第32話 列車にて~恋占い~

 水曜日の早朝、サリュ領への列車の発着ホームに集合した第一学年のメンバーは、学園が保有する装甲列車に貸し切りで乗り込んで、しばし小旅行を楽しむ事となった。


「学校が列車を持ってるなんて、うちの学園お金持ち」


「優秀な冒険者の育成は国力に直結するからね~。国からの補助がたんまり出てるらしいよ~」


 俺の隣に座るシエルの呟きに、通路を挟んで反対側のボックス席から、ユエが反応する。


 今、俺たちはパーティ毎に4人ボックス席に座る形で、装甲列車の先頭車両に乗り込んでいた。


 通路を挟んで左側に俺、シエル、ルーク、アリーシャが座っており、反対側に、ユエ、バルガス、カーン、セレナが座っている形だ。


 俺たちのパーティが和やかに会話を進めているのと対照的に、右側のボックス席の空気は重かった。


「……なぜ賊国の皇子と隣同士でパーティなぞ組まないといけない事に?」


「……学園というものの性質も理解せずにここに来た小国の公女の愚かしさゆえだろうな」


 こんな調子で、セレナとカーンはバチバチとやり合っており、困ったユエがとりあえず俺たちの会話に参加している、という形になっていた。バルガスは、一人で車窓から景色を眺めている。


「サルヴァさん、さっき食べさせていただいたお菓子、もう一つ頂いてもいいですか?」


「いいよ、ほい」


「嬉しいです。ますますサルヴァさんの事が好きになってしまいます」


「サルヴァ、デレデレしてる。アリーシャが、好きなの?」


 シエルの言葉はいつも通り唐突かつ刺激が強く、


「い、いや、そんな事ないから!」


 慌てて否定するも、


「そ、そうか……サルヴァはアリーシャが気になるんだな……それはよかっ……」


 ルークがここで謎な発言をして、


「なんで俺がアリーシャを好きだとルークが良かったってなるんだ?」


「んー?」


「い、いや! 他意はない! 他意はないって!」


 ルークがなにか自爆したような形でオチがつくのであった。


「い、いやぁ、サルヴァっちのパーティは楽しそうな雰囲気で羨ましいなぁ」


 ユエが、向こう側の空気に耐えかね、頑張ってこちらに混ざろうとしてくる。


「今の会話の流れだと、ルークっちは、シエルちゃんが気になるのかな?」


 と、ユエがついでのように爆弾を持ち込んでくる。


「そうなの?」


 シエルは、その白髪に囲まれた桃色の瞳をきょとんとなんでもなさそうにルークに向ける。

 ルークのMPがみるみるうちに削れていくのを露骨に感じ取り、俺はいたたまれない気持ちになる。


「い、いや! そんな事ない! そんな事ないから!」


 ルークがなんとか慌てて否定すると、


「そう。ざんねん」


 シエルはそういって、視線を車窓へと移した。


 そこで残念がると、ルークに気があるようにも思えてしまうが、実際のところどうなんだろう? いろいろな意味で気になるところだ。謎多きシエル、だがそこが魅力でもある。やっぱ可愛いよなぁ、シエル・シャット。


「サルヴァさん、そういえばわたしも占いに興味あるんですが、シエルさんにお願いしてくれませんか? 以前シエルさんにルークさんと占ってもらったと言っていましたよね?」


 と、そこでアリーシャがそんな話題を振ってくる。たしかにそんな話を昨日授業の合間にした気がする。


「いいけど、自分でお願いしないの?」


「シエルさんのような素敵で高貴な方は、町娘のわたしには恐れ多いのです」


 俺も一応侯爵家の一員だけどな、なんて思っていると……


「……そんなの気にしなくていい。アリーシャなら、歓迎」


 そこでシエルがアリーシャを快く受け入れるような発言を見せ、アリーシャもそれには思わず笑顔を綻ばせた。


「嬉しいです」


「手、出して」


 アリーシャは、対面に座るシエルに手を差し出す。


「ふむ。むむ。むむむむむ」


 シエルは、いつになく真剣そうな表情で、アリーシャを見つめた。


「……強い強い運命を秘めている。それはまだ表には出ていない、アリーシャを巡る恋の因縁。この運命は世界を滅ぼすほど強いのに……ん、待って、そこに隠れているもう一つの運命があるような……」


「……ありがとうございます。シエルさんの占いは、本物ですね」


「……もちろん。むふ」


 占い自体は途中で終わってしまったかのようにも見えたが、二人の間では通じ合う何かがあったようだった。

 こういうコミュニケーションの微妙な繊細さは、女の子ならではなのかな、なんて思う童貞の俺であった。


「ではお返しに、わたしの方からもシエルさんを占わせていただいてもいいでしょうか?」


「……アリーシャも、占えるんだ」


「ふふ、実はこう見えて恋占いが得意なんですよ?」


 それはそうだろう、と思わず突っ込みたくなる気持ちを抑える。

 なにせアリーシャは秘密結社〈円環の唄〉の幹部である〈恋の秘密を唄う使徒〉であり、恋に関する事で彼女の右手に出るものはいないといってもいいだろう。


「わたしの占いは、相手の瞳を見つめるだけで行えます」


 アリーシャが、シエルに顔を近づけ、その紫色の瞳で、シエルの桃色の瞳を、ぐぐっと凝視して集中する。


「……見えました。シエルさんの恋は、非常に強い因縁が絡んだ濃厚な恋ですが……最終的には、最初思っていた形とは異なる予想外の形で、恋が叶うかもしれませんね」


「……ふぅん。予想外、か」


「はい。予想外、です」


 その二人の口ぶりは、何か俺に理解できない高みで行われているかのようにも思えて、口を挟む隙が無かったが……


「わたしに予想できない事……アリーシャちゃんと結ばれる、とかかな?」


「まあ。それはドキドキとしてしまいますね。なんだかシエルちゃんともっと仲良くなりたくなってきました」


 二人が冗談交じりに百合っぽい雰囲気を作って、それを見ている俺とルークをドキドキとさせたところで、この話はおしまいとなったようだった。


「サリュ領までは長い。食堂で昼食が用意されているらしい。そろそろ食べないか?」


 と、そこで黙って車窓を眺めていたバルガスが、俺たち4人も含む全体に向かって、誘いをかけてきた。


「いいだろう」


 カーンはお腹がすいていたのか最初にそれに乗り、


「わたしは別行動で食べさせてもらう」


 セレナはカーンへの反感からか、別行動を宣言する。


「あー、じゃあユエはセレナと食べよっかなー」


 ユエは空気を読んでセレナについていく一人となり、


「わたしたちもユエについてく。女子会しよう」


「え、わたしもですか?」


 と、そこでシエルとアリーシャもセレナと食べる事を決めたようだった。


「それじゃあこちらは男子会といこうか」


 ルークの爽やかな取り仕切りで、俺たちは男子4人で昼食を食べ、そうこうしているうちに時間が経ち、やがてサリュ領都マークの駅に、列車は到着したのだった。

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