第3話 皇帝陛下は冷酷?
「お前の記憶について話を聞きたいところだが……、私はしばらく政務が立て込んでいて相手ができない。来たばかりなのにすまないな」
「い、いえ、お仕事なのでしたら仕方がありませんわ」
申し訳なさそうなオズウェルの様子に、ヴィエラは内心安堵していた。
(なんだ、『冷酷な氷の皇帝』なんてただの噂なんじゃない)
本当に冷酷なら、申し訳なさそうな顔も、ヴィエラを気遣うような言葉もかけやしないだろう。
この人となら、上手く夫婦としてやっていけるかもしれない。
沈んでいたヴィエラの心に、ほんの少し希望の光が差した気がした。
(それに……この人のそばにいれば、昔のことを思い出せるかもしれない)
オズウェルは、7年より以前のヴィエラについて知っているようだった。
失っている空白の時間を取り戻せるかもしれない。
「代わりといってはなんだが、信頼のおけるものをお前の専属のメイドとして選んだ。……セリーン」
「は……っ。オズウェル様、こちらに」
オズウェルの声を受けて、どこからともなく紺のメイド服に身を包んだ女性が現れる。
(いつの間に……!?)
オズウェル以外の人の気配なんてしなかったのに。
足音も物音も立てずに現れたメイドは、ヴィエラに向かって深く頭を下げた。
「ヴィエラ様、初めまして。わたくしはセリーンと申します。なんなりとお申し付けくださいませ」
セリーンの歳の頃は、19のヴィエラと同じように見える。
癖の強い赤毛を三つ編みにしたセリーンは、顔を上げるとにこりと微笑んだ。
人の良さそうなその笑みに、ヴィエラはほっとする。
(この子と仲良くなりたいな……)
専属のメイドということは、これから共に過ごす時間は多いだろう。
せっかくだし、仲良くなりたい。
「セリーン、よろしくね」
ヴィエラはセリーンに向かって微笑みを返した。
◇◇◇◇◇◇
オズウェルはよほど仕事がたてこんでいるのか、セリーンを紹介し終わるとすぐに部屋を出ていった。
(……忙しいのに、わざわざ会いに来てくれたのかしら)
挨拶なんて後日でも問題は無いというのに、律儀な人だとヴィエラは思う。
(やっぱりオズウェルは、冷酷なんかじゃないわ)
ほんの少ししか言葉を交わしていなくても、その思いはヴィエラの中で大きくなりつつあった。
(オズウェルとも、距離を詰めていけたらいいな)
この婚姻は、政略結婚ではある。
だけれど、ヴィエラとしては殺伐とした夫婦生活は送りたくないし、仮面夫婦にもなりたくなかった。できることなら、円満な夫婦関係を築きたいものだ。
(オズウェルとなら、できるかもしれない……)
「ヴィエラ様、お部屋にご案内いたします」
セリーンに声をかけられて、ヴィエラはどきりとする。
自分の世界に入り込んでいた意識を、慌てて現実に戻した。
「え、ええ、お願いするわ」
セリーンの案内の元、白の石壁に紺色の絨毯が敷かれた城の廊下をヴィエラは進んでいく。
歩きながら、セリーンはヴィエラに話しかけてきた。
「ヴィエラ様は、メーベル国からこられたのですよね?」
「ええ」
セリーンの質問にヴィエラは頷く。
ここルーンセルンと、ヴィエラのいたメーベルは、深い森を境に隣り合っている。
だがしかし、仲がいいとは決して言えなかった。
ルーンセルンは軍事と研究で発展してきた大国だ。資源をめぐって歴史上何度も対立してきたこともあり、メーベルは常にルーンセルンの動向を警戒している。
(だけど……)
突然、ピリピリとした両国の状態を改善するきっかけとなるであろう出来事が起きた。
それが、オズウェルから申し込まれたこの婚姻だ。
(この婚姻のおかげで、ルーンセルンとメーベルには繋がりができた)
国のためだと思えば、オズウェルとの間にあるものが政略結婚であろうとも頑張ろうと思える。
「ルーンセルンはメーベルよりも寒いでしょう? この国はほとんどの時期、雪が降っておりますし……」
「そうね、寒いけど……。でも、雪がとても美しいわ」
ヴィエラは廊下の窓の先へ視線をやった。
白く曇った窓ガラスの向こうに、しんしんと降る雪が見える。それは、一年中温暖な気候のメーベルでは決して見られない景色だった。
(なのに、何故なのかしら)
これほどまでの雪を見るのは、初めてのはず。
それなのに、雪を眺めていると心が震える。
(私はどこかで、この景色を……)
「ヴィエラ様はこの国にこられたばかりですし、寒さに慣れていらっしゃらないでしょう? あまり無理はなさらないでくださいね」
「……ありがとう」
セリーンの優しい言葉にはっとすると同時に、胸の奥が温かくなる。
(この人たちがいるなら、ルーンセルンでもどうにかやっていけるかもしれない)
メーベル国を旅立つ時は、不安ばかり抱えていた。
ルーンセルンには自分の味方などいないと、勝手に思い込んでいたのだ。
だけど、オズウェルもセリーンも、他国から来たばかりのヴィエラにとても良くしてくれる。
(早く馴染まないと!)
この国で、オズウェルの妻になる身として、これから頑張っていこう。
ヴィエラは心の中で、小さく決意を固めた。
「ヴィエラ様、こちらがヴィエラ様にご用意されたお部屋でございます」
セリーンは分厚い木製の扉の前で立ち止まると、そう言って扉を軽く手で示した。
そのままゆっくりと扉を開けてくれる。
扉を支えてくれているセリーンにお礼を言って、ヴィエラは部屋の中に足を一歩踏み入れた。
そこには、優しい冬の光が差し込む空間が広がっていた。
「……素敵」
部屋の中央には天蓋付きのベッドが置かれ、白いアンティーク調の家具が部屋を飾る。
天井までのびる大きな窓からは遠くの街まで見渡せ、バルコニーにも出ることができるようだった。
「気に入っていただけましたか?」
「ええ……!」
セリーンの言葉に、ヴィエラはすぐに返事をする。
宛てがわれたこの部屋は、ヴィエラの好みだ。
しかし、セリーンはすぐに申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「それはよかった。ですが、こちらのお部屋でご就寝されるのはご結婚されるまでとなります。もちろんこの部屋はヴィエラ様のものなので、使用されるのは構いませんが、ご結婚後は隣のオズウェル様のお部屋でご就寝していただきます」
「……わかったわ」
それがこの国の決まりだというなら、ヴィエラはそれに従うまでだ。だが……。
(大丈夫、かしら)
一年後の話とはいえ、男の人と同じ部屋で眠る、なんて。
今まで男性と親しい間柄になったことがないヴィエラは、どうしても戸惑いと不安を感じてしまう。
胸に生じた気持ちを誤魔化すように、ヴィエラはぎゅっと強く手のひらを握りしめた。
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