金玉は山賊と出会うのこと

7 金玉は山賊に拐(かどわ)かされるのこと

 婿入り行列のまわりで、次々と悲鳴があがった。

 

「た、大変です。山賊です!」

 乳母の阿麻が叫んだ。


「ええっ?」

 金玉はサッと輿から出た。


 人気のない荒野で、荒くれ男たちが、何人も馬にのって、周りを取り囲んでいる。

 ノー・グッドな眺めだ。


「おーい、待て待て! こわがるな!」


 頭目らしい、がっしりとした壮年の男が、手をふりながらいった。

 左頬に、深い傷跡がある。人相学的には、きっと凶相だろう。


「見たとこ、女ばかりの嫁入り道中だな。持参金があるだろう?

 それさえ渡してくれりゃあ、何もしねえよ」


「親分はヘンなところでフェミニストだからな」

 脇にいた小柄な男が、はーあっ、とつまらなさそうにため息をついた。


「まあ、しかし、こいつらが女なのかね……まったく、どこの妖怪の家へ嫁入るのやら」

 子分は、金玉の家の侍女たちについて、的確な批評をした。


「わかったよ。さあ、みんな。あの人たちに荷物をわたそう」


 金玉は侍女たちに声をかけた。

 命あっての物種だ。持参金なんかにこだわっている場合ではない。


「……ん?」


 山賊の親分は、馬から下りて、つかつかと金玉に近づいた。


「おまえ、美しすぎる花嫁かと思ったが……男か?」

「そうだよ。婿入りの途中なんだ」


「――方針変更! 朝令暮改! 今からこいつをさらう!」

 親分はいって、金玉をがばっと抱きしめた。


「何するんだよ! やめろよ!」

 金玉は必死にあらがったが、盗賊稼業十数年の太腕からは、逃れられなかった。


「おお、いいじゃないか……」

 親分は、うっとりしたように金玉を見つめた。


「あのう、親分……? どうしたんです?」


「おれはずっと、こういうシチュエーションを待ち望んでいたんだ。

 拉致。略奪。無理矢理――そう、名づけるなら

『荒野の彼方の愛 ~花嫁は新床にいどこを真紅に染めて~』だ!」


「新床って何ですかい? 床を新しく張り替えるんですかね? ぬか床の一種?」


「バカ、初夜の寝台のことに決まってるだろうが!」


 ――そんな言葉は辞書にはのってない。


「この下郎が! 調子に乗ってんじゃないよっ!

 坊ちゃまは、お婿入りして左うちわでぬくぬく暮らすんだからっ!」


 乳母が、さっと短剣を懐から取り出して、盗賊につきつけた。

 金玉につく悪い虫を追い払うため、いつでも帯刀していたのだ。


「おーやおや、婆さんが無理するなよ。

 おれたち本職プロに勝てると思ってるのかい?」


 盗賊は、余裕たっぷりに答えた。

 

 侍女たちは力持ちだとはいえ、あくまでも素人だ。

 十数年と追いはぎをして、他の盗賊グループを皆殺しにしてきた集団とはちがう。

 金玉の目にも、それは明らかだった。


「阿麻、やめてくれ!」

 金玉は賊の腕のなかで叫び、盗賊に問うた。


「ぼくがついていったら、彼女たちを解放してくれるかい?」

「ああ、もちろんだ。指一本ふれねえよ」


 子分たちは言われるまでもなく、そのつもりだったが。


「坊ちゃま、何をおっしゃいますか!」


「もういいんだ……きっとぼくは、前世で大罪を犯したんだ。

 だから、こんなふうに男を引き寄せてしまうんだ……」


「金玉さまが悪いのではありません!」


「阿麻、今までぼくを守ってくれて、ありがとう。

 男に陵辱されるのが運命だというのなら、ぼくはそれを受け入れるよ。

 さあ、みんな逃げて! ぼくは、どうなってもいいから」


「ああ、なんとおいたわしい」

「金玉さまあ」

「私たちを守るために……」


 侍女たちは、いっせいにウオーウオーと泣きはじめた。


「……えーい、うるさい! 耳障りだ! 豚のような鳴き声だな。

 おい、おまえら! 適当に金目のものをひっつかめ。

 とっとと引き上げるぞ!

 おれは美しいものしか見たくないんだ!」


 盗賊は耽美主義者だった。

 それ即ち、男色家であるということ。


 他の子分たちも、侍女たちが泣きわめく姿に、食欲は失せ、胃がムカムカして、頭に冷たい水を含ませた布でものせたい気分だった。


「さあ、行くぞ! 我が花嫁!」

 

 盗賊は金玉を脇にかかえ、馬に乗りこんだ。


「阿麻、お父様とお母様に、愛していたと伝えてくれ!」

「坊ちゃまぁー!」


 かくして金玉は、婿入りの途中、賊に拐(かどわ)かされてしまったのである。

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