第二十六話 ヴァンパイアフォレスト
俺ことヴァネット・サムは霊歌、萃那と共にレテーズ川付近までやってきていた。
レテーズ川に沿うように退魔の雷が結界を張り巡らせているため、今やこの辺りも安全なエリアと化している。
そのため、この辺りに来るのは実に一か月ぶりである。
燐火の力によってフォージアから魔物が駆逐され、レテーズ川に空いた穴は安全に塞がれた。今までは出来なかった護岸工事も完了し、フォージアの守りはより一層固くなった。
「これが噂の聖雷門ですか」
雷の結界とレテーズ川に被るように構えられた巨大な門を見上げて、萃那は感嘆の声を漏らした。
聖雷門とはフォージア内外を行き来するために設けられた、退魔の雷を通さない門の事である。
退魔の雷の強力さゆえに人類すらも通ることが不可能になった、レテーズ川を越えることができる唯一の道だ。この門はフォージアの東西南北に一つずつ、計四つ設けられている。
この門は退魔の雷を通さない役割を持っているため、万が一魔物に門が壊されても瞬時に退魔の雷がその場所を塞ぐというシステムになっている。
普段は門を閉じて外からの侵攻を防いでいるが、霊歌のように一部の権力者は安全が確認された時のみ、一時的にその門の開閉が認められていた。
霊歌は慣れた様子で門の衛兵に開閉の手続きを済ませる。
「見るのは初めてか?」
「はい、レグウスの仕事がなくなりレテーズ川に近づくことがなくなったので」
「え、君ら無職?」
「失礼な。臨時招集として警察の応援に赴いたりしていますよ」
魔物からの脅威がなくなった今、レグウスの大半は仕事を失っていた。
能力者であるため再就職は楽だろうが、以前までのように稼ぐことは難しいだろう。
また、俺たちのような成績上位者は聖雷門の衛兵や、警察として活動している。
「でも岸翅 優魔の捜査に関しては独自なんだろ」
「そうですね。私たちは正式な警察ではないので、主に犯罪者との戦闘が仕事なんです。基本的に捜査などはやらせてもらえないですね」
「ま、そうだろうね」
“警察”とは正式名称デタレントポリスと呼ばれる、能力者や魔法使いなどの異能を持つ者を監視する組織だ。一般人では太刀打ちできない異能を持つ者を抑制し、フォージアの治安を維持する役割を持っている。レグルスとは違い、能力者でなくとも就職できるが高いスキルが要求される仕事である。
そのため警察はティモリヴァを一人で圧倒した岸翅 優魔や、謎の魔法使い、SDの捜索を行っている。しかし捜査が難航しているのは言うまでもない。
衛兵から開門の許可が下り、聖雷門から起動音が鳴りだした。
「いつでも行けます!」
「よし、開門よろしく!」
衛兵に合図を送った霊歌は俺たちを扉の目の前まで連れていく。
「これ格好いいんだよね」
霊歌がそういった瞬間、扉に縦模様の亀裂が無数に入り、横から順に上下に抜けていく。
「お?」
「なうるほどそうやって開くんですね」
確かに格好いい。メカメカしいデザインの門に、無駄に大げさな仕組みで開閉される巨大な扉は中二心をくすぐられる。
「わぁ~!すごい!もう一回お願いします」
「いくぞ」
目を輝かせる萃那を置いて聖雷門を潜る。
「魔物が寄ってくる前にさっさといくよ。リアドロレウスを討伐したら帰りも見れるから」
「うぅ、はい…」
霊歌にあやされた萃那はしぶしぶ門を潜った。
▲ △ ▲
私こと西明 籠目はこっそりと聖雷門の上からヴァネットと萃那の背中を覗いた。
二人の横には源 霊歌の姿がある。
何故二人が霊歌と一緒に…。
私は聖雷門の外出概要を記録する仕事についている。霊歌曰く妖怪退治に行くらしいが、さっきリアドロレウスと言ったのか?面倒なことになりそうだ。
私は周りの衛兵に気づかれないように通信魔法を使用しようとした、その時…。
「なあ、君」
「!」
不意に後方から呼ばれ、私は瞬時に肩をすぼめた。
通信魔法がばれたのか、と後ろを振り返ると一人の男性が立っていた。
短い銀髪に鋭い目つき…間違いない。たまにこの聖雷門の監視に来る警察“銀髪”だ。
彼は名前こそ知られていないがその整った顔立ちから警察内部ではかなり有名らしく、特に女性警察官からは高い人気を誇っていた。
皆名前を知らないので“銀髪”。安直なネーミングセンスだが意外としっくりくる。
そんな彼がどうして私に…。
「なんですか」
「君は記録係だったな。彼らがどこに向かったのか知っているな?」
そう言って銀髪は萃那たちの事を指差した。
どおやら通信魔法の件ではないらしい。
しかし何故、この人は彼らの事を…。
私はおもむろに眉間に皺を寄せた。反射的に記録書を鞄の中に隠す。
警察の人間だから萃那たちに危害を加えるような真似はしないだろうが、如何せん怪しい。私の勘がそう囁いている。
「知っていますが。何か?」
「教えてほしいんだが」
「何故そんなことを…」
その瞬間、私たちの視線の先で萃那がこちらを振り返って…。
「!」
私は即座に聖雷門の腰壁に身体を隠した。
くそ。勘のいい奴だ。
それよりも、やばい。この男の前で変なアクションを起こしてしまった、と横を確認すると。
「え」
思わず声が漏れた。
銀髪は私同様に腰壁に姿勢を低くしていたからだ。異様に萃那たちの方を警戒しているのが表情から読み取れる。
何やってるのこいつ。いや私もだけど。
銀髪もこちらの様子に気が付いたようで目を丸くする。
「え、何やってんの君」
お互い様だろ。
「そちらこそ」
まさかこいつ萃那過激派か?そうでなければ隠れる意味もないだろう。ストーカーだったりして…。
「僕は立場的に一般人にはあまり見られてはいけなくてね」
「私もちょっと彼らと喧嘩して気まずかっただけで…」
「そ、そうか」
とっさの嘘でその場をごまかす。
沈黙が流れ、私たちはタイミングを見計らって立ち上がった。
「で、何故彼らの行先を知りたいんですか」
「それを教える義理はない」
「そうですか。なら私も貴方に情報を与える義理もありませんので」
「ああ、その必要はもうない」
「え?」
「これ返すよ」
背を向けた銀髪はそう言って書類を放り投げてきた。
なんとかそれをキャッチした私は驚愕した。それは先ほど鞄に隠したはずの記録書だったのだ。
「貴方いつの間に!」
私は顔を上げたが既に銀髪は姿を消していた。
▲ △ ▲
「退きなさい!はあぁ‼」
フォージアから離れただだっ広い草原で、霊歌の怒号と共に蜘蛛形の魔物、“ゴスモモ”の巨体が吹き飛んだ。
「キシュゥゥ…」
十数メートル飛ばされたゴスモモはそのまま力尽き、紫の霧となって四散した。
レベル6の魔物とはいえ、かなり危険な種だったことには変わりない。
それを霊歌は素手で倒していた。
「物理…」
萃那は自身の祓い屋のイメージが崩されたのか目を丸くした。
霊力を操ったりするものだと思っていたが、そのイメージは間違っていたのか、それとも霊歌が異例なのか。
「祓い屋って、霊弾撃ったり結界張ったりして戦うんじゃないんですか?私そういうの期待してたのに!」
「そうだけど、魔物にはあまり効果がないのよね。リアドロレウスと戦うときは見せて上げれるけど」
「え~」
「さて、そろそろヴァンパイアフォレストだね」
ヴァンパイアフォレスト。別名“日陰の森”とも呼ばれているこの地域は、一日中濃霧に巻かれており、年中直射日光が届かないことで知られている。日光が弱点の吸血鬼にとってはうってつけの住処であり、日光が力の源である鬼にとっては相性の悪い地でもある。
「あそこだな」
俺たちの視線の先に霧で覆われた森が姿を現した。
時間帯が夜なだけあってかなり雰囲気がある。
「止まれ。人間」
その声は上空から聞こえてきた。
見上げてみれば一人の男が腕を組み、赤く光った瞳でこちらを見下ろしていた。
「早速お出ましか」
俺は彼の背中から生えた翼に視線を向けた。間違いない。吸血鬼だ。
「誰だ、お前」
その吸血鬼は俺の呼びかけに応えるように地面に降りてきた。着地するや否や、自慢の翼は畳み込まれ、一瞬の隙に黒いマントに変わった。
「俺はヴァンパイアヴァロン、シリキ・ルナサ。日陰の森への侵入は許さない」
なるほど吸血鬼は縄張り意識が高いと聞いたことがある。
自分たちのテリトリーに他種族を入れることに抵抗があるのだろう。
シリキは不敵な笑みを浮かべながら俺たちの前に立ち塞がる。
そんな中、萃那がスタスタとシリキに向って歩き出した。
「別に許してくれなくていいですよ。それでは」
「おい、待て」
ナチュラルに横をすり抜けようとした萃那をシリキが制止した。
「はい?」
「聞いていなかったのか?ここは通さないと言っているんだ」
「え、そんなこと言ってませんでしたよね?」
「言ったぞ」
「許さないとは聞きましたけど」
「タ・シ・カ・ニ」
「それに私たちはリアドロレウスを退治しにきただけですよ」
萃那は腹を立てた様子で腰に手を当てた。
「だとしてもお前たち人間がこの森に入るのは固く禁じられている」
リアドロレウスの対処には吸血鬼も頭を抱えていると思っていたのだが違うのか?
否、鬼将山でも最初は童次が反対してたか。
「誰が決めたんですか」
「俺たち吸血鬼だ」
「そうですか。では…」
その瞬間、萃那は超高速でシリキの横を通り抜けた。
「早っ!」
能力を使用した萃那の速度に反応できるわけがなく、シリキは怒号を発するしかない。
「おいコラ‼犯罪者‼」
「犯罪者は私ではなく、人間がこの森に入ることを許した貴方ですよ!」
上手い返しだな。
萃那の姿は霧に紛れて見えなくなった。
「じゃ、俺も」
「駄目だ」
軽く片手を上げながらシリキの横を通り抜けようとしたら止められた。
おかしいな。かなり自然に行けたとおもったのに。
「ちっ、霊歌は先に行って萃那の面倒を見ろ。俺は後から追いつく」
そうして俺はナイフを取り出そうとして…。
「いや、妖怪相手なら私の方が得意だ。君が行きな」
霊歌が俺の前に割り出た。
確かに妖怪相手なら霊歌の方が有利にことを進めるだろう。
今は一刻も早く萃那を追わなくては迷子になってしまう。
「そりゃ、ありがたい」
「あの子の面倒をみるなんてやってらんないよ」
俺は内心で舌打ちをする。
「面倒な方を押し付けられたか」
そうして俺はシリキには目もくれず森に入ろうとすると…。
「おいおい、通さないと言っている」
「だからどうした」
俺は前方に出されたシリキの腕を掴んで後方に投げ飛ばし、その瞬間猛ダッシュするのであった。
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