第7話



(勉強したいって思ったけど、まずは天佑に許可を取らないと)



 天佑の訪れを待つ。しかし彼はどれだけ夜が更けてもやってこなかった。


(…………待っていようと思っていたけれど、眠い)


 天佑がやって来ると思い込んでいた。だけど彼がこの部屋に訪ねるという約束を交わしていなかったことに今更ながらに気が付く。いつの間にかわたしは『琴葉』だという立場に自惚れていたのだ。

 なんて思い違いをしていたのだろう。自分で自分が恥ずかしい。


(ゲームの天佑は四六時中『琴葉』を追いかけ回していたけれど、それはあくまで『乙女ゲーム』の天佑だもんね)


 天佑は王様だ。

 国を統べる王としての責任を果たす義務が彼にある。

 その重圧は一体どれほどのものか。


(……昼間。女官達も天佑のことを語ってくれていたのに)


 彼女らの話によると、天佑が即位するまでの間。先代とその妃が好き勝手したせいで、国政が大きく荒廃したらしい。それを建て直し、国を安寧に導いたのは天佑なのだと彼女らが言っていた。



 ゲームでは天佑が内政に精を出している描写は少なかった。

 乙女ゲームというカテゴリーゆえにか、『鏡の国』の天佑は、彼の執着をメインに描かれていたから。



(わたしは天佑を色眼鏡で見ていたのかもしれない)


 確かにわたしはゲームを通して彼の性格や趣向、エンディングまでの行動を知っているーーけれど、天佑はこの世界で確かに生きているのだ。いつまでも天佑をゲームのキャラクターだと思うのは彼に失礼だった。


 天佑がわたしを『琴葉』として見極めようとしているみたいに、わたし自身も天佑をちゃんと直視する必要があるのだろう。



(でも天佑がわたしを『琴葉』だと思って執着をぶつけてきたら……?)


 ふと『鏡の国』の天佑を思い出す。

 彼は最初から『琴葉』に異常な執着を剥き出しにして、彼女を閉じ込めようとしていた。そして天佑から逃げ切れなかったエンドでは、無理矢理彼の子を孕まされていたのだ。


 ーーぶるりと背筋が震える。もしわたしが『琴葉』だと一方的に判断された場合……その未来は十分にありえる。

 


(……さっきちゃんと天佑と向き合うって決めたばかりなのに)


 これではいけない。きっと夜の闇が濃いから、暗いことばかり考えている。考え事をしていたからか、いつのまにか眠気が飛んでしまった。


(散歩に行きたいけれど……)


 さすがにこの時間に出歩くのはまずいだろう。

 諦めて寝台に行こうとすると、そのタイミングを見計らったように天佑がやってきた。


 入室した天佑はわたしが起きていることに驚いた様子で目を瞬かせた。



「まだ起きていたのか?」

「眠れなくて……」



 なんとなく天佑のことを考えていたとは言いにくい。

 監視しているのではないかという疑念に駆られた自分が恥ずかしくて、つい目を逸らすと、彼は長椅子の横に座って、距離を詰めた。

 じっと見られていると落ち着かない。困って彼の顔をそろりと見れば、彼のクマが濃いことに気が付いた。



「寝ていないのですか?」

「……いや。いつも通りの睡眠時間はとっている」


 ふと昨日の睡眠時間を思い出す。彼が寝ていたのはせいぜい二、三時間程度じゃないだろうか?

 それがいつも通りとなると、慢性的な寝不足に陥っているのではないか。

 注視して彼の顔を見ると、確かに顔色は悪い。



(昨日はそんなことに気付く余裕はなかったけれど)


 そろりと彼の頬に手を伸ばす。

 ピクリと反応したものの、わたしが何をするか伺うようにして大人しく身を任せている。


「ここへ訪ねるよりも休息を優先しては?」

「せっかく琴葉に会えたのにそんな勿体無い真似できるわけなかろう?」

「でも……」



(わたしは『琴葉』ではないのかもしれないのに)


「せっかく執務を全て片付けてやってきたんだ。少しお前と話がしたい」


 そう話す天佑の顔色は悪いままだ。


(絶対今すぐ休んだ方が良いのに)


 少し考えてーー覚悟を決める。

 天佑の顔を膝へと招いてみせた。

 突然わたしがとった行動に彼は目を丸くした。


(不敬だったかもしれない)


 そう思いながら、そろりと彼の表情を見やれば、ふっと天佑は微笑った。


「琴葉は大胆なのか臆病なのか分かりにくいな」



 頬を緩めた天佑が瞼を閉じる。

 そしてポツリと彼が質問を投げかけた。 


「この城はどうだ?」

「皆様に良くして頂いてます」

「何か足りない物があったらすぐに言うと良い」

「はい」

「それで……この城は好きになれそうだろうか?」


 閉じていた瞼が開く。ちらちらとわたしの様子を伺う天佑に、彼がこの質問を一番気にしているのだと悟った。



「はい。もちろん」


 わたしが頷けば、彼は安心したように目を閉じた。

 その顔はひどく穏やかなものだった。


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