第三十一話 リアドロレウス

「ここか」


 俺ことヴァネット・サムは一人目的の場所まで辿り着いていた。

 ビーコンが示していたのは地下に続く洞窟だった自然にできたもののように見えたが、ご丁寧に階段が作られており、全くの自然物というわけではないらしい。

 俺は仮面を外しながら…。


「ササっと終わらせるか」


 ロミヤがリアドロレウスを守りに来たということは、俺たちがリアドロレウスに勝つ可能性があるということだ。リアドロレウスよりも弱い者が守りに来るとは考えにくい。


 ちなみに依然妖力は出たままだが、ここは吸血鬼がごろごろいる森であるため霊歌と直接出会わなければ大丈夫だろう。

 しかし萃那はそうはいかない。この状態での戦闘を見られると勘繰られる可能性がある。だからこそ俺は一人で歩を進めた。


「!」


 洞窟内に足を踏み入れた瞬間、辺りの雰囲気が変化したように感じた。重苦しい空気が俺の身体を若干鈍らせる。なるほどな。


「対妖魔結界…しかも吸血鬼特化型」


 これが恐らく霊歌が張った結界だろう。妖怪の力を鈍らせ、体感的に日光と同じ条件下にするもの。恐らく吸血鬼はこの結界の壁を突破することすら出来ない。

 しかし夜闇で力を得る吸血鬼と違い、鬼は日光で力を付ける存在だ。そのため妖力の弱体化分を差し引いても、俺の身体には結界の影響は無に等しかった。


 洞窟を進むこと数分、ようやくその終わりを見せた階段の先には開けた大空間が広がっていた。光源らしきものがないのにも拘らず、この空間だけは妙に明るく、石造りの壁や天井まで伸びた柱はまるで遺跡のような雰囲気を醸し出している。

 リアドロレウスの本体がいるとしたらここだろう。

 俺は辺りを警戒しながら、部屋の奥にゆっくりと歩を進める。

 俺の足音のみが大空間に反響し、それ以外の音は全くと言っていいほど聞こえない。まるで誰もいないようだ。否、こんなところに人がいるほうがおかしいんだけどな。

 そんな事を考えていると…。


「止まれ」

「止まったぜ」


 強烈な殺気と共に上の方から声が聞こえてきた。ようやくお出ましって訳だ。リアドロレウスの本体か。

 声のした方に視線を向けると一人の男が腕を組み、深紅の瞳でこちらを見下ろしていた。紫帯の刻印が視界に映る。


 あれ?頭のどこかでデジャヴを感じた。そうだ。こいつ森の入り口で俺たちの侵入を妨害してきた吸血鬼にそっくりなんだ。顔つきや声色、腕を組んで見下ろす姿勢まであの吸血鬼と重なる。ちなみに名前は忘れた。

 姿はそっくりだが、どこか雰囲気が違う。双子なのか?それとも吸血鬼は皆こんな感じ?


「速やかにここから立ち去れ」

「それは無理だな」


 ▲  △  ▲


「ここですかね」


 私こと兎梁 萃那はその階段の先に広がる大空間を覗き込んだ。真っ暗闇だった階段をとは違い、ここだけは妙に明るい。

 ここは霊歌に伝えられた青いビーコンの真下だ。流石はフォージア唯一の祓い屋巫女。元々知っていたのか、突き止めたのかはわからないがこの先にリアドロレウスの本体がいるらしい。つまりラジアンがいるとしたらこの先だ。尤もラジアンがこの場所を突き止めているかは知らないが…。


 鬼将山で言っていた話から察するに、ラジアンは復讐相手を誘きだすためにティモリヴァを復活させている。

 つまり、今回もリアドロレウスを餌に復讐相手をおびき出そうとしているのだろう。それが魔法使いのほうか、それとも岸翅 優魔のほうか、はたまた別の誰かかは知らないが、奴は復讐のためになら何でもやる男だ。きっとこの場所も突き止めていることだろう。


 私は持っていた松明を高速で振って炎を消し、後方に投げ捨てた。左右の安全を確認し、その部屋に足を踏み入れる。

 部屋の奥には男の吸血鬼(?)の身体が祭壇の上で眠っていた。吸血鬼は棺桶の中で寝るものだと思っていたのだが迷信らしい。


「あの男がリアドロレウスの本体。眠っているので簡単にやれそう…」


 否…こいつもしかして…。

 ゆっくりと腰の刀に手を伸ばした瞬間…。


「あれぇ。お姉ちゃんたちどうしてここに来たの?」

「キョエ⁉」


 不意に後方から声を掛けられて、私は肩を跳ね上がらせた。急いで振り返ると幼い容姿をした女の子がこちらを見上げていた。


「びっくりした!飛び出た心臓が止まるとこでした。誰ですか⁉」

「飛び出ちゃったんだ…」


 ▲  △  ▲


 俺ことヴァネット・サムは不敵な笑みを浮かべながら、目の前の吸血鬼にばれないよう背中でナイフを構える。

 対峙しただけでわかった。こいつは霊歌が警戒するに値する力を持っている。気配の消し方の上手さ、殺気の出し方。確かにこいつは危険だ。何故なら奴は霊歌の結界の中でもこれだけの妖力、魔力を保っているからだ。

 祓い屋の結界は基本的に妖力が強い妖怪程強力に働き、それ相応に弱体化させる

…レテーズ川の退魔の力と同じ性質だ。

 俺は妖怪と人間のハーフの上、鬼族だからこその結界の日光と同じ性質故の強化が施されているが、奴は吸血鬼特効の結界内にいる。それでもこれほどの覇気。


「お前がリアドロレウスの本体か」

「いいや、俺はただの通りすがりの吸血鬼Aだ」

「残念ながらお前はBだ。Aは森の入り口で俺が放り投げてきた。しかしなるほどな。ということは向こうで寝ている少女が本体かい」


 そう言って俺は部屋の奥の祭壇を指差した。その中央に置かれた台座に一人の吸血鬼が寝ている。

 一際目立つ位置に横たわる彼女は、まるで祀られているかのような印象を受ける。

 しかしピクリとも動かない。妖力からして生きているとは思うが…。


「そうだ。そして俺はリアの守護者、カルヤ・ルナサ。お前は源の巫女の使い…ではないか。あいつが妖怪をほっておくわけないからな」


 やはり妖怪同士だと妖力ですぐにバレてしまうな。否、いっそのこと都合がいい。鬼族の能力を隠さずにけりを付けることができる。

 俺は羽織っていた黒装束を脱ぎ捨てながら…。


「そうだな。俺は鬼族と人間のハーフ、ヴァネット・サム。悪いがお前が守っているその少女、始末させてもらうぜ」


 ▲  △  ▲


「貴方吸血鬼…ですか」


 私こと兎梁 萃那は目の前の少女を見て、そう言葉を発した。私の目利きは冴えているが、この少女だけはなにか違う気がした。赤い瞳に羽、恐らくは吸血鬼のはず…。否、冴えているからこそそんな見解に至ったのかも…。

 私の問いに彼女はにっこりと笑みを浮かべながら…。


「私?私は吸血鬼じゃないよ。お姉ちゃんたちみたいに人間でも妖怪でもないし~、魔族でも魔法使いでもない。私は世界で唯一系統樹から断絶された存在。外の世界の技術の集大成であり人類の最高傑作。リアウィール・シャーロットよ」

「へー。私は兎梁 萃那です」


 彼女が見た目とは裏腹に流暢な言葉を話し出したから後半は聞き流した。この子怖いんだけど…。


「一応貴方が顕現させている巨大な怪物を倒しに来たんですけど、今すぐ消してくれるなら見逃しても構いませんよ?」


 ▲  △  ▲


「また息の根を止めに来たってわけか」


 俺ことヴァネット・サムの前でカルヤ・ルナサは不敵に笑った。その言いぐさからして過去にも何度も刺客を送られているらしい。


「らしいな。観念してやられてくれ。この結界内ではお前は俺に勝てねぇよ」

「それでも俺には守らないといけない存在がいる」

「へぇ、それがその子、リアドロレウスの本体か」

「そういうわけだ。ということでお前には死んでもらう」

「あれ、お前が死ぬ流れじゃなかった?」


 誰がどう見てもこちらが優勢なこの状況で、まだそんな強気な発言をするカルヤに俺は後ろ髪を掻いた。確かに奴の実力は途轍もなく高いだろう。それでもこの状況で俺が負ける道理はない。


「ああ、さっきの言葉なら誤解だ。息の根が止まるのはお前の方だからな!」

「‼」


 その瞬間、途轍もない殺意が俺に押し寄せた。身体が震える。全身から危険視号が発せられ、今すぐ逃げろと本能が叫んでいる。


「リアの眠りを邪魔する者には死あるのみだ‼ルナソル破戒【黒血嵐舞】」


 その瞬間、辺りは黒い霧に覆われて…。


 ▲  △  ▲


「…何のこと?怪物?」


 私こと兎梁 萃那の問いに吸血鬼の少女リアウィール・シャーロットは苦笑いを浮かべた。まるでそんなこと知らないとでもいうような表情を浮かべ、小首を傾げる。


「とぼけても無駄です」


 私は勢いよく刀を抜き、彼女に突き付けた。

 見た目に惑わされてはいけない。きっと今までもこの容姿に騙され殺された者も多いだろう。だがこの子こそがアグレスの言っていた人類の最高傑作。納百何十という生命を奪った張本人。危険度極高の妖怪。

 そうでなければ最古の魔法使いアグレスが警戒する理由はない。

 リアウィールは少し俯いて…。


「…し、知らない。私ずっと巫女に言われてここでカルヤを守っていただけだもん!」


 カルヤ?祭壇の上にあるあれのことか?


「幼子だろうが知りません」


 そもそも幼子ではない。こいつは若い見た目をしているだけだ。

 リアウィールは俯いたまま…。


「うん。…わかった」


 と、再び視線をこちらに戻した。その目は私の事をじっと睨みつけている。


「人類に危害を加えるなら消すだけです」

「…させない!私…巫女に言われてるの。ここでカルヤを守っていたら絶対にカルヤを助けてくれるって!」

「…巫女?」


 頭の中に霊歌の姿が浮かんだ。なるほど、彼女が過去にリアウィールをここに封印したということか。それならこの場所を知っていたことにも説明がつく。

 リアウィールは後方に飛びあがり、背中に虹色に輝く巨大な魔法陣を展開させた。


「だからね。まだ殺されるわけにはいかないの。私は絶対にカルヤを死なせない!虹月陣顕現!」


 魔法陣が組みあがり、リアウィールが私に向けて手を突き出す。


「ルナソル破戒【橙陽狂乱舞】」


 その途端、先ほどまで虹色に輝いていた魔法陣がオレンジに染まり、そこから無数のエネルギー弾が射出された。それらは普通の光弾と異なり、球ではなく不規則な形で飛来してくる。


「ルナソル破戒【天羽々斬り】」


 瞬時に刀を構えた私は、それらを叩き切る。

 重い。圧倒的にスピカの光弾と比べても威力が違う。それでも覚悟していたほどではない。

 次々と射出されるエネルギー弾を走りながら避け、柱の後ろに身を隠した。流石に遠距離戦では分が悪い。何とかして近づかなくては…。


「足りない…足りないよ!カルヤを助けてくれないなら貴方は絶対に逃がさない。ルナソル破戒【蒼々海峡】」


 破戒の布告を耳にした私は柱に隠れつつ刀を鏡代わりにして、迫ってくる蒼い衝撃波を確認した。

 左右から囲むように迫ってくる攻撃を飛び上がって回避する。

 チャンスだ。リアウィールからは柱で私がどこにいるのかが見えていないはず…。

 先ほどまで隠れていた柱が衝撃波によって破壊された。

 リアウィールが柱のあった場所に目を光らせるが、そこにはもう私はいない。


「いない…⁉」

「おそいんですよぉ!」


 リアウィールの上に移動した私は刀を振りかぶった。瞬時にリアウィールは頭に手を回す。

 吸血鬼の弱点は頭と心臓だ。そこを同時に攻撃さえできれば彼らは再生できずに死亡する。だからこそ彼女は頭を守ったのだ。だけど…それは想定済みだ。

 リアウィールが頭をガードすると同時に上から彼女の両羽を切り落とした。その勢いで自分の体重も掛けて彼女の身体を蹴り落とす。


「!」


 一時的とはいえ羽を失ったリアウィールは自由落下し、私が上になる形で地面に彼女を叩きつけた。リアウィールが何かをする前に、私は刀を彼女の心臓に目掛けて振り下ろす。


「ルナソル破戒【白楓紅楼夢】」

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