51 桃花村は金玉のそぼふる涙に濡れるのこと
憂国戦隊ブンジンジャーの活躍によって、悪は滅びた!
だが……!
「――申陽さんっ!」
金玉は、猛虎に襲われた申陽にかけよった。
「しっかりして!」
金玉は申陽を抱き起こしたが、彼はぐったりと目をとじたままだ。
肝油は「あーあ。きっと首の骨が折れてるんだろうなァ~」と想像しながら、「これがやつの運命だったのさ」と、表向きは悲しげにいった。
金玉は、彼とのこれまでを走馬灯のように思い出した。
満月の下で、申陽に初めて抱きしめられたこと、結婚したいなら父さんと母さんにいってからにしてよと突き放したこと、そしてやりたいやりたいという詩をつくった申陽にケダモノと言い放ったこと――彼は優しいのか、獣欲にまみれているだけなのか、よくわからない。
さらには、桃林のなかで襲われたこと――でも、嫌いにはなれなかった。もっとちゃんと話をしたいんだ。
「申陽さん、ウソだろ……」
金玉の目に、涙がもりあがった。
――その時はじめて、金玉は己の内にある望みに気づいた。
このふもふもの白い毛の生えた腕で抱きしめられたいと。
金玉は小さい頃、満月の夜にたくさんの動物たちがやってきた。
だが、彼らは一夜明けるとフイとどこかへ行ってしまった。
申陽もまたそうなるのではないかと不安になって、彼をこばんでいたのだ。
つまり、金玉は動物好き――だからといって獣人に走るのか?
金玉の涙が、申陽の頬にぽたりと落ちた。
「ぼくのせいだ……ぼくが悪かったんだ
申陽さんに、やらせてあげればよかったんだ!」
「ハアッ? そんなことする必要ねーだろが!」
肝油は血相変えてどなった。
「だって……ぼくがやらせてあげなかったから、申陽さんは我慢できなくなっちゃったんだろ?
ふだんは優しいのに……ごめんなさい、ぼくのせいで……」
「おれだって我慢してるだろうが!」
「肝油とは(キス)したじゃないか! 申陽さんともするから!」
金玉はいうなり、顔を申陽に近づけ、唇を合わせ――ぬるっ、と。
熱いものが口に入ってきた。な、なにっ?
金玉は体を離そうとしたが、後頭部をがっしり押さえられていた。
「ん、うんっ……やあっ……」
熱い蛇のようなものが、金玉の歯をわって入ろうとしている。
身をよじるが、背をしっかり捕まえられていて、動けない。
息苦しくなって口をひらくと、たちまち申陽のものが侵入してきて、
金玉はその舌を吸われ、ねぶられ、口中の奥深くまで――。
「いいかげんにしろッ!」
肝油が、寝たままの申陽の頭をごすっと蹴り飛ばした。
おかげで、金玉はやっと顔を離せた。
「し、申陽さん……」
「やらせてくれるんだろう?」
申陽は金玉を抱いたまま、にやっと笑った。
「生きてたの?」
「うん、ちょっと脳震盪を起こして気絶してたみたいだな」
――美少年の涙はあらゆる奇跡を起こすのであった!
「おい、さっさと金玉を離せ!」
「何をいう。これは金玉のほうから――」
「だいたい、おまえは桃林破壊の諸悪の根源だろうが!
ここで美しく散らずにどうするんだ! 桃を枯らした賠償金を支払えるのか?」
肝油は、大人らしいポイントを指摘した。その被害額は甚大であったろう。
「あー、それなら心配ない。私は
観音さまもご愛用の植物用活力剤だ。
チッソ、カルシウム、微量要素がバランスよく配合され、焼けた
人間の姿に戻った李狷が、こともなげに安易な解決策を提示した。
*
そういうわけで申陽は、桶に甘露水を入れて、桃の木をよみがえらせていくのであった。
五石散中毒となった村の者も、解毒剤によって中毒から回復した。
村長は「桃の収穫は例年より遅れそうじゃが、まあ何とかなるじゃろう」と、のんびりしたものであった。
「申陽さーん」
夕刻、申陽のもとに、金玉が兎児をともなってやってきた。
「おお、金玉」
「終わりそう? みんな、もうお酒をのみはじめてるよ」
憂国戦隊……いや、今は竹林の七賢となった彼らは、孔子が醸造した酒を飲み、くだらないバカ話に興じているのであった。
肝油もそのなかにまじって「ケッ、せっかくクソ猿がいなくなったと思ったのによ」と、クダをまいていた。
「ああ、あともう少しだ」
桃林は以前のように美しくよみがえり、桃の花びらがはらはらと散っていた。
「金玉……すまなかったな」
「えっ」
「君に無体なことをしてしまった。許してくれ」
申陽は、心から悔やんでいた。
「君に、あのことを忘れてもらおうと思ったんだ。
だから私は、李狷に忘れ薬を作ってもらおうとして……」
「もういいんだよ」
金玉はふっと笑って、
――ぼく、あなたにならやらせてもいいと思ったんだ。それはウソじゃない……。
そして手巾をぐしゃぐしゃに丸めて、地面に放り投げた。
「さっさと拾いなよ、この豚!」
「あ、ああっ、金玉さま……!」
申陽は、たちまちその意をくみとって、地面にひざまずいた。
この国では、身につけているものを交換するのは、愛の証だという風習がある。
金玉が手巾を拾えと命令したということは、つまり……。
「僕には何もないの? この恩知らずの化け猿!」
「そ、そんなことはありません。ただいま……」
申陽は、色あせたぼろぼろの汚い手巾を差し出した。
肝油なら「おまえがマスかいた手をふいたんじゃねえだろうな」と言いそうなものだった。
長く身につけていたものほど、その愛が深いしるしである。
「じゃあ、もらっといてあげるよ。クズ!」
金玉は慣れない罵倒をいいながら、その手巾を懐におさめた。
「ああ、金玉さま! どうか、この醜い猿めにご褒美を頂戴できませんか?」
申陽は感無量であった。
金玉が自分の好みを理解して、プレイしつつ愛を告白してくれるなんて……。
「い、いいけど……いや、ダメだよっ! もう、あんなことしないから」
「あんなこと、とは?」
「だからその……ぼくの唇に……」
「金玉。君は肝油とは、やっていないのだろう?」
申陽は立ち上がって、金玉の頬に手をふれた。
「なあ、そうなんだろう?」
申陽は金玉と唇を交わした時、天啓のような確信を得たのだ。
――
「そりゃ、あんなことをしたのは申陽さんが初めてだけど……もういいだろっ!」
「金玉」
申陽は、金玉をやさしく捕まえた。
「だ、だめっ……もう、あんなのはイヤ……申陽さんのが、奥までいっぱい……ぼく、ヘンな気持ちになっちゃう……いやっ……」
金玉は、誘っているとしか思われない言辞をつらねている。
申陽は今すぐ押し倒したくなったが、はやる心をグッとおさえた。
「わかったよ。もうあんなことはしないから……先っぽだけ。いいだろう?」
「うん……」
申陽は、目を閉じた金玉の唇を甘くついばむのであった。
「んっ……ふうっ……あっ、やっ、申陽さん……ん、うっ」
「――ぐっ」
「もういいだろっ! 調子にのるなよ、ケダモノ!」
「いたっ……」
申陽は、金玉が舌を噛んでくれたことの喜びに、陶然となっていた。
いつか下のほうもお願いしたい……。
金玉は背を向けて村のほうへ行き、申陽はそのあとを追っていったのだが……よく考えれば、金玉は二股をかけているのでは?
以下、次号!
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