第二十四話 萃那の人探し2
「…そうか!なるほど、確かに妖怪嫌いな源の巫女なら!」
何かを閃いた萃那に俺ことヴァネット・サムは疑問符を浮かべる。
「?そういえば人探しをしていると言っていたな。誰を探しているんだ?」
「災厄妖怪ティモリヴァを倒した者ですよ。私たちや籠目、鬼族の他に鬼将山に来ていた者がいるんです」
「ああ、鬼族が目撃したフォージア方面に飛んでいった魔法使いと、岸翅 優魔という人間か」
俺たちは直接その二人を見たわけではないものの、ティモリヴァを圧倒した岸翅 優魔が只者ではことはわかる。
萃那曰く、レグウスのトップ2を凌ぐほどの実力者にも拘わらずその正体は不明。フォージアの住民名簿にもその名前は刻まれていなかったらしい。
謎が深まるばかりだが、これが萃那の調査結果なら俺たちにはどうすることもできない。
「ラジアンと会話したときに聞いたんですよ。ティモリヴァを封印した者、彼の復讐相手はかつて草薙の剣を持っていたと」
萃那の頭に浮かんだのはスピカの顔だ。彼女が父の敵だと信じて疑わなかったが、別の可能性が提示された。
スピカが持っていた剣は、かつてラジアンの復讐相手の者だったということで、その者は岸翅 優魔かその魔法使いのどちらかという可能性が高いのだ。
ティモリヴァを圧倒したという点から岸翅の可能性が高いが、スピカは草薙の剣を杖の代わりにして魔法を使っていたため、魔法使いの可能性もある。
「お前の父親を殺した奴のか」
「はい。そして童次さんが、ラジアンが来たと発言しているのを目撃しています。つまりあの時あの場所にいたんですよ!私の父を殺した奴が!」
萃那は珍しく声を張り上げた。
あの場に自分の父親の敵がいたというのに取り逃がした。その事実はいつになく萃那は感情をあらわにさせる。
俺は間を窺って問いかける。
「ん、でもおかしくないか?ティモリヴァを封印したのは鬼族なんじゃ…」
「そこは私もわかりません。ラジアンと鬼族の情報が食い違っている理由…」
鬼族の伝承ではティモリヴァを封印したのは昔の鬼族と言われていた。それにも拘らず、ラジアンの言葉から推察するにそれは鬼族ではないことになる。第一に、鬼族がラジアンの復讐相手なら、鬼将山に住んでいるのだからティモリヴァでおびき寄せる必要はなかったはずだ。
俺のようにフォージアに住んでいる鬼族は異例中の異例である。
数秒頭を捻った俺たちはついに考えることを放棄した。
「それならスピカっていう魔族は?」
「彼女の線は限りなく薄くなりました。第一に彼女は進んで人を殺そうとはしていなかったんです。彼女は私の父を殺したのも否認していました。それに私の父の実力なら彼女に負けるとは到底思えない」
「思い出補正ではなくて?」
「それはあるかもしれませんね」
そう言って困ったように淡い笑みを浮かべた萃那は言葉を続ける。
「でも私、目利きには自信があるんです」
萃那は馬鹿というイメージが根付いているが、彼女の観察力、そしてそれを基にした推察力は控えめに言ってかなり高い。
元警察の父親の血を引いているからか、日々の言動には幼稚な部分が見え隠れしているが、得た情報から幾つものパターンを予測し、最も信憑性の高いものを導き出す点で言えば、レグウスの中でも他の追随を許さないのだ。
「それは俺たちも認めているが…」
「3年前、私はヒバ・ロベリアを含む勇者パーティーに会ったことがあるんです。そこで確信しました。ヒバ・ロベリアよりも私の父のほうが確実に強かった」
「なるほど。勇者という肩書から俺たちはヒバ・ロベリアが最強だと思っていたが、違ったということか」
萃那は無言で首肯した。
「ヒバの強さを30としたら私の父は36でした」
「それ5と6じゃダメ?」
「どういう意味ですか?」
俺の突っ込みに萃那は真顔で彼を見上げた。
そうか、こいつ馬鹿なんだ。
瞬時に全てを察して納得した俺は萃那から目を逸らした。
「否、なんでもない」
萃那は数秒間無言で俺を見上げていたが、スッと真剣な表情に戻り再度語り始めた。
「だからこそわかるんです。私の父がスピカに負ける要素はなかった…」
魔王を封印したヒバ・ロベリアよりも強い存在が、萃那の父親、兎梁 加月。確かにそれを聞くと魔王軍の幹部であるスピカに彼が負けるイメージは出来ない。
「だから岸翅 優魔とその魔法使いが怪しいと」
「はい。しかし、岸翅 優魔の名前はフォージアの住民リストのどこにも載っていませんでした。それで取り敢えずその魔法使いを探していたんです」
「だから魔法のように傷が癒えると評判の爽楓影薬にきたのか」
「そうです」
しかし爽楓影薬の回復薬は不死身の身体である湖影の血液から抽出されたものである。だからこその回復力なのだが、萃那はそれを魔法の類だと推察していたらしい。
一つの候補先を失った萃那は視線を落とした。
「そうか…それで妖怪退治を生業にしている巫女ならティモリヴァについて知っていることがあるかもしれないと…」
「はい」
妖怪嫌いの源の巫女ならティモリヴァを情報、主に封印した者のことを知っているかもしれない。彼女から情報を得られれば、ティモリヴァを封印したのが岸翅か魔法使いかくらいは判断できるだろう。
「しかし魔法使いだった場合。探すのは困難だ。フォージア内だけでどれだけの魔法使いがいると思っている?」
魔法使いはかなり人気の役職である。能力や腕っ節、運動神経に左右される戦闘役職よりも比較的安全で、練習さえすれば個人差はあるものの実力は着実に上がっていく。前衛役職は本物の実力者しか役に立たないが、魔法使いなどの後方支援薬はそこまで実力がなくても役に立たないことはない。
魔法は能力よりも発現する可能性が高く、練習さえすれば基本的に誰でも使いこなすことができるのだ。俺や萃那のような前衛職でもある程度の基本魔法は使用できる。
例外もあるが…。
頭に狭霧の顔が浮かんだ。
萃那はすかさず訂正する。
「いえ、ヴァネットさんが言っている魔法使いは職業、私の言っている魔法使いは種族です」
「というと?」
詳細を求められた萃那は語り始めた。
「主に魔力で魔法を使う役職が職業の魔法使い、スピカや籠目がそれです。対して種族の魔法使いは、体内で魔力とは別にマナというエネルギー成分を自然エネルギーから調合することのできる種族の事です。特徴としては長寿、唯一飛行魔法を使用でき、魔法の扱いが圧倒的に優れているといった感じです」
「つまり鬼族が目撃した魔法使いはほうきで飛んでいたため種族のほうだということか」
「はい。飛行魔法はマナと魔力の性質の違い故に、人間では取得できない魔法ですからね。そうなってくると数は大分減ります」
「しかし種族の魔法使いなど聞いたことないぞ」
「え?4年前の魔法使い狩り事件で有名だったじゃないですか」
「あ、そうだっけ?ハハ…」
しくじった。
心の底からそう思った俺は後ろ髪を掻く。
3年前まで鬼族と共に鬼将山で生活していたために4年前のその事件の事を知らなかったのだ。
萃那にはまだ自分が鬼族との混血だということを伝えていない。先程の湖影の件から別に伝えても退治はされないだろうが、フォージアに住んでいる理由などを聞かれると萃那の知っている狭霧の過去と矛盾が生じる可能性がある。あまり狭霧の正体の件については広めないほうが得策だろう。
自ら墓穴を掘った俺は仮面の下で冷や汗を垂らす。
しかしきっと大丈夫だ。なぜならこいつは…。
「まったく。世間知らずですね」
馬鹿だからだ!
仮面の下でニヤリと笑って見せる。
「む!今誰かに馬鹿にされた気がします!」
なんでわかるんだ。
相変わらず間のいい奴だ。
しばらく辺りを警戒していた萃那はやがて本題に戻る。
「話を戻しますが、4年前に魔法使いが無差別に殺害された迷宮入り事件ですよ。2300人近くもの魔法使いを殺害した犯人は未だ逃走中。それ以来、魔法使いは種族を隠して生活するようになり、現在の生存人数は100人程度とまで言われています」
「ほう」
世間知らずな俺のために、説明口調になっている萃那に適当に相槌を打つ。
「ですが私も人生で魔法使いを殆ど見たことないので見た目での特定は難しいです」
「狭霧の魔力探知は?」
「魔法使いと人間の完璧な違いって体内でマナを作れるかどうかしかないんですよ。狭霧はマナを感じ取ることは不可能なので無理です」
萃那の視覚も狭霧の魔力探知も使えないとなると、俺たちに魔法使いを探す手段など残されていなかった。それを実感し少し悩んだあと…。
「…絶望的じゃね?」
と、萃那に苦笑いを浮かべる。
しかし萃那はふふん、と自信気にドヤ顔を浮かべた。何故この状況でその顔ができるのか甚だ疑問である。
「だから先程みたいに怪しい人を片端から洗っていくしかないんですよ。てことで源神社に行きましょうか」
ナチュラルに俺を連れていこうとする萃那に、一歩後ずさりして…。
「え、俺はこの後用事が…」
と、咄嗟に出まかせを言う。
この後狭霧のお見舞いに行ってようやく買えた爽楓影薬の回復薬を渡そうと思っていたうえ、鬼族との混血であるヴァネットも源の巫女に対して忌避意識を持っていたからである。しかしそんなことを知らない萃那は彼の腕を掴んで逃走を阻止してきた。
「先程私とご飯食べに行こうとしていたじゃないですか。それにレグウスは活動停止中です。嘘ついたって駄目ですよ」
「ぐぅ…」
「あ、ぐぅの音は出るんですね」
「確かにそうだが…」
「じゃ、ヴァネットさんも源神社行きますよ!狭霧さんはまだ安静期間なので」
その安静期間を短縮しようと思っていたんだが…と、心の中でため息をついた。
力ずくで突破しようともヴァネットは萃那の速度には勝てない。肩を落とした彼は半ば強引に萃那に同行させられていった。
「神社はここから反対方向にあるので少し走りましょう」
「えぇ…」
「えぇの音も出るんですね」
「そんな言葉ないだろ」
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