8:55 P.M.

 桜とは一個下の知り合いのことだ。

フルネームは水野みずのさくら


去年の夏にこの町で出会った。

実を言うと僕たちがこの町の高校に通うことになったのは彼女の提案によるものだったりするのだが、あまり今回の話には関係がないので省かせてもらおう。


連絡の内容は電話してもいいかというものだったので大丈夫だという旨を返信すると、一分後くらいに着信が。

応答のところをタップすると桜の声が聞こえてきた。


「もしもし。遅くにすみません。今大丈夫でした?」

「うん。どうしたの?」


「今テレビ見てたんですけど、なんか面白い番組があったので佐々木先輩たちも見ないかなと思いまして」

「あーそっか。でもうちテレビ無いんだよね」


「え? あ、そっちの家にも無いんでしたっけ。ご実家に無いのは覚えてたんですけど、そっちの家にも無いのは知りませんでした」


「あったら見るのかもしれないけど、今までそういう習慣が無かったから引っ越す時にも新しく買ってみようって考えにすらならなかった」


「そうですかー。ちょっと残念ですね。通話しながら一緒に見ようと思ってたんですけど。ってか今何してたんですか?」

「特に何をするでもなくのんびりしてたよ」


「ふむ。明日予定あります?」

「多分夕方くらいまで寝る」


「めっちゃ寝るじゃないですか。逆に難しくないですかそれ」

「今夜は寝ずに町を歩き回るつもりだから」


「なるほど。それなら夕方まで寝れるでしょうね。それにしても深夜徘徊ですか。なんだかわくわくしますね」


「ね。こんなことするの初めてだからちょっと楽しみ」


「んー。一緒についていきたいところですけど、流石にお母さんが許してくれなさそうです。でも久々にあなたの顔も見たいですし、どうしましょう」

「一週間前に会ったばっかじゃん」


「いや、声を聞いてたら会いたくなってきたので会いましょう。あ、じゃあお散歩が終わったらうちに来てくださいよ。温泉入っていってください」

桜の実家は温泉旅館を経営している。


「んー。はっきり決めてるわけじゃないけど、朝方になると思うよ? 大丈夫なの?」


「多分大丈夫ですよ。何時ごろになりそうです?」

「七時とかかな」


「じゃあ余裕ですね。むしろ一番いい時間かもしれないですよ。日の出が見れると思います。一緒に見ましょう」


「本当に大丈夫なの? 他のお客さんとかの迷惑になったりとか」


「今はですね、一月じゃないですか。旅館とかの宿泊施設って正月過ぎた今の時期は閑散期なんですよ。今日お泊りになっているお客様もいらっしゃいませんし、全然大丈夫です。佐々木先輩が来るってことは後でお母さんに言っときます。きっとお母さんも喜ぶんじゃないですかね」

「んー。じゃあお言葉に甘えようかな」


「はい。甘えてください。いつ出発なさるんですか?」

「十時くらいかな」


「じゃあ適当な時間になるまでお話しましょう」

「いいよ」


僕たちはその後、適当に近況報告とか世間話をした。

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