と狛田姉妹は自分達の席に行った。……初日から疲れるな。

「虎ちゃんって罪な男だね」

「どう言う事だよ。二重丸」

「教えてあげない」

 二重丸は自分の席に戻って行った。そして、また教室がざわつき始めた。

「おい、二股か」

「あのヤンキーよくみたら美人だろ」

「俺、あいつの事嫌いだわ」

 男子生徒達の小声がはっきりと聞こえる。……何もしてないのに嫌われるって辛いな。

 ――5分が経った。チャイムが鳴り、生徒達は自分の席に座る。隣の席は空席のままだ。初日から休むって言う事はかなり調子でも悪いのかな、隣の子。

 ドアが開き、ジャージ姿の仲山先生が教室に入って来た。そして、そのまま教台の方へ行った。

「おはよう。今年一年間君達の担任の仲山圭太だ。よろしく。時間割表や教材は学校から支給されるタブレットを見てくれ。他にも色々説明する事があるから寝ないように頑張れよ。わかったな、若人達よ」

「はーい」

 生徒達がまばらのタイミングで返事をする。俺も二重丸も皆と同じように返事をした。

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