21 衰え知らずの影響力
三週間の休暇を終えた学園の様子はグロウパーティーで幕を閉じた前学期と大きく変わりなかった。
ミリーが道を歩けば後輩たちが思わず目を留め、モリーは相変わらずシナモンラテの調達とベンチ確保に勤しんでいる。
日々繰り広げられるのは心身に馴染んだ当たり前の学園生活で、面白みに欠けるほど変化がない。
生憎、それは霊獣を肩に乗せた黒髪女にも当てはまること。
彼女のことを忘れて休暇中は家族旅行を楽しんだミリーだったが、学園で彼女と顔を合わせた途端にこれまでの苦い記憶が激流の如く流れ込んできた。
休暇を挟んでも彼女は何も変わらない。
自然と集まってくる友人たちに囲まれて意気揚々と校舎を闊歩していくのだ。
ミリーに対しての笑顔も最後に見た時と同じものだった。
「あ。ミリー、メイク変えた? その色いいね」
お世辞だか嫌味だか分からない言葉を投げかけてくるマノンのミリーの神経を尖らせる能力も健在だ。
彼女の指摘通り、確かに旅行の間に新たに手に入れた化粧品を使ってメイクのテイストを変えた。本来なら別の人に一番に気が付いて欲しかった。が、奇しくも最初にそのことを言葉にしたのがマノンとは。
ミリーは複雑な心境で下唇を噛み、僅かに頬に空気を溜めた。
意外にも目ざとい彼女とは真逆に、誰よりも近くで顔を見ているはずの相手は全く気がつく気配もないというのに。
ミリーは右隣に座るジュールを恨めし気に一瞥する。彼はレジーと休暇の思い出を語り合い、旅先で体験したという神秘魔法の面白さをレジーに熱弁しているところだ。ミリーも既に同じ話を聞いている。休暇明け、久しぶりに会った新学期初日に一日かけて旅行の思い出すべてを話してくれたからだ。
互いに家族旅行に出かけることもあり、休暇の間はジュールと会う機会も少なかった。ジュールの旅行出発前日にミリーがヴィヴァル家を訪ねたのみだ。
休暇を経て少しの変化があったとすれば彼との距離感くらいだろうか。
互いに時間が合わないことだけが理由ではない。
それとは別に、グロウパーティーで恋人を差し置いて真っ先にマノンに声をかけに行った彼に対する不信感が拭いきれてないということもある。
魔道具部の活動が落ち着く見込みもなく、彼と過ごす時間がどんどん減っていくことを思えばちょっとくらい機嫌を損ねても許される権利があるだろう。不安ばかり与えられて気にせずニコニコしている方が不気味なくらいだ。
ミリーはもやもやした晴れない想いを抱えたまま、ジュールから目を離してガーデンを行き交う生徒たちを見やる。ジュールとレジー以外の仲間たちは皆、それぞれ用事があると言って今日は早めに撤退してしまった。なので、ジュールの話を再度聞くつもりもないミリーは残りの時間をどう過ごそうか苦慮しているのだ。
ランチの時間もまだ半分を過ぎたばかり。天気がいい今日はまだ多くの生徒たちが外で穏やかな時を過ごしている。
ベンチから見える光景にもここ数か月で少しずつ変化の兆しが見えていた。
以前はガーデンに出てくる生徒たちはどちらかといえば学園内で何かしらの強めの集団に所属した派手で陽気な生徒が大半だった。
ガーデンは広いが人数が多いとごちゃごちゃして落ち着かないし、お気に入りの縄張りが荒れるのは耐えられない。
そんな理由から、洗練されたガーデンの景色を楽しむ権利を一部の生徒だけに許してきたからだ。それがお約束。ミリーが無言の圧力を強いてきた成果が実ったと言えるだろう。
けれど最近ではそんな暗黙の了解を配慮する者も減り、徐々に人が増えてきている。ミリーの守備範囲を越えたあらゆる属性の生徒たちが堂々と外に出てくるようになったのは明らかに何らかの後押しがあったに違いない。
不愉快と言えばそうだ。けれどミリーは彼らの行動を黙認することに決めた。彼らを責めてもいい加減キリがないのだからしょうがない。
彼らの背中を押す人間も一人しかいない。彼女の影響力をどうにかしないことには彼らを止めることなどできないのだ。
ミリーはガーデンを見回し、つまらなそうに瞼を半分閉じた。騒がしくて、いい具合に眠たくなる。
すると眠気に襲われた視界を大きな旗を手にした生徒が横切っていった。目が覚めるような鮮やかな色の旗にミリーは興味を持ち、嬉しそうに旗を振り回して仲間に自慢しているその姿を観察する。
休暇が終わったということはそろそろ競技大会も盛り上がりを見せてくる頃だ。
全区域から学校が集まり、あらゆる競技の頂点を決める時期が目の前まで来ている。
ローフタスラワ学園も多くの競技の強豪校として知られ、競技をしない生徒たちも応援に熱を入れるのが慣例だ。
あの大旗も恐らく応援のために作ったものだろう。大会に出場しない生徒たちは学校ごとに特色のある応援グッズを作成し会場に持っていくことになっている。
ミリーはそのことを思い出し、作られたばかりの旗に目を凝らす。競技大会に出場しないミリーはそれに関連することについてはノータッチなのだ。
が、学園の顔となる応援グッズのデザインだけは気になるもの。外部の人間にローフタスラワ学園がどんな印象を抱くのか。その大事な材料となるからだ。生徒の一人として気にならないわけがない。
デザインのモチーフについては競技大会に関係がある生徒たちが協議して決める。
自分ほどのセンスはないのだから黙って任せてくれればいいのに。
本音ではそう思いつつ、ミリーは毎年しっかりとデザインを確認することにしているのだ。
今回のモチーフは一体何だろうか。ミリーは空に向かって持ち上げられた大旗を瞳に映す。
さぁ、気分も上を向かないことだし、粗探ししてせめてもの鬱憤を晴らそう。そう意気込んだミリーだったが。
「……なに、あれ」
出てきたのは語彙力の欠片もない疑問の言葉だけだった。
ミリーの呟きに、十数分ぶりにジュールの視線が彼女の方を向く。
「どうかした? ミリー」
「あれ。あの旗に描かれているのって……」
「旗? ああ、競技大会のやつか。どれどれ──」
ミリーが指差した先を、ジュールは出来栄えを吟味するかの如く楽しそうに見やる。
「へぇ。今年はまた変わったデザインだな。あの丸いキャラクター、なんか見覚えがある気がするけど」
ジュールは旗を見るなり口笛を吹いて笑う。どうやら旗の面積のほとんどを占めるキャラクターに興味が湧いたらしい。
「あれって、ベイリーが連れ歩いてる霊獣?」
間髪入れず、ジュールの疑問を解消するかのようにレジーがミリーに訊ねてきた。
「ええ。そうだと思う。ウィギーね」
無味乾燥な声でミリーは早口で答えた。その名を口にすることも面白くない。
「ああ! あのウィギーか。ははっ、あいつら、霊獣をモチーフにしたのかよ」
合点がいったのか、ジュールは手を叩いて愉快そうに笑い出す。何が面白いのか。ミリーは彼の反応を呆れた眼差しで一瞥した。
「確かに、あの丸い見た目はマスコットっぽいもんな。なかなか目の付け所がいい」
彼はウィギーに似たキャラクターのことが案外気に入っているようで好意的な態度で目元を緩める。ミリーの胸が僅かに軋みを覚える。
まさか自分が関わりのない競技大会にまでマノンの毒牙が及んでいるなんて。
ミリーは口内を噛みしめ悔しさを押し殺す。どくどくと、嫌な間隔で鼓動が音を立てていく。味方のはずのジュールすらそれを受け入れている。その事実が辛く、苦しかったのだ。耐えがたい痛みにミリーは顎を引いて大旗を睨みつける。
「事態は悪化しているわ。このままじゃ……」
どうなるのだろう。
誰にも聞こえない声で呟かれたミリーの危疑は脆くも芝生へと落ちていく。
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