フォルトゥナ【アルニタク】

 人気ひとけのない路地裏。ソルと【アルニタク】が対峙する。正午の太陽の光が真上から差し込んでいる。青白い炎が剣の周りをゆらゆらと包む。

 アルニタクが右足を1歩下げ、大地を蹴ってソルの元へと飛び出した。ソルは魔法でその刃を払い、空気の弾丸をアルニタクへ浴びせる。

 しかし、アルニタクはそう一筋縄でいく相手ではなかった。ベラトリックスの死に様を知っているのか、あるいは空気の弾が見えているのか、ソルの撃った魔法を、剣を真横に振って落とす。


「ベラトリックスがやられたってのは、こんなにも弱い魔法なのか!?」


 そう高笑いする。ならばと思い、ソルはベラトリックスの脚をもぎ取った魔法、空気を圧縮し破裂する魔法を使おうとする。しかし、アルニタクはベラトリックスのような油断はしない。ソルがある一点をじっと見つめていることに気付く。


「何か考えでもあるのか?」


 アルニタクが避けた直後、爆発が起こる。アルニタクは爆風の範囲すれすれまで逃げていた。常にソルの視線に被らないように動き回る。ソルは空気魔法を使うことを諦め、氷魔法に転じた。疾走するアルニタクに向かって魔法を放つ。氷の欠片かけらに太陽光が反射して、キラキラと輝いている。大きく弧を描くようにしてアルニタクへ向かう欠片。空気を切り裂く音が聞こえる。アルニタクは勢いを落とさずに、身体を反らして魔法を避ける。頬を掠めた欠片は向かいの壁に衝突すると、より小さく砕け散った。アルニタクの頬から流れ落ちる僅かな血。その源たる傷はフォルトゥナの能力ですぐに塞がれてしまう。


「今度はこちらの番だ!」


 青白い炎が再びと音を立てて燃え上がる。駆ける音、次いで空気を切り裂くような音。剣を横一文字に振り、ソルを襲った。寸前に後ろに下がる。炎の黒い残像が目に映る。横に振っていたはずの剣はすぐさま縦に。ソルの足はまだ地に着いていない。まずい、防御をしなければ殺される。鉄の板を身体の前に生成しようとする。だが、剣はそれよりも速かった。


「死ね!」


 アルニタクの罵声が響く。死なんて覚悟できていない。もっと速く、速く。どうか魔法よ、答えてくれ。振り下ろされる剣。花弁が落ちるかのようにゆっくりに見える。思考が加速する。だが結論は変わらない。避けられない。アルニタクの嫌な笑みが見える。剣もその視界も防ごうと、腕を顔の前にまわし、首を真横に向けた。


「殺させない!」


 女の声がどこからともなく聞こえる。アルニタクの剣が吹き飛ばされた。


「ソル!よく耐えたね!」


 頼もしい助っ人の登場だ。キュリーが追いついた。


「キュリー、ありがとう。本当に助かった。」

「あれがルーナをさらった犯人?」

「うん。ごめん、僕だけじゃ勝てなかった。」

「私が必ずたおすよ。大切な友達を酷い目に遭わせたんだから、覚悟しなさい!」


 杖をびしっとアルニタクに向ける。


「命令を遂行するためならば女だろうと容赦はしねぇよ。まあ、今、尻尾を巻いて逃げるのなら見逃してやるが。」

「逃げるなんてしない。私は親友を守るためにここに来た!必ず貴方を斃してルーナを取り戻す!」


 言い終えた途端、キュリーは無数の炎を生み出し、アルニタクに放つ。


「戦い続けるんだな、無謀なことを。」


 アルニタクも剣を持ち直し、地面を蹴ってキュリーの方向へ大きく跳んだ。後ろへ下がって避ける。だが、避けるのが少し遅かったようで、服の裾が剣にまとわれた炎に巻き込まれ僅かに焦げた。はたいて火を消す。アルニタクは隙を作らない。再度、炎がキュリーを襲う。次は食らうまいと、キュリーが作り出したのは水の刃。炎の剣とぶつかり合い、相殺される。水蒸気が辺りを包む。

 どちらとも秀でている。故に決着が中々つかない。決め手となるだろう攻撃は全て見切られる。路地裏を照らす太陽は少しずつ傾いている。代わりとなるは青と赤の光。


 ソルは2人の激戦に入ることができなかった。ソルに出来たことは倒れていたルーナを運び、流れ弾から守る程度。無論、それは重要な役目であって、ソルもそれを分かっていた。しかし、それでもアルニタクと互角にすらやり合えないということに対し劣等感があった。 

 いや、違う。そんなことを考えている間はそんな感情吹き飛ばすことはできない。助長かもしれない。だけれど、戦いたい。弱い自分に抗うために。

 アルニタクの背中を狙う。不可視の弾丸がまっすぐ飛んでいく。だが、彼らの動きが激しすぎるあまり、弾丸が着く頃には既に的はいる。


 キュリーはアルニタクと距離を取りながら攻撃していた。3人並んで歩けるかという狭い戦場を立体的に駆け回る。ある時は剣を振り下ろした隙に防御を張りながら横をすり抜け、またある時は大地を動かして上を飛び越えた。

 しかし、体力面では明らかにアルニタクを劣っていた。戦いが長引くにつれ、走り続けられる体力が無くなっていく。キュリーは転んでしまった。直線的な道、障害物は何もない。ただ走るだけならまだ大丈夫だと思って油断したのだろう。


「良い加減終わりにしようじゃないか!」


 アルニタクがゆっくり歩いてくる。剣を大きく振りかぶり、キュリーを見下ろす。剣がゆっくり降ってくる。青い残像が暗い視界に光る。


 その時、アルニタクの脇腹を何かが貫いた。その“何か”はキュリーの髪もかすめ、地面に着弾した。それも1つではない。3つ、4つ、あるいはそれ以上か。脇腹に続き、肩、脚、アルニタクの体をいくつも貫いた。アルニタクがひるんだ隙にキュリーは体勢を立て直し、斬撃の範囲外へ出る。


「キュリー!無事か!」


 ソルが後ろから呼びかける。


「うん、ソルのおかげで助かったよ!」


 今度はソルがキュリーを助けた。全く同じ状況、助ける側と助けられる側の構図を除いては。


「空気魔法か。思ったより厄介なものだな。」


 おもむろにアルニタクは後ろを振り向いた。


「2対1ではやりづれぇ。こんなガキ相手に俺が苦戦するなんて。」

「3対1だよ。」


 ソルの後ろで気絶していたルーナが意識を取り戻した。


「ルーナ!」

「キュリー、ソル、守ってくれてありがとう。私も戦う!」


 アルニタクが舌打ちをする。


「お前を【ラプラス】様のお膝元へ連れて行こうとしたんだがな、計画が狂っちまった。ならば、【リゲル】様のご命令に従うとしよう。」


 アルニタクは剣を大きく1振りする。3人に当たることはなかったが、炎の残像が消える頃にはアルニタクはその場から姿を消していた。


「逃げた……?」

「【リゲル】の命令に従うとか言っていたけど。」


 胸騒ぎがする。


「一旦イオ達と合流しよう。そのリゲル、っていう奴と戦っているかもしれない。」


 キュリーは杖を腰に差し、路地の出口へと走っていった。ソルとルーナも後を追う。


 路地から出ると、大通りは人で溢れかえっていた。さっき歩いていた時よりも遥かに多くの人でごった返している。彼らの様子はとても祭りではしゃいでいるようには見えない。何かの脅威から逃げ惑うような、恐怖と焦りの混じった表情。走っていた男に事情を尋ねる。


「一体何があったんですか!?」

「ひ、人がたくさん、殺されたんだ!あんたらも早く、逃げろよ!」


 そう言うと、男はすぐに広場とは逆の方向へ大急ぎで逃げていった。


「人が殺された?」

「もしかしてフォルトゥナが!」

「急いで広場に向かおう!」




 時はアルニタクとの戦いから少しさかのぼる。ソルがアルニタクと対峙して少し後のことだろうか。イオ、カリスト、マルス、ヴィーナの4人は広場でフォルトゥナの動向を窺っていた。


「フォルトゥナが襲撃してくるのなら、間違いなく今日。ソフィアの歪みからの広まりも考えれば、きっと大勢が殺されてしまう。」

「ライブラの時よりも多いの?」

「きっとね。それこそ、ヴァルゴ村の時みたいになってしまう可能性だって……」

「だが、そうはさせねぇよ。」


 カリストが言った瞬間、広場にいた数人の踊り子の首が吹き飛んだ。あまりにも一瞬の出来事で、そこにいた誰もが固まった。


「まずはこの広場の人間達を駆逐しましょう。」

「そうだね、【アルニラム】。リゲル様の命令を遂行させなくちゃ。」


 状況を理解するやいなや、蜘蛛くもの子を散らすように四方八方に逃げる人々。そんな彼らを襲う何者か。血が飛び散る。


「フォルトゥナか!」


 カリストが4人の中では最初に正気を取り戻し、その声で他の3人も動き出す。

 彼らの真向かいには2人のフォルトゥナ。真珠の首飾りをした貴族のような女とフードを被った背の低い少年。女の魔法は光のリングを操る魔法。踊り子の首を切断したのはこのリングか。少年の方は長い光の帯を操っている。人々を巻き上げ、残酷に締め殺している。


 カリストが先陣を切った。少年が気付き、帯を伸ばす。カリストはそれを剣で弾き、少年に斬りかかろうとする。しかし、女の魔法によって邪魔される。


「アルニラム、彼らは一体何なんだろう?」

「さあ。しかし、私達にたて突く存在であることは確かでしょう。【ミンタカ】、彼らも殺しますよ。」


 【アルニラム】と呼ばれた女、【ミンタカ】と呼ばれた男。惨劇は次の幕を開く。

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