4-1. どこか気分は浮かれている


  †


 金曜日。

 午前八時を過ぎて少しというのに朝の涼気はとっくに散って、相変わらず蝉は命短しとばかりに鳴き叫ぶ。

 俺たち学生はと言えば、己がは身に降りかかる理不尽にため息交じりに登校しているところだ。具体的に言えば、期末試験が終わったというのに一学期が終わるまであと十日ある、という点だ。期末試験なんだから学期末に行おうよ! もしくは試験が終わったんなら学期も終われよ!

 みんなそう思っている。

 陰鬱とはいえ、それでもどこか気分は浮かれている。授業はあるにしても、あとは消化試合みたいなものでもう間もなく夏休みなんだから!


「きっと辻さん、どっか行くとか言い出すとやろな」


 昨日もブルベがどうのこうの言っていたし、どうも辻さんはその手の、ロードバイクイベントに参加したい欲が強いようだ。レース系ではなくてライドイベント系の。自転車屋の娘で、友だちをロードバイクに誘うことができなかった反動だろうか。

 軽快にいつもの通学路を走る。

 違うところがあるとすれば、乗っているのが通学用のママチャリじゃなくてみのるさんから借りているLOOKだというところ。

 こうして普段の通学路を制服で走ると、本当に軽さと速さが実感できる。そりゃ軽トラックのような積載性のママチャリと、レース用にチューンされたスポーツカーを比べれば、ねぇ。


「でも確かに積載性の問題はなぁ……」


 ママチャリとロードバイク、何もかも違いすぎるけれども、一番の違いはカゴがあるかどうかだろう。

 それが無いので今俺は、普段の指定の学生鞄じゃなくってリュックを背負っていた。それが地味に負担になる。

 確かにロードバイクは速い。しかし速さのためにそれ以外の要素を削り落としているので例えば今みたいに何か荷物を運びたいとなると、途端に不便さが顔を出す。


「というか、道具て本来そがんもんやけんな……」


 包丁は料理をするためのもの。斧は木を切り倒すためのもの。

 包丁で木を切り倒すのは、出来るだろうけど凄い不便だろう。斧で魚を三枚におろせるか? きっと身がぐしゃぐしゃになる。同じ刃物という分類でも、目的とは違う使い方をすればこうなる、という好例だ。自転車もまた然り。

 ロードバイクでたくさんの荷物を運ぶのは、出来なくはないけど大変だ。

 ところがどっこい、そこはそれ。ロードバイクの世界はまた深いというか変態揃いというか(誉め言葉)。

 シートポストやバイクフレームに取り付ける自転車積載バイクパッキング用のバッグなんかもたくさんあるし、オプションパーツでもっと大きなバッグを着けることができるようにもなる。なんだったらランドナーという種類の旅用ロードバイクなんてのもある。場合によっては数か月ぶっ通しで走るために頑強で、当然沢山の荷物を積載しやすい構造にもなっている。もっとも教科書の持ち運びに不便だからってランドナーやバイク用バッグを持ち出すのはやりすぎではあるのだが。

 島原城のお堀周りを走りながら、他の通学中の生徒たちを追い抜いていく。島原城周辺にはうちの学校だけでなく、小学校に中学校に商業高校まであるのでこの時間帯は学生ばかりだ。

 うちから学校はそこまで離れてないから十分そこらの我慢だし。

 スピードが出るのは間違いないので、ギュンギュン他の生徒たちを追い抜いて行くのは純粋にその、優越感だ。

 すると後ろから声が掛けられた。


「おっはよー堂本くん」

「辻さん、おはよう」


 緑と青ともいえる独特の青チェレステカラーのBianchi。辻さんだ。

 なんでもこのチェレステという色、Bianchi発祥の地ミラノの空をイメージしたカラーであるらしい。イタリアはミラノの空は、きっと長崎は島原とはまた違う空の色なんだろう。


「今日は兄貴のバイクで来たんやね」

「そ。学校終わったらメンテに持って行こうと思ってさ」


 横に広がると車道の自動車を邪魔してしまう。縦になったまま俺たちは走って、そのまま校門へと駆けこんだ。

 辺りには登校してきた生徒たち。流石に危ないので俺たちはバイクを降りて押し歩きながら、ふと気になっていたことを辻さんに尋ねる。


「そういやロードバイクって、どれくらいの頻度でメンテナンスするものなん?」

「んー、どれくらい使ったのか、どれくらいのメンテするかによるとしか言えんとやけど」


 当たり前だけど、それこそブルベで一度に何百Kmも走るとなれば事前事後両方でちゃんとメンテナンスしておくべきだ。

 他にも大きくぶつけたりした時とか。


「そがん大げさでなくってもさ、やっぱり日常的に乗ってるんやったら二、三百Kmを目安にチェーン清掃したりすっべきやしさ。タイヤのすり減りとかワイヤーの錆とかチェーンの弛みとかあっけん、TUZI BICICLEウチでバイク購入したら、年一で持ってきてもらうごとしとっけん」


 それに、と辻さんが続ける。


「古いのはやっぱりガタが来やすかけん、新品に比ぶっともう少し気ィ付けたがよかたい」

「じゃあ、こいつも」

「そがんたいね。兄ちゃんがノーメンテのバイクば貸すワケなかけん程度は良かハズやけど、借りて一度も何もしとらんならやっぱり、そろそろやっとかんとマズかよね。毎晩走っとるとやろ」


 頷いて、俺はバイクを駐輪場の柱に立てかけワイヤーロックを掛ける。


「辻さんもメンテやっとる?」

「雨の日に乗ったらチェーンのオイルと清掃はね。でも毎日油ば注したらべたべになっけん埃や砂利ばひっつけて、逆に傷めることになるとさ」

「へぇ、毎日注油した方が良さそうやけど」

「ちゃんと洗ってからやったらね。でもプロならともかく、毎日洗うなんてできんやん? あと店のチェーンオイル使いすぎると兄ちゃんと父ちゃんからガラるっけん」


 遠い目をして言う辻さん。……使い過ぎて怒られたんだな。

 駐輪場は、クラスごとに停める場所が決められている。辻さんが自分のバイクをいつもの場所に停めるのを待って、並んで校舎に入る。


「プロのチームやと、専門のメカニックおっけん練習したら毎回水洗いするとって。で、チェーンもタイヤも消耗品やから試合の前には必ず替えるし、練習でもほんの何回かで交換するとってさ」

「うっわ贅沢な。もったいなか」

「やっけどプロやっけんさ。一度の練習で二百くらい当たり前に走るとかやしスピードも出すけん、やっぱ摩耗とか影響があっとやろ」


 なるほど、F1とかでも一度の試合でタイヤ替えたりするもんな。


「ロードバイクの大会で転倒すっと後続集団ば巻き込んで大事になっけんさ。それでグリップとかは特に――」 


 そんな話をしながら、俺たちは駐輪場をあとにした。


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