第7話 聖女リーチェ・ストライト
あれから魔導バスで領都マークに戻った俺は、大修道院のエクスペンダントを盗み出す算段を立てるべく、再び領都マークの大修道院を訪れていた。
1階の祈祷の間に入る途中の左右にある廊下は、一般市民は立ち入り禁止となり、信徒の中でも一部の人間、高位の聖職者だけが立ち入りを許される空間になっている。
その入り口を眺めて、ゲームの知識と合わせて聖女の部屋までの道筋を思い描いていると、突然背後から見知らぬ少女の可愛らしく明るい声がした。
「こんにちは!」
振り返ると、そこにいた姿に、思わず心臓が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。
驚くべき事に、そこにいたのは今まさにエクスペンダントを盗み出そうとしていた相手である、聖女リーチェ・ストライトであった。
美しい銀髪を肩と腰の間くらいまで伸ばした艶々とした髪。
それを飾る神聖なるティアラが、彼女の身分を証明する何よりの証拠。
そしてその下の顔は、明るく輝きを放つ可憐な赤色の瞳に、にこりと微笑んだ小さな桃色の唇が目を惹く、ちょっと地球では見た事がないほどの美少女だ。
少女の別名は、太陽の聖女。そう呼ばれるのも分かる眩しいまでの可憐さに、心臓がどきどきとしてしまうのが止まらなくなる。
「せ、聖女……さま……」
後ずさりながら、遅れてそれではまずいと気付き、俺はその場に片膝をつき、聖女に対するのに相応しい挨拶を行う。
「ご機嫌麗しゅう、聖女さま」
「……かしこまらなくても、いいよ! らく~にしてね! らく~に!」
天真爛漫に見える少女の正体が、〈天の秘密を唄う使徒〉、秘密結社〈円環の唄〉の幹部である事を知る俺は、二重の意味で焦っていた。
だがあまり焦って怪しまれてもミッションの遂行に支障をきたす。
俺は努めてリラックスし、少女の顔を静かに見上げた。
「えへへ~。キミなんか可愛いね! おサルさんみたい!」
サルヴァ・サリュのサル顔を極めてストレートに表現しつつ褒めてくる少女に、どう対処すればいいのかまるで分からない俺は、ただ微笑んで少女の言葉を受け流すしかない。
「うん? なんか喋ってほしーな! リーチェ、キミとおしゃべりしたーい!」
「……で、では。聖女様は、いつもこのように自分のような一般の民とお話されているのでしょうか?」
「うーん、まあ気分かな! なんとなくキミが気になったんだ!」
「気になった、というのは……」
そう尋ねると、少女は明るく笑うその表情を保ったまま、こう言った。
「なんでわたしの部屋までの道を確認してるのかな、って」
思わず後ろに飛びずさってしまう。
ば、ばれてる……!
「うーん? 今ので逃げるって事は、キミは悪い人なのかな?」
ご、誤魔化すしかない……!
「い、いえ、そのような事は。ただ聖女様に憧れるがゆえ、聖女様の事を考えてしまっていました。申し訳ございません」
「そっかーそっかー、じゃあ良かった。キミが悪い人じゃないみたいだから、これ上げるね!」
そういうと、少女は懐から何かを取り出す。
「これ、勇者の資格を表すすごいペンダントなんだけど、なんだかキミが欲しいみたいだから、せっかくだし上げるね!」
そういって、少女は俺の首に、ペンダントをかけてくれる。接近した少女の身体から、桃のような甘い少女の香りがして、通常であればドキドキとしてしまうところだが、俺が今味わっているドキドキはそれどころではなかった。
いやいやいやいや……
天空教会の聖女にして秘密結社の幹部である少女に、考えてる悪事が全部バレてる上に、そのエクスペンダントをわざわざプレゼントしてくるって……
意味分からなすぎる、怖すぎる、殺されそうすぎる、で3拍子揃っているだろう……
いや、マジで怖い。
リーチェ・ストライトというキャラクターが、いざ現実の存在として出会うと、これほどまでに意味の分からない怖い存在だったなんて。
「うーん? なんだかうれしくなさそうだね? せっかくわたしがプレゼントしてあげたんだから、ちゃんとわーいって喜ばないとだよ? ほら、両手をあげて、わーい」
少女は一切抵抗できなそうな隙のない動きで俺の両手を掴むと、そのまま上に持ち上げてわーいとポーズを取らせる。
「わ、わーい」
生殺与奪を握られていると実力差を悟った俺は、ただそのように道化を演じるしかなかった。
「うんうん、いいね! じゃあ、キミとはまた会えると思うけど、せっかくだし祝福を授けてあげるね!」
そういうと少女は、あっという間の動きで、俺の唇にちゅっとキスをした。
「うんうん、勇者のペンダントをもらって、わたしにチューされちゃったら、もう世界でも救えそうな感じだね! そのまま世界を救っちゃおう! えいえいおー!」
「え、えいえいおー!」
俺の精神が混乱の極致にある中、俺の身体はただ少女の言葉をオウムのように繰り返す事しか出来ない機械へとなり下がっていた。
「じゃあね、サルヴァ! また会いにいくね~!」
少女は満面の笑みでぶんぶんと手を振ると、後ろを振り返って、廊下の奥へと歩いていくのだった。
「……いやいやいやいやいや」
後に残されたのは、想定を上回るどころではない想定外の事態に呆然とする悪役サルヴァ・サリュ、俺だけだった。
聖女の唇の柔らかさが、まだ幻のように唇に纏わりついているのを感じながら、俺は何も考える事ができないほどの混乱というものをただ味わっていたのだった。
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