第25話 美術の授業で

 翌日の1時限目、最初の授業は選択科目の芸術の授業だった。


 俺は、自己紹介で絵が特技と言った手前もあり、あまり乗り気はしないが、美術を選択した。

 その結果、現在ずいぶん久しぶりに絵を描く事になっていた。


「ねぇ、あれサルヴァよ」


「怠惰愚鈍のサルヴァ、なんて有名でしたよね」


「なんであんな奴がⅤ組の首席で入学式の挨拶なんてできたのかしら? 不正?」


「でも挨拶はまともだったよな」


 周囲の主に貴族クラスの生徒たちが、俺の姿を見て好き勝手に噂する。


 だが、次第に出来上がっていく俺の絵を見て、そんな噂はひとりでに止まる事となる。



 


 初日の美術の授業は、鉛筆デッサンだった。


 俺は目の前に置かれたりんごの果実を、スケッチしはじめる。


 あまり絵を描いた事がないと思われる周囲の生徒達が、不器用そうに歪んだりんごを描いているのを尻目に、俺はウルトラリアリスティックとでもいうべき、実物そのもののりんごをさらさらと仕上げていく。


 これは昔から俺が得意としていた技法の一つで、鉛筆の線が鮮やかに濃淡を作っていき、写真よりも本物らしいとすら思えるようなりんごの絵が出来上がっていく。


「ねぇ、あれ、すごすぎない?」


「サルヴァ・サリュが絵の天才なんて聞いた事ないぞ……」


「もう本物のりんごそのものじゃん、あれ……」


 周囲の雑音も耳に入らない集中力を維持し、俺は一切無駄のない手つきで、1時間かけてりんごの絵を仕上げた。


 ふぅ、久々に絵なんて描いたが、流石に幼い頃に比べれば下手とはいえ、周囲の素人と比べれば赤子とプロくらい差があるな。流石に異世界だとここまで絵が描ける子供はいないか。


 俺は出来上がった絵を教官に提出すると……


「す、素晴らしい! なんたる芸術! 圧倒的な美が宿っています!!!」


 なんて大声を出されてしまい――


「うっわサルヴァっちの絵すご! すごすぎてもはやきもいまである! やばすぎでしょ!」


「サルヴァ、キミは入試の科目だけじゃなくて、芸術まで極めているとは、あっぱれだよ」


 騒ぎに寄ってきた一緒に美術を選択しているユエやルークまで、俺を褒めだす。


「ねぇこのりんご、Ⅴ組の教室に飾ろうよ! いいよね、先生!」


「え、ええ、許可します! これは人目に触れさせないのはあまりに惜しい!」


 という話になり、ユエに乗せられた先生の許可も得て、俺の絵はⅤ組の教室に飾られる事となった。


「ねぇねぇサルヴァっち、わたしに絵教えてよ!」


「僕も教わりたいな。いったいどんな魔法をつかったらこんな絵ができるのか、見当もつかないよ」


 そのままユエとルークに即席デッサン講座をしたりしているうちに、その日の講義は終了となった。


 



 *****





 2時限目までの休み時間に、俺はユエやルークと一緒に、俺のりんごのデッサンを手に持って、Ⅴ組の教室に戻った。


 教室の後ろ側の壁に、ユエが器用な手つきで額縁に嵌めた俺の絵を飾っていく。


「できた! どうよこれ? 教室の華って感じじゃない?」


 そこに、音楽の授業を選択していたシエルにバルガス、アリーシャに公女セレナ、そして皇子カーンが帰ってくる。


「な、なんだこの美しいりんごの絵は!?」


 カーンが驚くと、


「これ、サルヴァっちがさっきの授業で書いたんだよ! すごすぎだよね!」


 とミューが大声で自慢げに話す。


「す、すごいな……サルヴァ殿は首席になる実力だけでなく、絵まで天才とは恐れ入る」


 公女セレナも驚きの様子を見せていた。


「すごいじゃないか、サルヴァ……サルヴァは冒険者だけじゃなく画家としてももう食っていけそうだ……」


 バルガスも俺を褒める。


 一方、個人的に反応が気になるシエルとアリーシャはというと……


「ぱちぱちぱち。すごいです、サルヴァくん」


 とアリーシャが褒めているのに対し……


 シエルは、なにやらただならぬ様子で、目を見開いて無言で驚いていた。


「……シエル? 大丈夫か?」


 あまりに普通じゃない様子だったので俺が話しかけると、


「……大丈夫。上手な絵。家にほしい」


 と正気に戻ったような様子で、いつも通りのマイペースな返答をくれた。


「ダメだよシエルちゃん! この絵はⅤ組の宝物とするからね! 独占はめっ、だよ!」


「そう。それじゃあ、今度サルヴァに描いてもらう」


 シエルとユエは、そんな感じで自由な会話をしている。


 それを背後に、俺がさっさと教室の席に戻ろうとすると、


「いいよね……――ちゃん」


 そこに、シエルが何かを小声で呟いた気がした。


「……?」


 俺がその声に振り返ると、


「……なんでもない」


 といって、シエルも席に戻ってしまう。


 今日は昨日以上に変なシエルだな、と思うも、結局すぐにその事は忘れてしまい、俺は次の必修、歴史学の授業に挑むのだった。

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