第40話 スローライフ配信者。犬を洗う

 早朝。ガッサガッサと庭から音が聞こえる。


 もしかして泥棒が入ったのかもしれないと警戒心が高まる。


 肌寒い中ベッドから出た俺は用心しながら庭へと向かう。


 ダンジョン配信によって鍛えた俺の戦闘力を見せつける時が来たか。そう思いながら、庭へと行くとクロベーが庭に穴を掘っていた。


「クロベー。こんな朝早くから何しているんだ」


 時刻は6時より少し前。朝焼けの時刻。クロベーが庭に穴を掘っていた。


 まあ、別に犬が庭に穴を掘るのはそういうものだから別にいいんだけど、朝早くからは勘弁してほしい。


「レン。おはよう。今日は少し早く目を覚ましてな。どうも落ち着かないんだ」


「あー。気持ちはわかるな。なんか妙に眠れない時ってあるよな」


 夜に寝付けないのも困るし、朝早く起きすぎてもやることがなくて困る。


 しかも、朝早く起きたら、 それだけで昼過ぎからのパフォーマンスが心なしか下がっているような気がする。


 夕方になると疲労がピークに達して、死にそうになる。ブラック社畜時代にはよく経験したものだ。


 あの時は本当に睡眠のリズムとかが結構乱れていたからな。


「でも、庭に穴を掘るにしても静かにしてくれよ」


「すまない。レン。これは本能だから抑えられないのだ」


「じゃあ、仕方ないな」


 クロベーが穴を掘っている場所は、とくに何かを植えているわけでもないし好きに掘ってくれても良い。


 作物を荒らさないようにしてくれているのはまあまあ、ありがたいことだ。


 意思疎通ができるから、トイレも決められた場所にしてくれる。


 作物に小便を引っかけられたりしたらたまらないからな。


「それにしてもクロベー。お前、なんかにおわないか?」


「そうか? 我の嗅覚は人間の万倍もあるが、特に感じないぞ?」


「いや、なんか洗ってない犬のにおいがする」


 実際、クロベーを洗ってはいないんだけど。


「うーむ。自分のにおいというのは自分では気づきにくいものだな。ははは」


「なにわろてんねん」


 まあ、別にクロベーが臭くなろうとも、誰かの前に現れるということはない。


 実害は恐らく俺にしかないからいいんだけど……


「クロベーちょっといいか?」


 俺はクロベーの体毛を触ってみる。なんかごわごわとしていて、触り心地があまり良くない。


 これなら、白丸を撫でている方が癒される。あっちはふわふわ、もふもふである。


 パソコン作業で行き詰った時に撫でるとストレスが低減されて捗る。


「うーん。外で飼っているからか汚れやすいな」


「まあ、土遊びばかりしているからな」


 土や砂がクロベーの毛に付着してそれでごわごわしているのか。風が強くて砂埃が舞っている日に髪の毛がごわごわするのと似たようなものか。


「クロベー。お前、体洗った方がいいぞ」


「いや、どうせ洗っても汚れるのに、洗う必要があるのか?」


 どうやらこの犬には清潔に保つという習慣がないらしい。


 まあ、風呂も何もないダンジョンにてずっと暮らしていたのなら無理もない話か。


「体を洗うとさっぱりとして気持ちが良いぞ」


「む、そういうものなのか」


 しかし、急に洗うと言っても我が家には犬用のシャンプーがない。これは買いに行く必要があるか。


 というわけで、俺は最寄りのドラッグストアが開店する時間まで待った。そして、そこで犬用のシャンプーを購入して帰宅する。


「ふあーあ……」


 クロベーが大きなあくびをしているところに遭遇した。


 クロベーは退屈そうに犬小屋でくつろいでいる。


「クロベー。体を洗うぞ」


「うへえ……」


 なんだか嫌そうである。クロベーを家に上げる前にクロベーの手足を濡らした雑巾で拭きとる。


 流石に地面を散々歩いた足で自宅にあがってきて欲しくない。


「こっちが風呂場だから付いてきてくれ」


「わかった」


 クロベーは俺の家をキョロキョロと見回しながら付いてくる。


 初めて俺の家に入るわけだし、その光景に興味津々と言うわけか。


「レンの小屋はでかいな」


「小屋とか言うな。これは立派な家だ」


 そんな会話をしながら、俺はクロベーを浴室へと連れ込んだ。


 俺はお湯を出して、適温になるまで待つ。そして、シャワーに切り替えてクロベーに当てた。


「う、うわ! なにをする! レン!」


 クロベーは体をぶるぶると震わせて水しぶきを俺に向かって飛ばしてきた。


 水しぶきが俺の衣服にかかる。


「うわ、なにをするクロベー」


 別に汚れてもいい服だけど、なんか無駄に汚すのも嫌である。


「そっちこそなにをするんだ。レン。いきなり水をかけるなどひどいではないか!」


「こうしなきゃ体を洗えないだろ」


 俺はもう1度クロベーにシャワーをかける。するとまたクロベーがぶるぶると体を震わせてびちゃびちゃと水しぶきを飛ばす。


「うおっ……クロベー。ちょっと抑えてくれ。お前の巨体でそれやられえるとちょっとシャレにならない」


 犬は犬でも巨大なモンスターである。人間を背中に乗せられるくらいはでかい。


「仕方なかろう。これも犬の本能だ」


「お前……さては、なんでもかんでも本能と言えば許されると思っているな」


 クロベーはそっぽ向いてしまった。そんなにシャワーが嫌か。この犬は。


 でも、このまま洗わないわけにもいかない。外にずっといればノミとかが体についているかもしれないしな。


 体を清潔に保つのは健康を保つことと同じようなものだ。飼い主としてここは責任もってクロベーをキレイにしてやらないと。


「ほら、クロベー。大人しくしないと終わらないぞ」


「むー。ではガマンする」


 ようやく聞き分けが良くなったのか大人しくなったクロベー。俺はクロベーにシャワーを浴びさせる。


 もふもふだった体もなんだか貧相な体つきになる。犬は水に濡らすと本当に別の生き物になるな。


「それじゃあ、シャンプーで洗っていくぞ」


 俺はシャンプーを手に取り、それをクロベーの体に塗り込んでいく。もこもこと泡立ちクロベーの体が泡まみれになっていく。


「きゃ、きゃはは。レンくすぐったい」


「すぐに終わるからガマンしてくれ」


 と言ってもクロベーは体がでかくて、毛量も人間とは比較的にならないからそう簡単には終わらない。


 でも、こうでも言っておかないとクロベーも大人しくしないだろう。


 わしゃわしゃとクロベーの体を洗っていくとクロベーの体がぷるぷると動き始める。


「う、も、もう限界……」


 ぶるぶるぶるとクロベーは体を震わせて泡を周囲に飛び散らかす。


「うわ」


 俺の顔面にクロベーの体についていた泡が飛んできた。くそ、水だけじゃ飽き足らずに泡まで飛ばしてきたか。この犬は。


「やりやがったな! クロベー!」


「仕方なかろう。これもノルマだ」


 もう本能どころかノルマ扱いしてきたぞ。まあ、犬を洗うとなるとこうなるのは必然だけど。


 犬はノルマ感覚でブルブルやってんのか。


 俺はその後もクロベーの不意打ちに警戒しながらも体を洗っていく。


 全身をわしゃわしゃと洗い終えた後に再びシャワーでクロベーのシャンプーを洗い流していく。


「よーし、クロベー。これでキレイになったぞ」


「やっと終わったか? レン」


 クロベーはげんなりとした表情を見せている。まあ、犬にとってはお風呂は嫌なイベントなのかもしれない。


「それじゃあクロベー。風呂からあがるぞ」


 俺はクロベーを誘導して脱衣所へと向かった。そこでクロベーを古くなったバスタオルで拭き始める。


「ほら、今拭いてやるからな」


「う、うぐううう!」


 クロベーがなにやら唸っている。そして、またブルブルと体を震わせて水分を飛ばしてくる。もうこれには慣れたものだ。


「おお、結構毛並みが良くなったな」


 目に見えてクロベーの毛並みがつややかになっている。


 触ってみてもさっきまでのごわごわ感がなくなって、さらさらで良い感じの肌触りになっていた。


 これで毛が完全に乾いたらもふもふになるのだろうか。


「むー。たしかにレンの言う通りなんか、さっぱりとはしたな。でも、我は風呂はあんまり好かん」


 クロベーはまだ水分を吸った体毛のまま、不満を漏らした。


「まあ、いいじゃないか。風呂をガマンしたご褒美に野菜を食わせてやる」


「よし、それで手を打つか」


 クロベーが単純で助かった。

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