釣り上手の没落騎士殿

森山沼島

第1話 スキルガチャ



 突然だが、栄えある騎士団候補生の一抹であるこのモーン・ブラウンは、いわゆる転生者である。

 

 いや本当に突然で申し訳ない。

 何故なら二度目の異世界人生で、前世を合わせても彼は今一番緊張しているのかもしれないのだ。


 この世界には魔力が在り、魔法が在り、そしてスキル・・・がある。

 選ばれた者に神が与えもうた加護とも言われるものである。


 魔力自体はあらゆる万物に少なからず宿っているが、誰しも魔法が使えるわけでないのと同じように。

 スキルもまた万人が得られる代物ではない。

 実際に満足に魔法が使えるかどうかは別として魔法適性を持つ者は十人に一人。

 そして、スキルを発現させられるかどうかは三百人に一人という割合であった。


 これは単純にスキル持ちが三百人の人間の中に一人という統計ではない。

 そのスキル発現者の多くをこの世界の貴族階級がまた占めていた。


 かく言うこのモンブラン……コホン。失礼した。

 この薄幸の転生者モーン・ブラウンもまたその貴族の端くれである。


 十代続くブラウン男爵家の末裔であり、ブラウン家の長男でその後継者だ。


 残念ながら、昨今の異世界転生者が転生後に問題無くすんなりと俺TUEEEできるパターンが減少傾向にあることに漏れず。

 御年十五歳になるモーンは現在 、人生の大いなる帰路ルーレットに立たされている。


「次! リーフ・スピード・ワイハー。前に出よ!」


「はっ!」


「おお…! 遂にリーフ様の番になられたか」


 晴れて王都での騎士団候補生のカリキュラムを終え、これから正式に騎士団入りする候補生達が集う王国の聖堂内に居合わす者達が熱を帯び出し、思わず場を弁えず身を乗り出す者が続出する。


 その喧騒の中、名を呼ばれて颯爽と席を立ってこの聖別の儀を執り行う大神官長の前に歩み出たのは正に完成された美そのもの。

 例えるならば、その美しさは水晶と水銀を用いたエルフの見事な工芸品にも勝るであろうと吟遊詩人が高らかに民衆に歌いあげるほどに。

 王国公爵令嬢にしてこの候補生の中で群を抜いて優秀である彼女が自身の銀色の髪を揺らす姿に、殆どの者が目が奪われるどころか心まで奪われてしまうのだろう。


 やがて、リーフ・スピード・ワイハーが神聖なる水鏡を挟んで大神官長の前で厳かに跪いて目を閉じ、静かに祈るような所作で頭を下げる。


 程なくして水鏡が虹色に煌めき、神官達がその揺れる鏡面を覗くと互いに興奮に頬を少し紅潮させながら満足気に何度も頷き合った。


「流石はかの“スピード”の名を賜りし血族の中でも最も才に恵まれた娘よな! 喜ぶが良い。リーフ・スピード・ワイハーが神より賜りし御加護は――『神速』のスキルであるぞ!」


 高らかに壇上の大神官長が儀式によって見定められた彼女のスキルを宣言すると、聖堂内の観衆のボルテージは最高潮に達した。


 成人前の十五(騎士学校の卒業年齢でもある)を迎え、かつスキルを持つ資質を持つ者のみが受けられるスキル公開判別こそが聖別の儀と呼ばれる、言わば王侯貴族との結びつきが強い騎士団で行われる催し物そのものなのだ。


「流石は次期騎士団長であらせられる! やはり御父上と同じく『神速』であられたか」


「これでリーフ様が赴かれる第一騎士団は、当面の間安泰なのは決まったな」


「それにしても今年は粒揃いだ。通年ならば聖別の儀に出られる者は数人ほどだが、今年はかのリーフ様も含めて二十余名。しかも、これまた稀有な『鑑定』スキルが三名もおったとはな! これは各団でも壮絶な争奪戦となるだろう」


「ううむ…どうにか、我が息子達を第一騎士団へ捻じ込むことはできぬものか…」


 聖堂には儀式に参加する騎士の卵たちとそれを執り行う神職者の他に多くの貴族籍に身を置く人物達が同席している。

 彼らの目的は勿論、この聖別の儀によって才覚を現した優秀な人材をどうにかして手に入れられないかという目論見があってのこと。


 騎士団員はそもそも貴族籍の者やその紐付きが多く在籍もするが、将来的には家督を継ぐ者もおり退団しなければならないこともある手前、大半は平民出身者である。

 もし仮に平民出身者の騎士団員に優秀なスキル持ちがいれば、是が非でも自身の家と血に取り込んで現在の地位を向上させたいと日々思うのがすべからず中堅貴族という生き物の考えである。

 貴族とは平民よりも偉い身分である分、その民を守るべく強くあらねばならんというのが王国の金言であるが故にだ。

 

 つまり、その優れた血族であるべき貴族の癖に魔法も大したことはなく、しかもスキル持ちでもない家は非常に辛い立場に立たされるのだ。


 そう、この転生者モーン・ブラウンもまたそんな窮地に立たされた弱小貴族の家に生を受けてしまった。


 モーンの祖父、そして現当主であるモーンの父親はスキルを発現できなかったばかりか魔法も使えなかったのだ。

 戦場に召集されてもただ他の貴族どころか民兵から嘲笑されて帰される祖父・父が泣きながら家で自棄酒をする様は彼にとって深いトラウマとなってしまっている。


 だが、神は決してブラウン男爵家を見捨てなかった!

 モーンが齢五歳の時、男爵領の神官によってスキルを発現する資質があると見抜かれ狂喜乱舞する父親によって有無を言わさず王都の騎士学校に送られ早十年。

 モーン・ブラウンにとってはそれが地獄の始まりであった。


 彼は純粋にただ、弱かった。

 歴代の騎士学校の候補生の中でもダンチであった。


 実技も座学も魔法もダメ。

 そもそも父親の血を濃く引き継いだ彼は魔法適性すら持たない。

 その時点で貴族として零点だが、騎士としても落ちこぼれていた。


 そんなモーンの唯一の希望こそがスキル。

 そして、そのスキルの明暗が判明する聖別の儀が。


 今日の結果次第。

 このスキルガチャの結果によってモーン・ブラウンの異世界人生が決まる!


(クソぉ…『神速』なんて普通に強い『加速』スキルの上位版。というか、何で『鑑定』持ちが三人もいるんだ? 実はアイツら転生者じゃないのか? もう人生勝ち組じゃないか。チートかよ!)


 ますます悪化していく顔色と貧乏揺すり。

 既に判明した超優秀スキルを持つ同期生に対してモーンは心の中で悪態を吐く。


 席に舞い戻ったリーフが送る意味有り気な視線に気付くこともないほどに彼の精神状態はネガティブになっていた。

 それも仕方ないだろう。

 本日、モーンの持つスキルが有能な代物でなければ、今後の騎士団での待遇も天地の差が生じるであろうし。

 貴族達のドラフトに名前が挙がらなければ、つまり、同格以上の他の貴族家からの嫁をゲットできなければ……三代続いたスキル不作の血族として、王国からブラウン男爵家は御家取り潰しの王命が下されることが既に決定しているのだ。


 そうなってしまえば、恐らくモーンは人生終了だ。

 あくまでも貴族としてだが、騎士団に所属できるかも危ういのだ。

 いや、むしろ最底辺の彼が持つスキルが使い物にならなければ騎士団は容赦なく彼を排除するだろう。

 騎士という存在は単なる職種ではなく、騎士団に所属するだけで平民であっても一代限りの騎士爵扱いとなるし、給金も平民の一般的な稼ぎよりもずっと高額なのだ。

 タダ飯喰らいの役立たずなど騎士団でなくとも要らぬ存在なのだから。


「良し、と。これにて本日の聖別の儀を終える!」


「あ! 大神官長…申し訳ありませんが、もう一人…」


「なぬ? あのリーフ・スピード・ワイハーをトリ・・にしようと提案したのはお主であろう!」


「うう…平に。こちらの不手際です」


「まったく、場が盛り下がらねば良いが。…なになに? モーン・ブラウン?(随分と変な名だのう) 貴殿が最後の聖別を受ける者となる。前へ進み出よ!」


(ぐぅ…! 遂に来たか。腹が痛いよ…親父ぃ)


 何故自分などが最後、いやよりにもよってあの同期の怪物ルーキーであるリーフ・スピード・ワイハーの後になるんだ?

 そう不満に思いながらも、モーンはすっかり鉛のように重くなった脚を引き摺りながら祭壇前へと歩み出る。


 周りからのまるで奇妙な生き物を見るかのような視線がガラスの如きモーンの精神に幾度も突き刺さるが、何とか涙と嗚咽を耐えて水鏡の前に辿り着き、反射的に力が抜けて跪くどころか平伏してしまった。


「む。随分と殊勝な心掛けだな? 貴殿は恥の身分(奴隷や犯罪者)でもあるまいに。さて、どれどれ……」


 光り輝く水鏡を覗き込む大神官長とその補佐に就く神官達。

 既にモーンの心臓は極度の緊張で破裂しそうになっており、この公衆の面前で嘔吐などできないと(結婚話が来る機会が余計なくなるから)必死に歯を食いしばる。


「「…………」」


 しかし、流石にこれ以上の静寂の間に耐えられなかったモーンが顔をあげると…なんと、神官達は言葉を失い、その表情は驚愕に凍てついていた。


 その様に他の面々も俄かに騒然とする。

 そう、まさか最後にとんでもないスキルが出たかのか?と…。


 我慢できずに期待と不安がないまぜになったモーンが堪らず口を開いた。

 本来であれば無礼なことであるが、それを止める者もいないほど異常事態であったのである。


「…? あ、あの…神官様。私のスキルは……」


「…………つ、『釣り』だ。そなたの賜りしスキルは『釣り』スキルであるっ」


「…は?」


 自身のスキルの如何を告げられも呆然とするモーンにそれを告げる大神官長の声が震える。


「「…………」」


 同じくその光景に沈黙する傍観者達であったが…。


「ぶふぅ!」


「っ!?」


 我慢できずに噴き出してしまった大神官長に釣られて他の者達も一斉に笑い声を上げるのであった。

 絶望するモーン・ブラウンと沈黙を貫く若干名を除いて。


 こうして、モーン・ブラウンのスキル『釣り』は結果として王国に有益な代物とは判断されず、王国からも他の貴族からも後ろ盾を得られなかったブラウン男爵家は没落してしまったのである。

 

 

 

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