第105話 彼女の誕生日当日
とはいえ、俺の計画の概要だけを知ってしまった香奈だったけれど、せっかく予約が取れないレストランの予約を取って飾りつけの予約までしていたし、キャンセルするのはお店にも悪い。
香奈も行きたいというから、サプライズではなくとも香奈の誕生日祝いとして行くことにした。
香奈は前日からわくわくソワソワとしていて。
いつも以上に風呂上りのスキンケアに余念がなくて。
眠る時、やたらいい匂いを醸し出していて。
「ねぇ、寛也。私、人生で一番誕生日が来るのが楽しみだよ。へへ。愛してる」
枕元で子供みたいに喜びながら、俺に抱きついて眠りについた。
普段のメイクしてる時より幼く見える可愛い寝顔を眺めながら、俺はそっとまた溜息をつく。
(あーあ。嬉しそうな顔して……。日付変わったら、一番におめでとうって言おうと思ってたのに。日付変わる前に寝ちゃうんだもんなぁ)
俺のささやかなサプライズ計画は、またしても実行されることなく崩れ去った。
静かな夜に、香奈の寝息が心地よく聞こえる。俺のささやかな計画など知る由もなく、穏やかな表情で眠る香奈に、むしろサプライズなどなくとも幸せそうな香奈とのこの時間が、すでに特別で愛おしく、香奈への溢れるほどの愛を感じる。
(香奈、お誕生日、おめでとう。愛してるよ……)
眠ってしまった香奈を起こさないよう、心の中でそう言うと、俺も香奈の穏やかな寝息を聞きながら静かに眠りについた。
◇
香奈の誕生日当日。俺は鏡の前で身支度を整えていた。
鏡の中にいる俺は、香奈と出会った頃からは想像もつかないくらい立派になった気がする。
髪の毛のスタイリングなんて無頓着だった俺も、今では美容院に通って毎日自分でスタイリングするようになり。
スキンケアとも無縁だった俺は、香奈と手掛けているメンズ用基礎化粧品で整えるようになった。
スーツは香奈の勧めでオーダーメイドで仕立てるようになり……
玄関で密かに出番を待っている靴は、香奈がいつの間にかいつも丁寧に磨いてくれているので、その重厚な皮の質感がより際立って存在感を放っている。
どこからどう見ても、出来るサラリーマン。しかも今やこんな高級マンションに住んでいるのだ。大学時代の俺の劣等感などもうどこにも感じられない。
これもすべて香奈のおかげ……。そんな香奈の誕生日なんだ。サプライズではなくとも気合いが入る。
「よしっ!」
俺はキュッとネクタイを締めた。
「ね、ね、寛也。見て見て。どうかな」
そこへ準備を整えた香奈がやってきた。
香奈はこの日のためにドレスを新調したらしく、いつもは可愛い感じなのに今日は深いワインレッドの大人っぽいドレスに身を包んでいた。
華奢な肩のラインと綺麗な鎖骨。豊かな胸元と、引き締まったウエスト。その対比が相変わらず美しいボディーライン。けれど緩く巻いて下ろした髪で控えめに肩は隠され、ナチュラルなメイクながらも目元にあしらわれたラメと艶のあるリップに、可愛さと大人っぽさが絶妙に融合して香奈らしい魅力を引き出しているように感じる。
ああ、こういう瞬間。可愛いとも美人とも形容しがたい香奈らしい魅力に、俺はグッときて、惚れ直してしまう。
まさに俺の理想……いや、それ以上。そんな子が。
「へへ、今日は寛也とのデートだから、気合い、入れちゃったぁ」
嬉しそうに照れながら笑顔を浮かべているのだ。あまりの幸福感に、脳が少しくらっとした。
◇
「南谷様ですね、お待ちしておりました」
予約していた高級レストランのウエイターに案内される。
香奈は、モデルをしていた面影なのか、外では自分を作っていた名残なのか、案内されている間はキリっといいオンナ感を漂わせながら優雅に俺の後をついてきていた。
けれど、個室に入って二人になった途端。
「う、わ、最高に好き……」
窓から一望出来る最高の夜景と、ピンクと白の花で彩られた部屋に、口元を両手で覆いながら感嘆の声を漏らした。
この配色は、今の寝室を香奈だけが使っていた時からの配色。たぶんきっと、香奈が一番好きな色。そう思って用意していた。
夜景だけならうちのマンションのリビングからも見えるのだど、寝室の窓は小さい上にカーテンで覆われているので、その両方はたぶん初めてなんじゃないかと思う。
料理は、トマトとエビと、そしてブッフ・ブルギニョンをコースに入れて欲しいとオーダーした。
どれも、香奈との大切な思い出の味。
香奈と出会った頃、香奈がブッフ・ブルギニョンを作ってくれたことがあった。
俺はあの時、ブッフ・ブルギニョンという料理を知らなくて検索をしたんだ。そしたら『ブッフ・ブルギニョンは、特別な日や大切な人との食事にぴったりの一品』なんて書かれていて、勘違いしそうになる自分を必死に自制した。
けれど今なら、紛れもなく大切な人との特別な日だと断言できる。
俺は香奈ほど料理はうまく出来ないが、少しでも、俺の中に溢れる香奈への想いを表現したかったのだ。
コース料理の後のデザートには、チョコで"Joyeux anniversaire. Amour éternel à Kana."とメッセージを添えてもらった。
意味は、『お誕生日おめでとう。永遠の愛を、香奈へ』
自分でもクサすぎると思うけれど、時々こういうキザなことをしたくなるのは、相手が香奈だからなんだろうなと、最近気づいた。
香奈なら、喜んでくれる、香奈だから、言いたい。香奈だからこそ、言える。
こんな気持ちにさせてくれるのは、一生かけても世界中で香奈だけだ。
本心からそう思える。けれど――
「ねぇ、寛也? これって……なんて書かれてるの? どういう意味だろう」
フランス語で書かれた文字を読めるはずもなく。けれど、口でそのままの意味を言うのは照れくさくて。
「……スマホで翻訳してみて」
俺はそう言うのが精いっぱいで。
そしたら香奈は一文字一文字入力し始めたから。
「いや、香奈、今時、スマホで写真撮ったら翻訳してくれるだろ?」
「え!? あ、そっか。寛也天才だ! ……でも、……どうやってするの?」
「……もう。俺が口で言うからちゃんと聞いてて」
香奈らしいグダグダの瞬間に笑ってしまいつつ、俺は覚悟を決めた。
そして用意していた婚約指輪を取り出すと――
「香奈、誕生日おめでとう。この先に来る誕生日も、ずっと俺がそばで祝いたい。だから、香奈。俺と……、結婚してください」
改めて言ったプロポーズの言葉。今この時に言われるとすっかりバレていた言葉。
けれど香奈は。
「はい」
震える声で一言だけ答えると、涙を浮かべて幸せそうに微笑んだ。
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