第34話 聖女襲撃~デウス本編の始まり~

 課題1つ目を順調に終えた俺たちⅤ組1班は、マークの街に戻り、森のあるマークの街東側から中心街のホテルに向けて歩いていた。


 この東側の区画には、聖女リーチェが暮らす大修道院がある。


 その事に気づいたシエルが、「サルヴァ、大修道院を見てみたい」というので、俺たち4人は大修道院を観光する事になった。


 この流れは驚くほど原作通りであり、原作ではこの後、例の聖女襲撃事件が発生する事になる。


 原作のストーリーをある程度熟知している俺としては、作中最強格の1人といっていいほどに強いリーチェ・ストライトが襲撃されて学生に助けられるという筋書きがばかばかしいものに見えてしまう。だが原作時点ではリーチェが秘密結社の幹部、〈天の秘密を唄う使徒〉であるなんて事実はプレイヤーには隠されているので、一見か弱そうな聖女が襲撃されてそれを助けるというストーリーに違和感はないのだ。


 実際の所、このマッチポンプのような事件が発生してからが、本当のデウス本編の始まりと言える。


 俺は期待半分不安半分で成り行きを見守りながら、ひとまずみんなで大修道院の荘厳な天使たちや女神デウスの絵画、飾りつけなどを楽しんだのだった。


「ふんふんふ~ん♪」


 と、一通り大修道院内を見学して、大修道院前の広場に出た俺たちの目の前に、わざとらしくスキップしながら歩いている聖女リーチェが現れた。


「サルヴァ、あの子、新聞とかで見覚えがある。あれ、聖女じゃない?」


「そ、そうだな。聖女リーチェ・ストライトにそっくりだ」


「あんなふうにスキップしながら歩いているのを見ると、意外と親しみやすい方なのかもしれないな」


 ルークが、そんなまるで本質を外しているコメントを残しているのに苦笑いしそうになるが、そんな事を考えている間に、広場ではスキップをしているリーチェの周りに近づく4人組のフード付き外套を着た怪しげな男たちの姿があった。


「サルヴァ、あの人たち、なんか怪しい」


「そうだな、近づいておこう」


 俺たちはパーティで何かあったら飛び出せるよう、スキップするリーチェの方へと走っていく。


 と、4人組の男たちは、外套の影から短剣を取りだし、なにやらリーチェを脅迫するような声を出しながら、リーチェの腕を掴んでどこかへ連れ去ろうとする。


「サルヴァ、助けよう!」


「あ、ああ!」


 ルークの声とともに俺たちはその4人組の元へと剣を抜いて突撃する。


「な、なんだお前ら……!」


 男たちも俺たちの姿に気づいていったんリーチェから手を離し、武器を取って戦闘が始まる。


 人混みがあるのでカオスカッターなんかを使うと危ないという制約がある。


 俺はひとまずリプレイスメントで男たちのうちリーダーらしき恰好をした男の背後に移動し、足先から腰にかけてを切り裂こうとする。

 が、男は素早く足元の俺に気づくと、高い身体能力で空高くジャンプしながら、俺に向かって風の矢を飛ばす魔法を使ってくる。


「ウインドアロー!」


俺はその風の矢を回避するべく再びリプレイスメントを詠唱し、別の男の影に移動しながら、その男の足先を〈氷と風の剣〉で傷つける。


 凍結と裂傷の状態異常が綺麗に入り、男の足先は凍りながらたくさんの傷から血が流出し、一気に動きが鈍くなる。


「こいつ、厄介だぞ!」


 4人の注意が俺に惹かれ、俺に向けてそのうち2人の短剣が素早く投げつけられる。


 かなりのスピードで投げつけられたナイフを俺は冷静に見極め、1本は氷と風の剣で弾き、もう1本は身体をひねり回避する。こういう事ができるのは、ロセット師匠に散々戦闘術を鍛えられた甲斐があったというものだ。


 その隙に、遅れて登場したルークとシエルが、剣を持ってナイフを投げた2人の男へとそれぞれ斬りかかる。


 男たちも背後からの一撃に素早く対応し腕に身につけた籠手で防ぐが、アリーシャがその隙を見逃さず、足元から天に向かって伸びる魔法を詠唱する。


「フレイムピラー」


 火属性Lv4で覚えられるその魔法はかなり強力な業火の柱となって男たちの足元から腰にかけてを焼き、「ぎゃあああああああ!」と悲鳴を上げながら男たちはなんとか火の柱から逃げ出す。


 その間に、フリーだった男たちのリーダーが魔法を詠唱する。


「ポイズンスワンプ」


 土属性と闇属性のLv3混合魔法である強烈な毒の沼がアリーシャの足元から生まれ、アリーシャが毒の沼に飲み込まれようとする。おそらく今の攻防で、一番厄介なのがアリーシャである事をこのリーダーは見抜いていた。


「オーラ」


 そこでアリーシャが取った対応は、戦属性Lv1魔法のオーラによる、足元への自らの〈気〉の移動によるガードだった。


 アリーシャの桃色のオーラが毒の泥を弾き、その隙にアリーシャは手に持った細剣で離れたところにある地面を突き、その反動で毒の沼から飛ぶように離脱する。流石の対応力と戦闘術に、思わず感心してしまうが、俺はこの隙を逃さず厄介なリーダーを討伐するべきだと考え、リプレイスメントでリーダーの足元に懲りずに移動し、そこから天空に向けて「カオスカッター」を多数発射する。


「くっ……!」


 アリーシャに気を取られていたリーダーはカオスカッターの全てに対応する事は出来ず、右腕と右足へのカオスカッターは身体を強烈にひねり回避されるが、軸になった左側の足と腕に、それぞれカオスカッターが命中し、男の腕と足先が宙に舞う。


「ぎゃあああああ!」


 悲鳴をあげて地面に倒れてくる男の頭を〈氷と風の剣〉で首から切り離し、まずはもっとも厄介なリーダーの討伐に成功する。


 その悲鳴に不利を悟った残りの3人は、投げナイフを投げつつ聖女を諦めて離脱しようとするが、そこにアリーシャが男たちの意識外から光属性魔法を唱える。


「ライトバインド」


 アリーシャの光の鞭が男たちの足元から身体にかけてを縛り付けていき、逃れようとする男たちは剣で鞭を切り裂くが、次から次へと現れる光の鞭の前に、無力にも拘束されていく。


 アリーシャはそのまま細剣をもって男たちへと突撃し、華麗な剣捌きで首を刈って、3人ともを殺してしまう。


 舞う血飛沫とともに光の鞭から解放された男たちの身体が地面に倒れる音がして、俺たち4人は戦闘が終結した事を悟ったのだった。


「わわー、大変! キミ怪我してるよー! 治してあげるね!」


 投げナイフの一本がいつの間にか肩に刺さっていたらしいルークが苦しそうにしてしゃがみこんでいる事にリーチェが素早く気づき、「ホーリーヒール!」と光属性回復魔法を唱えながら、投げナイフを抜いて治療を進める。


「あ、ありがとうございます、聖女さま……」


 ルークが苦しそうな声でお礼を言うと、


「いいから安静にしててねー。しばらくそこで寝転んでるのがいいよ。毒が塗られてたみたいだから、広がらないうちに解毒するね」


 さすが仮にも聖女をやっているだけはある治癒技術で、ルークの傷は瞬く間に癒えた。


「みんな助けてくれてありがとう! 学生さんなのに、すごく強いねー! でもあそこにいる男の人は、もしかするとお仲間じゃないかなー?」


 聖女が指差した先には、建物の屋上から俺たちの様子をじっと監視する、外套を纏った怪しげな男の姿があった。


 気づかれた事を悟った怪しい男は、建物の屋上をつたって素早く逃げ出す。


「追おう!」


 この先の展開を知っている俺は、あの男がこのサルヴァ・サリュの実家、ゴーリスの元へと逃げ出す事を分かっている。


 この事態に対し、原作からの変更を行うかはかなり悩ましいが、俺はなんとなく直観で、あの男は始末した方がいいと思った。


 リプレイスメントを覚えている俺はその直観に従い、別の建物の屋上に着地した男の足元に移動し、足を刈るように素早く〈氷と風の剣〉で切り裂く。


「ぐぅ……! こいつっ……!」


 男が凍り付く足元に苦しみながらも、素早く抜剣して俺の首へと一撃を放つ。瞬間、リプレイスメントを無詠唱で詠唱した俺は、今いる建物の突き出した部分の影に移動し、その死角からカオスカッターを放つ。


 見事男の首を身体から切り離したカオスカッターを見届けて、俺は3人のパーティメンバーたちとリーチェの下へと帰るのだった。


「わー、キミ、すごく強いねー! 立派立派! 将来はすごーい冒険者になりそうー! すごいすごーい!」


 無邪気に喜んで見せつつも他人のフリをするリーチェにちょっと頭痛がしそうになる一幕がありつつも、俺たちは結局聖女を連れていったん大修道院に襲撃を報告すると、そこから連絡が届いたカサドール教官がやがて到着し、俺たちは大いにほめたたえられ、特別優良という学園における最高評価を確定させるのだった。


 俺たちはホテルの食堂で祝杯をあげ、みなにすごいなどと祝われながら、ご馳走に舌鼓を打った。


 だがしかし、この後の展開を知る俺は、この後にとある知らせが来るであろう事を予期していた。


 その知らせは、翌日の朝、ホテルに現れた聖女リーチェからもたらされた。


「みんな聞いて―! 昨日の騒ぎの間に、セインベルっていう大修道院の国宝が盗み出されちゃったみたいなの! わたしは聖女として、昨日助けてくれたキミたちに、特別依頼としてセインベルの奪還を依頼します! セインベルの魔力波長を探知した人によると、盗んだ人は国境の天眼山脈に向かってるみたい!」


 いよいよデウス本編が始まったな、と思いながら、俺は静かに、この後の〈風の秘密を唄う使徒〉との戦いのイメージを固めていくのだった。

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