第2話 メイド、驚く~デウス世界の地理と魔法~

 ハッピーエンドを目指す。


 それにあたって、まず大事なのは、強くなる事だ。


 俺は、このゲームのシステムとシナリオ、設定は熟知している。

 5作目の途中までという制限はあるが、そこまでの事は大体分かってしまう。


 それはつまり、この世界デウスで強くなる方法にも、心当たりがあるという事。


 それにあたって最初に知るべきは、この転生した世界の事だろう。


 この世界が、どこまでデウスのシステムとシナリオ、設定を再現しているか。


 「残念、実はデウスに似た別の異世界でしたー!」なんて展開もあり得る。


 当たり前だが、俺にとっては初めての異世界転生だ。


 慎重に行って損はないだろう。


「おはようございます、サルヴァぼっちゃま。どうしましたか、そのように似合わぬ考え事をされて」


 この微妙に失礼な女性はアンジェラ・ノール。


 サルヴァの事を小馬鹿にしている、妙齢のメイドだ。

 どうでもいいが、妙齢という表現は人によってイメージが結構違うらしい。

 俺は、20歳~30歳くらいまでの女性をイメージして使っている。

 まあ、女性の年齢の話をしてもろくな事はないので話を進めよう。


 サルヴァが小馬鹿にされているのには、十分な理由がある。


 サルヴァはこれまで散々セクハラやら悪戯やら嫌がらせやらをしてきた。


 サルヴァは優れた才を持ちながら怠惰であり――

 その上好色で、傲慢で、強欲で……

 何かあればすぐ憤怒し、嫉妬深く、暴飲暴食を繰り返す。


 七つの大罪をナチュラルにコンプリートしているような奴なのだ。


 幼い頃からずっとサルヴァを見続けてきたからこその、根深い軽蔑――

 だが、立場上ストレートに軽蔑を表明する事は難しい。


 ゆえに、小馬鹿にした態度をそれとなく織り交ぜて、留飲を下げる。

 それがアンジェラなりの処世術なのだろう。


 いつものサルヴァであれば、


「似合わぬ考えごととはどういう事だ! この僕の深遠な智慧を知らぬというのか!」


 などとアンジェラにキレ散らかすところだろう。


 そういうとアンジェラはきっと、


「申し訳ございません、つい本音が出てしまいました。恐縮でございます」


 などと謝罪になっていない謝罪をするに違いない。


 だがサルヴァは筋金入りの馬鹿だから、この皮肉も分からずに、


「ふん、僕の偉大さが分かればいいのだ。さあ、僕の寛大さを噛み締めて、仕事に戻るがよい」


 などと偉そうに命じるに違いない。


 デウスシリーズを通じて散々サルヴァ、「クソサル」を見てきた俺が言うのだ。


 なかなか的を射た予想図だろう。


 だが今、俺にはこの世界の事を知りたいという目的がある。


 それには、このメイドの好感度を上げる事は有効に働くように思われる。


 ちょっと驚かせてみよう。

 そもそも、サルヴァみたいなセリフを吐きたいとは微塵も思わないのもあるが。


「ふふ、僕に考え事が似合わないとは、アンジェラは人を見る目があるね。いつもアンジェラには僕の馬鹿な考えで迷惑をかけてきた。当然の言葉だな」


 俺がそう言ってみた途端――

 アンジェラは全ての動作を停止して氷の彫像のように硬直した。


 しばし、時が止まる。


 それから、何事もなかったかのように硬直を解いて、こういった。


「……すみません、幻聴が聞こえていたようです。疲れているかもしれません」


 全てを無かった事にしようとしている。


 大分、衝撃は強かったようだ。


 面白いのでもうちょっと攻めて見る事にする。


「アンジェラにはずいぶんと苦労をかけてきた。疲れているのなら、好きなだけ休暇を与えよう。終わったら、また何事もなく帰ってきてくれればいい。僕はアンジェラをそれくらい大切に思っているんだ」


 アンジェラは、ずずずっと足を動かして全力で俺から遠ざかった。


 しかし、あれだな。

 いざ、僕と自分を呼称するキャラに転生してしまうとだ。

 普段一人称が俺だった身としては、正直語りにくくてしょうがない。


 今後どちらかに統一していこう。


 転生前に合わせて、俺でいいかな。


「そういえば、僕もそろそろ学園に入るし、一人称を俺に変えようかと思ってるんだ。アンジェラはどう思う。俺、には似合わないかな?」


 アンジェラはびくびくと痙攣して――


 気絶した。


 あれ、こんなはずでは――


 単にこの世界の情報を得るだけのはずが、だいぶ脱線してしまった。


 なかなか現実というのは思い通りにいかないものだ。


 もっとも、それは地球における生活で、嫌と言うほど分かっていた事ではある。


 挙句の果てに、俺はこうして晴れて異世界生活をスタートさせているのだから。


 人生というのは分からないものだ。


 だが――


 だからこそ、今度の人生は、ちゃんとやり直したい。


 精一杯生きて、みんな幸せなハッピーエンドを手にしたい。


 なればこそ――


 まずは、そろそろ気絶から起き上がりそうなメイドに――


 今度こそ穏当にこの世界の事を聞こう。


 うん。





 *****





 「あの、アンジェラ。実は変な夢を見て記憶が混乱しているみたいなんだ。ちょっとこの世界の事について改めて聞きたい」


「なるほど、サルヴァ坊ちゃまが著しく異常な態度を取っているのも、その変な夢が原因なわけですね。納得いたしました」


 気絶から回復したアンジェラに、無事話を振る事に成功した。

 こう言っておけば、サルヴァの変化も納得しやすいだろう。

 実際嘘ではないのだ。

 地球とデウス、どちらの記憶が夢かという違いを除けば。


「そんなに変かな? 以後こんな感じで行こうと思ってるけど」


「変というよりは……異常に良すぎる、というべきでしょうか」


「異常に良すぎるってことは、良いって事だよね。別に良いってことだ」


「……そういうところが不気味なのではありますが……まあいいでしょう。この世界について聞きたいとの事ですが、何を聞きたいのですか?」


「たとえば、この世界に最近起きた事件は?」


「西のガノール帝国が北のユーフェリア公国を侵略し、国境紛争を起こしている、とかでしょうか? それにあたって、東の白龍バイロン共和国が、ガノール帝国に制裁を課していくつかの品目の輸出入を止めています」


 ゲーム開始時点で、ガノール帝国とユーフェリア公国は停戦したばかりだ。

 それによって、このオーベル王国の冒険者学園に両国の留学生が来れるようになる。


 ガノールの皇子やユーフェリアの公女が、共に学ぶ中で関係を変えていく。

 そんなサイドストーリーも、デウスの魅力だった。


 その半年前である現在において戦争が勃発しているのは、原作通りだ。


「そうか。そういえばきな臭い情勢だったね。我が国の歴史についても、概略を聞かせてもらえるだろうか」


「我らオーベル王国は、開祖マルティン・フォン・オーベルが南のシャルラン王国の王子として生まれた後、民が幸せな国を求めて独立戦争を起こし、見事本国に勝利したという歴史を持ちます。ゆえに、オーベル王国は民の幸せを第一とする、素晴らしい国として平和を保っているわけですね。この長く続いた平和によって、オーベル王国の学問水準は向上し、王都の冒険者学校には多くの留学生が世界中から訪れます」


 これもゲームの設定通り。

 概ね、この世界はデウスの世界を完璧に再現していると言って良さそうだ。


「ありがとう。だいぶ記憶が整理されてきたよ。今分かっているこの世界の魔法の仕組みについても教えてもらえるかな?」


 これは重要な質問だ。

 俺が強くなることに、ダイレクトに関わってくるからだ。


「はい。魔法は、この世界において万物に存在する魔力に、自身の魔力を操作して干渉する事で使用されます。現代魔法においては、〈イグニス〉〈アクア〉〈ベント〉〈テラ〉などの基本魔法文字の組み合わせにより、魔力に属性付与を行い、術者のイメージあるいは魔法陣で効果を限定、魔力を放出する事で、魔法現象を起こします」


「なるほど、ありがとう」


 これも完璧にゲーム通りだと言える設定だ。

 

 デウスのゲームシステムには、魔法の発明という要素がある。


 基本魔法文字の書かれた魔石を組み合わせていくと、魔法を閃くのだ。


 デウスでは、閃いた魔法を覚えるのに必要なものがあった。

 それが属性レベルと呼ばれるキャラクター毎に各属性持っているレベルだ。


 たとえば、主人公が火Lv2、水Lv1、風Lv2、土Lv0だとする。

 またヒロインは火Lv1、水Lv2、風Lv2、土Lv3だとしよう。

 実際には他にも属性がたくさんあるが、簡単のために4つで考える。


 そしてファイアストームという魔法が、火Lv2、風Lv2を要求するとする。


 主人公は、レベルを全て満たすので、魔石を並べてこの魔法を覚えられる。

 一方、ヒロインは魔石を並べても、火のレベルが足りない。

 よって、ヒロインはこの魔法、ファイアストームを覚えられないのだ。


「魔法を発明したい場合は、何が必要なのかな?」


「魔法の発明、習得には、まず正しい組み合わせの基本魔法文字を印字した魔石が必要です。それら魔石を順番に並べて、教会で祈祷すると、十分な力を持つ人であると神に認められれば、魔法を習得する事ができます」


 なるほど、完璧にゲーム通りだ。


「十分な力っていうのは、教会で測定できたりするのかな?」


「教会では、その人物の各属性ごとの格として、レベル、という数値を見る事ができますね。これが足りていれば、魔法が覚えられると我が国の研究で分かっています」


「オッケー、ありがとう。完璧だよ、アンジェラ」


 魔法のシステムも、デウス世界を完璧に再現したものになっているようだ。


 どうやら俺が転生した世界は、本当にデウスの世界そのままのようだ。


 だとするなら……


「アンジェラ、属性ごとのレベルを上げる方法は?」


「そうですね、その属性をたくさん使用して、習熟度を上げる事が近道だと言われています。Lv0の場合は、その属性に適正がなく、属性を使用する事は出来ないとされます」


 そこもゲーム通り、か。


 だが、今の説明には、欠けている要素がある。


 デウスにおける属性習熟度システムは、使


 強い敵を相手にしている状況や、困難な魔法を使用している状況。

 そうした状況で、獲得習熟度が跳ね上がるのが、デウスのシステムなのだ。


 また、キャラクターごとに、習熟度の上がりやすさは違う。


 どうやらその事は、この世界においては一般には知られていないらしい。


 デウスにおいても直接説明はされない隠し要素だから、無理もないだろう。

 

 だとするなら……


「アンジェラ、このサリュ家の領地はオーベル王国のどこだっただろうか」


「ああ、サルヴァさま、そんな事も分からなくなっているなんて嘆かわしい……オーベル王国西の端に位置し、北西の天眼山脈を超えればガノール帝国に至る、サリュ領ですわ」


「……そうだったな」


 クソサルの家がどこにあるかも、原作通りのようだ。


 その答えに俺は満足した。


 なぜなら、天眼山脈にはアレがいる。


 この世界における習熟度上げでプレイヤー誰もがお世話になる、アレ。


 習熟度獲得効率は序盤最高級だが、すぐ逃げられてはみな悔しがる――


 ――その名も、シャイニングスライム。

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