2-11. 今はまだ
†
「こん、バカどもが!!」
みのるさんの鉄拳が、ベンチに並んで座る俺と辻さんの頭に落ちる。
「兄ちゃん、痛い」
「当然だバカが。痛くせんと思い知らんやろうが」
深くため息を吐くみのるさん。
「ド素人の堂本くんを、いきなり百も走らせるかフツー? お前だってベテランじゃねぇぞ、事故ったら親御さんにどう説明すっとか」
事故、の言葉に俺と辻さんが顔を見合わせる。
脳裏に過るのはロックシェードのあたり。
「……ごめんなさい」
「その言葉は堂本くんに言え。っていうか、小浜経由って知ってとったろ堂本くん。だったらきみも同罪やけんな」
「はい、申し訳もございません」
「ったく。謝る時ばかりしおらしか……」
再びため息をついたみのるさんは、しゃがみこんで俺たちの顔を見た。
「なぁ。冒険すんなって言ってるんじゃない。むしろ色んなことにチャレンジするのは悪かことじゃなかさ。ばってん、無闇な危険は冒すべきじゃ無か。わかるよな」
俺たちは頷く。
「漫画やゲームじゃなかと。素っ裸でエベレストに登山する奴はおらんぞ。練習して、訓練して、ちゃんと準備して、必要な物ば揃えて、想定でくっ危険に対策ばして、手順ば確認して、そいがでん残った険しい壁に挑むとが冒険たい。そがんとじゃなきゃそいは冒険じゃなかけん。ただの無謀って言うったい。な」
「「――はい」」
ふん、と鼻を鳴らしてみのるさんは立ち上がった。
「それで、どがんすっとか」
「え?」
「この後たい。続くっとか、ここでリタイアすっとか」
ちらり、とみのるさんはバンを見た。
「残り三十km切っとる。殆ど登りは無かけん、そいだけヘロヘロでも休憩込みで三時間あれば行けるやろ」
時刻は午後三時ちょっと。
少し蒸し暑くはあるが、これ以上気温が上がることはないだろうし、雨もなさそう。
「……どがんしよう」
迷うように辻さんが呟く。
あと三十――それでも三十。
正直僕も辻さんも疲労困憊だ。
ここからの国道二五一号線は長い坂を下った後国見町を通って島原に続く。が、長崎・諫早・島原を繋ぐ大動脈なので、交通量は多い。帰宅ラッシュとも重なる。
可能かどうかで言えば、可能だ。
危険かどうかで言えば、危険だ。
辻さんは迷ってる。彼女の性格だ、やり遂げたいに決まってる。
俺は脚の変なところに、力を込めた。
「あたしは、続け」
「――――あ痛たたたたたッ!?」
あれ!? 思ったより痛いぞ!?
「ど、どがんした!?」
「攣った、左足、攣った!」
ベンチから転がって、左脚を伸ばす。
「攣ったのはどこよ」
「ひだり、ふともも、うらがわ!」
みのるさんが左脚を持ち上げてくれる。
「あ、たたた……!」
「……もう、しょうがなかね」
ふっ、と辻さんの顔から険しさが無くなった。
辻さんは、ここでのリタイアを宣言した。
帰りのバンの中で、辻さんと目があう。
「DNFやね」
「なんそれ」
「レースとかでリタイヤすること。Did Not Finish、完走していないの略」
「ふーん」
少し考えて僕は、
「じゃあ、DNFYってことで」
「Yってなんよ。なんで生えて来たん」
「Did Not Finished Yetの略」
目を丸くして、次に意図を理解した辻さんは吹き出した。
「――ぷっ。ふふふっ」
「くくっ、くふふっ」
「「あはははははは!!!」
つい、笑ってしまったのも仕方ないと思うんだ。
「おまえらなぁ……」
みのるさんが呆れた苦笑いをこぼしていた。
こうして僕らの初めてのロングライドは、DNFYということになった。
――完走してはいない、今はまだ。
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