第三章ヴァンパイアフォレスト編~封じられた厄災、リアドロレウス~
第二十二話 ヴァネットの帰還
フォージア南端に位置する街“ラグナポート” 。
ここは先月、レテーズ川の干上がりによって魔物の襲撃を受けた地であり、今でも復興作業が進められていた。焼け落ちた建物の殆どは魔法により再建が始まっていて、既に以前の活気を取り戻しつつある。
その街並みの中、周りが建物群に囲まれた旗地にひっそりと構えられた薬屋、“爽楓影薬” 。
俺ことヴァネット・サムは一か月ぶりにその店の扉を開いた。
チリーンと入店を知らせるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ~」
その音を聞きつけ、店の奥から一人の少女がカウンターに顔を出した。
ここ爽楓影薬の店主、湖影 三である。
彼女は俺の古くからの友人であり、俺はこの店の常連であった。
彼女は入ってきた客の姿を確認するなり、その営業スマイルを崩して目を丸くした。
「よう、湖影」
そう言って俺は軽く手を挙げた。
ちなみに俺と湖影が顔を合わせるのは、魔物の襲撃時に助けて以来である。
「ヴァネット!無事だったんだね。鬼将山で色々起こっていたからずっと心配してたんだよ」
「ああ、ありがとう」
俺はぶっきらぼうにそう言って傍にあった椅子に腰を掛けた。
そうして店内を見渡して一言。
「店は無事だったんだな」
「うん。すぐに貴方がベルツァゴートや他の魔物を倒してくれたから」
「ああ」
魔物の襲撃で一番の被害を出したのは、ベルツァゴートの吐いた炎である。個体数こそ少なかったが、鉄をも溶かす高熱の炎によって建物ごと消滅した被害者も多い。
この辺りはその被害を免れたのであろう。爽楓影薬を含め周りの建物は綺麗なままだった。
「お茶いらないよね?」
笑顔でそんなことを尋ねてくる湖影に、俺も笑顔で軽く頭を下げた。
「頂きます」
互いが互いに気遣いをしないからこその会話だが、それが二人にとっては日常であり、なんとも心地がいい。気遣いをしないというのは、仲がいいことの裏返しでもあるのだ。
「面倒臭いなぁ」
「ありがと」
愚痴を吐きつつ店の奥へと向かう湖影の背中に、俺は感謝の言葉を投げかけた。
普通の声量で言ったのだが、聞こえなかった振りをしたのであろう。湖影は歩く速度を速めただけでこちらに反応を示さなかった。
(調子いいなぁ)
そうして湖影は急いでお茶を入れる。やがて二人分のお茶をお盆に乗せ、カウンターに戻ってきた。
目の前にいつもの紅茶が置かれる。
「頂きます」
「どうぞ~」
俺はカップを手に取り、まだ湯気が昇る紅茶を口に含んだ。うん、いつも通り美味しい。この店は薬屋だがフォージア一紅茶が美味しい店と聞かれたら、迷わずここの名を上げるだろう。
俺が紅茶の味を嗜んでいると、湖影から優しい視線が向けられていた。それに気づいて視線を合わせると、湖影はクシャっと笑って見せる。
「ヴァネット。なんか雰囲気変わったね」
俺は「…わかっちゃうか」と照れ隠しのような笑みを浮かべた。一呼吸を置いた俺は視線を合わせないように背中から天井を見上げる。
「俺さ…復讐止めたんだ」
復讐を止めた。それは俺にとっては重大な告白だった。
俺が3年間、狭霧への復讐だけを生き甲斐にしていたことを湖影は知っている。長い付き合い故に、湖影は俺に殺害用の毒や睡眠薬などの医薬品の提供を続けてきたのだ。
3年前に俺の身に何が起こったのか、そして何故狭霧の命を狙うのかも彼女は理解している。だからこそ、俺は湖影に驚かれると思ったのだが…。
「!…そう、それは良かった」
返ってきたのは、それを喜ぶ言葉と満面の笑みだった。
「良かった?」
心底嬉しそうに応じた湖影の言葉に、俺は疑問符を浮かべた。
湖影は俺の復讐に制止もせず、手助けすらしてくれたものだから、そんな返事がくるなんて微塵も思わなかった。
呆けている俺に気づいた湖影は少し気まずそうにして、それでも笑みだけは崩さずに語りだした。
「あ…貴方最近、復讐の事ばかり考えて苦しそうだったから、つい…。でも部外者である私が復讐を止めろ、なんて貴方の苦しみを否定しちゃう気がしてずっと言えなかった」
「湖影…」
きっと俺の気持ちを尊重してくれたからこその行動だったのだろう。復讐なんて一般的に考えたら、良くないことだと誰にでもわかる。
そんな簡単な答えにようやく辿り着き、湖影になんて返せばいいのかわからず仮面の裏で唇をかんだ。
「でも、貴方はきっと復讐なんてしないって信じてたよ。睡眠薬や毒を毎月のように買っていたから」
「なんか関係あるか?」
「毒を盛るところまでいっても、途中で断念して捨てていたんでしょ?だから毎月毒が必要だったんじゃないの?」
「すべてお見通しか」
「何年の付き合いだと思っているの?」
自分の行動が全て見透かされていて、改めてその付き合いの長さを思い知らされる。
気さくに笑ってくれる湖影に少し心が救われた気がした。
「でもよかったよ。俺の判断は間違っていなかった」
「狭霧君を殺さなかったこと?」
「ああ。結局は俺がただただ幼稚だっただけなんだ…。あいつは俺の本当の復讐相手ではなかった」
その事実が分かったのはつい先月の事だった。
SDスピカ。彼女との対峙により俺はその情報を得ることになった。
つまり3年間の復讐劇は全て意味無かったということになる。
それでも全て無駄だった、という喪失感よりもやっと解放された、という開放感が上回ったからこそ、ここまで清々しくなれるのだろう。
「じゃ、これから貴方はどうするの」
「使命ができた。俺は狭霧にしてきたことを償っていく」
「…それって!」
「ああ、この先俺は狭霧を守り続ける。あいつの記憶が戻るその時まで、この命に代えてでも」
そう宣言した俺を見つめた湖影は優しく笑って見せた。
「そう…お帰り、ヴァネット」
「ああ、ただいま」
そう言って俺は仮面を外した。俺の仮面の裏を知っているのは鬼族、そして先月見せた狭霧を除くと湖影だけだった。
そんな湖影でさえ俺の素顔をみるのは久しぶりで、それ以上に俺の笑顔などもっと久しくぶりだろう。
「そうだ、湖影。欲しい薬があるんだが…」
「ん、何?」
その日、俺たちはやっと一つ、3年前に失ったものを取り戻した気がした。
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