第28話 思い出の場所①


 ホワイトリーの屋敷は、帝都から馬車で一時間ほど離れた場所にあった。

 玄関前に馬車が停められ、御者が扉を開けてくれる。

 先に降りたオズウェルは、ヴィエラに無言で手を差し出した。


「あ、ありがとう」


 オズウェルの手を借りて、ヴィエラもステップを降りる。


 (ああ、あの日のままだ)


 顔をうわ向ければ、赤茶のレンガで造られた屋敷が建っていた。紺色の屋根も、屋敷を囲むように植えられた低木もすっぽりと雪を被っている。

 それは、ヴィエラの記憶に残るものと寸分違わない。


 (でも、あれから7年も経っているのに――)


 誰かに売られたりしていなければ、誰も住んでいないはずだ。それなのに、庭も屋敷も手入れが行き届いている。

 ヴィエラが疑問を感じて首を傾げていると、屋敷の扉が開かれた。


「オズウェル陛下、ようこそおいでくださいました」

 

 重厚な扉から出てきたのは、執事服に身を包んだロマンスグレーの美しい老紳士だった。

 鼻の下に生えたくるんとした白いひげがどことなく可愛らしい印象を与える。

 その老紳士に、ヴィエラは見覚えがあった。


 (もしかして……)

 

「おや、あなたは――」

 

 老紳士はオズウェルの隣に立つヴィエラに視線を向けて、信じられないものを見たとでも言うように大きく目を見開いた。

 

「――ヴィエラお嬢様っ!?」


「――ウォルター?」

 

 ヴィエラは咄嗟に、かつてホワイトリーの屋敷のすべてを任されていた執事の名前を呼ぶ。

 向こうも驚いたようにヴィエラの名を呼んだ。

 どうやらヴィエラの予想は当たっていたらしい。


「そうです、ウォルターです! ああ、お噂で生きていらっしゃったとはお聞きしていましたが、まさかわたくしの目が黒いうちにもう一度お会い出来るなんて……!!」


「お、落ち着いて、ウォルター……! 会えたのは嬉しいけれど!」

 

 ウォルターはヴィエラの姿を上から下まで眺めると、おいおいと泣き始める。

 7年の時間というのは、やはり長いものだ。

 ヴィエラの記憶にあるウォルターの姿よりもなんだか小さくなってしまったように感じる。

 ウォルターが泣き止むまで、ヴィエラは彼の背中をさすっていた。 



「お恥ずかしいところをお見せしました……」


 泣きに泣いてようやく落ち着いたウォルターは、ヴィエラたちを屋敷の中へ案内してくれた。

 7年前と内装も一切変わっておらず、ヴィエラは懐かしい心地になる。同時に湧いた寂しさと悲しさには、今は見て見ぬふりをした。

 

 客間にたどり着き、ソファに腰掛けたオズウェルはヴィエラに説明してくれた。


「お前がいなくなったあと、ホワイトリー領は一旦私のものとなった」


 当主不在、跡継ぎ不在となった領地は、原則皇帝の元に返される。貴族は国から領地を任されて管理しているという形だからだ。


「ここは帝都から少し離れているので、領地経営は周辺の貴族に任せている。だが、この屋敷は別だ。私がウォルターを雇い、管理させている」


 向こうからワゴンを運んでくるウォルターを目線で示しながら、オズウェルがそういった。

 ヴィエラたちの元までやってきたウォルターは、ワゴンにのっていた紅茶を机の上に並べて優しく微笑む。

 その姿は、やはり7年前とまったく変わらない。

 

「いつヴィエラお嬢様がお戻りになってもよろしいように手入れしておりました。ゆっくりとおくつろぎください」


「ウォルター、オズウェル……。ありがとう」


 この皇帝陛下には、きっと一生かけても感謝を伝えきれない気がするとヴィエラは思う。

 7年もの長い間、ヴィエラが帰る場所を維持し続けながら、生きているのかも死んでいるのかも分からないヴィエラを探し続けてくれた。

 きっとそれは並大抵の精神では難しいことだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 お茶を飲んだあと、「庭に行かないか」というオズウェルに誘われたので、ヴィエラは庭へ向かうことにした。

 オズウェルはヴィエラの手を引いたまま、雪の積もる庭を迷いなく進んでいく。


 (この道は……)


 覚えている。

 この道は、庭の端にある温室へと続く道だ。

 過去の自分が一番好きだった場所であり、幼い頃オズウェルと多くの時間を過ごした思い出の場所。


 ガラス張りの温室は、以前と変わらずそこにあった。


「城にある温室は、お前の家のものを参考にして再現したんだ。ヴィエラと過ごした日々を思い出せるように」


 オズウェルは入口の扉に手をかけながら言った。

 確かによくよく思い返せば、城の中庭にある温室と見た目がそっくりだ。

 きい、と小さな音を立ててオズウェルがガラス戸を開く。


「……わぁ」

 

 中に足を踏み入れた途端、さまざまな花の香りと暖かな空気に身体中が包まれる。

 ヴィエラは思わず目を細めて歓声をあげた。


 (懐かしい)


 目に触れるすべてが過去を思い起こさせるものだが、この温室はヴィエラにとって特に思い出深い。

 

 オズウェルに手を引かれ温室の中を進んでいくと、やがてアネモネが植えられた一角にたどり着いた。

 オズウェルはそこで足を止めると、ヴィエラの方を振り返った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る