第十一話 スピカ

「私ね…ずっとずっと、待っていたんだよ?レグルス。お兄さんたちが来るのを」


 そう言って赤毛の少女は、俺のそばで優しく笑った。

 若々しい顔立ちは萃那とはまた違った可愛さを纏っており、綺麗に纏められたツインテールや、透き通るような赤い瞳から容姿端麗という言葉が浮かんでくる。

 特徴的なのは右のツインテールの束先のみが青色にグラデーションが掛かっていることだ。華やかな赤髪に青髪という異様ともとれるその配色は見る人を神秘的な感覚に陥らせる。


「偉いよね!私!うん!」


 にこやかな表情を浮かばせた彼女を萃那は睨み飛ばした。


「狭霧さん!近すぎます。離れてください!」

「!」


 萃那の声で我に返った俺は、その少女から距離をとった。

 基本的に俺は敵には常に警戒心を働かせているつもりだ。いつ奇襲されても対応が可能なぐらいには、接敵中でなくとも周りを注視している。特にここ数日は萃那を狙った殺人鬼の奇襲に24時間警戒していた。

 だからこそ俺は今の状況に困惑していた。彼女を見たとたん俺の中での警戒心がガラス細工の如く破壊されたからだ。能力の類か何かが効力を発している。


 反射的に能力で彼女の魔力を検知する。

 魔力には個性があり、それは思うように変化させられるようなものではない。

 だからこそ、魔力を吸収する能力を持っている俺にとって、放っている魔力というのはその者自身を移す鏡になるのだ。

 つまり…この少女は間違いなく魔族だ。


 魔族とは魔王の血、または魔王の魔力を継いだ者の総称のことだ。この条件に当てはまれば人種問わずこの括りに分類される。魔物との違いは知的生命体であるかどうか。

 何よりも特徴的なのが、魔族は絶望することによって魔力が失われるということだ。


 萃那は見ただけで、俺の魔力検知よりも早くこの少女が魔族だと見抜いたわけだ。その観察眼には流石としか言いようがない。


 そしてここに魔族が居るということは、レテーズ川付近のレグウスは壊滅状態なんじゃないか?市街地には魔物、魔族を出来るだけ近づけさせないように戦っているというのに…。

 否、恐らくこいつの狙いは市民ではない。レグウスを狙っていることと、この立ち振る舞いからしてあの狙撃手の仲間、つまり狙いは萃那だ。

 だが今は一対一。俺がこいつの相手をしている間に萃那を逃がすくらいはできるだろう。


「安心してくれ。今来たとこだから。俺たちはお前の事全然待ってないよ」


 俺は萃那を赤毛の少女から守るように立ち、彼女に見えないように萃那に手で“下がれ”とサインを送る。萃那もそれを理解したのか、さりげなく後方に下がり始めた。


「スピカ。それが、魔王様から貰った私の名前」


 魔王の使者か。やれやれ、どうやら俺たちは面倒臭い相手に喧嘩を売っていたようだな。

 だが、あの殺人鬼の集団が魔王の使者なら色々と合点がいく。萃那を殺そうとしたのは勇者候補の一人だったからなのだろう。同様の理由でヴァルが襲われた理由も説明がつく。

 そして、最初はマークしていなかった俺がかなりの実力者だったということが発覚し、今回は俺を襲ってきたと…。

 つまり奴らの目的は、魔王に歯向かうような実力者を始末することという訳か。


「そうか、それは失礼したなスピカ。俺は屈魅 狭霧だ」

「変な名前~」


 俺の名を聞いたスピカはからかうようにかうように笑った。


「…初めて言われた」


 出来るだけ俺に注意を引き付けるため、スピカとどうでもいい会話を続ける。


「それで俺たちに何の用だ?」

「ん~?デート?」

「デート?」

「デート」


 突然の意味不明な単語に俺は小首を傾げる。そんな俺にスピカは色気のある上目遣いでにこやかに告げる。


「お兄さんをここから先にはいかせないのが私の役目だからさ。付き合ってくれる?」

「悪いがおm…スピカとデートの約束をした覚えはないんだが。お引き取り願えないか?」


 俺がそう言うとスピカはからかうように声を大にして笑った。あの殺人鬼の撤退の瞬間の高笑いを不意に思い出した俺は彼女を警戒すると同時に辺りからの狙撃、浮遊する馬車の存在にまで気を配る。


「アハハ!デートの約束はお兄さんじゃないよ…私が言っているのは、もう一人のほう」

「!」


 やはりこいつは萃那を…。


「でも貴方をここに拘束するのが私に与えられた使命だから…デートは出来ないんだけどね…」


 残念そうに唇を尖らせるスピカに、敵意は感じられない。殺気の隠し方が上手いのか、本当に戦う気がないのかはわからないが、警戒することに越したことはないだろう。

 しかし、こいつは俺をここに拘束するのが役目だと?なら考えうるのは萃那のみを攫う可能性だ。

 前回俺に萃那を守られた経験から、俺の介入を不可にしてくる作戦が一番しっくりくる。


「萃那が狙いじゃないのか?」

「ああ、そこのお姉さん?貴方は私の管轄じゃないのよね。殺してほしければ殺してあげるけどどうする?因みに貴方はこのお兄さんじゃなくて、今すぐ他の友人と合流するのが賢明な判断だと思うわよ」

「どういう意味ですか」


 俺の後ろに隠れていた萃那は、姿を現さないままスピカに問いを投げかける。


「お姉さんの寿命が変わるって話。ここに留まるなら私は貴方を殺すしかなくなるわ。この状況下で皆忙しいから。私の組織は成果主義のくせに賃金は一定だから、わざわざ手間のかかることしたくないのよね~。背中を見せて逃げる者に私は寛容なのよ。来る者生かさず、去る者追わず」

「ここで萃那を逃がせば見逃してくれると?」

「私は見逃すわ」


 俺の問いにスピカはさらりと答えてみせた。本当に萃那に興味はないらしい。なら萃那を逃がさない手はないと俺が考えていると…。


「ただし前線に向かってくれるならね。他の組織のメンバーが見逃してくれるかは別だけど」


 と、心底面倒くさそうに続ける。


「どういうことだ」

「機密情報だから深くは話せないわ。でも私の言ったとおりにお姉さんが動いてくれるなら殺しはしない。で、どうする?」


 スピカの問いに俺は頭を悩ませる。

 つまりこいつらの狙いは萃那を生きて捕まえることで、拉致がしやすい前線に行かせようって魂胆なのだろう。そのための俺の拘束。なら萃那を前線には向かわせたくない。こいつを騙してこっそり後衛に逃がすのも可能だが、その場合萃那の命の保証が出来ない。それなら…と、俺は不敵な笑みを浮かべて走る構えをとる。


「悪いが俺はお前を無視して前線に上がらせてもらうぞ。お前一人くらいなら抜くのは簡単だ。さあ、お前は俺と萃那どちらを優先すべきだろうな」


 こうすればこいつの立場上俺を追いかけてくるしかないだろう。そうすれば萃那を前線に向かわせずに逃がすことができる。

 そんな駆け引きを仕掛けられたスピカだが、彼女はいたって冷静で先ほどと変わらない笑みを張り付けていた。


「そりゃ、お兄さんだよ。貴方を前線に行かせないのが私の使命だからね」


 と、口では言っているが彼女は俺を追いかけようとする素振りは見せない。確認のためまだ走り出してはいなかったが、なるほどスピカがそう言うならこの作戦で行けるかもしれない。

 再びニヤリと彼女に笑みを浮かべた俺は「じゃ、萃那は諦めてくれ」と捨て台詞を吐き、足に力を込める、その瞬間…。 


「時にお兄さんよ、私が地割れを引き起こした犯人だと言ったらどうなさる?」

「なに⁉」

 スピカのその一言でこの作戦は不発に終わった。逃げの体勢を崩し彼女に向き直る。


「残念だったね。前線に逃げるお兄さんを私が追いかけてくると踏んだんだろうけど、お兄さんにとって私を倒すことが最優先事項になってしまった。ちなみに私はここに残るよ☆」


 確かにスピカが地割れを起こした犯人だとしたらここで捉えるのは必至。さもなければフォージアは永遠にその防衛機能を失うことになる。つまり彼女をここで倒すまたは捉えなければ、俺は前線には行けない。


「嘘かもしれないだろ」

「見てみる?」


 俺の疑念にニヤリと笑ったスピカは地面に手を当て、小さな魔法陣を手の平に顕現させる。その数秒度俺たちのいる地点で小さな地震が発生した。規模は小さいが、これはあの地震を彼女が起こしたということを裏付けている。

 地殻変動を引き起こすことができるものなど、魔族であったとしてもそうそういないはずだ。一体彼女は何者なんだ?


「ま、そういうこと☆」


 にこやかにピースを浮かべるスピカに心の中で舌打ちをする。

 正直、俺一人で萃那が逃げるまで足止めできるかわからない。先程まではその作戦も視野に入れてはいたが、これほどの実力を見せつけられては流石の俺も狼狽えざるをえない。

 実際に地震は未だ続いている。ここで萃那を逃がす選択をとるなら、死ぬことはないだろう。

 しかしスピカを倒そうとすれば、こちらがやられてしまう可能性もある。できるなら萃那を逃がしたいが、一人でスピカに挑むのはなかなかに面倒だ。

 さあ、どうする、と俺が悩んでいたその瞬間…。


「私はここに残ります!」


 と、萃那はそんなとんでもないことを口に出した。萃那がここに残った場合、恐らくあの殺人鬼や弓使いが参戦してくる、流石に萃那と俺では奴らと戦うことはきつい。だからこそ、それを提案してきた萃那に俺は動揺を隠せずにいた。


「オッケ~」


 軽い反応でOKサインを作るスピカ。


「何言ってる!却下だ!」


 俺が必死にそう訴えかけるが、萃那は真剣な顔つきで食い下がるようには思えない。

 素早く抜刀し、戦闘の構えをとる萃那はこちらに視線を向けないまま説明を始める。


「あの地震が彼女によって引き起こされたなら、少なくとも彼女の魔法の実力はレグウスでも存在しません!貴方が彼女に勝てる見込みが少ないんです!」


 実際、萃那の言ったことは的を射ていた。俺一人で戦ったところでスピカの未知数な実力には敵わないだろう。だからこそ萃那はそんな提案をしてきたのだ。

 だがスピカは萃那がここに残るなら殺すと言っていた。だから萃那がここに居るべきじゃないのは火を見るよりも明らかだった。

 なのに、それでも俺と共に戦う選択をするのか?萃那。


「彼女をここで抹殺すべきなのは貴方も分かっているでしょう。なら私は貴方と共に戦います。少しでも勝機を見出すために!」

「なるほどいい考えだ!却下!」

「いい考えなのに⁉」

「駄目だ!スピカ、こいつを前線に逃がす!俺とタイマンだ!」

「もう…遅いわ。ルナソル破壊【魔封結界まふうけっかいのシュワルツシルト半径】」


 不敵な笑みを浮かべたスピカは腰の魔剣を抜いて地面に突き刺す。その瞬間、魔剣を中心に大きな魔法陣が地面に展開された。

 いつの間にか地震も止み、赤色に輝くその円は半径10メートルほどの大きさまで広がると、内部で細かく魔力回路が組まれていく。それと同時に辺りが黒い霧で包まれ、周りの視界が悪くなっていく。

 やがて今いた場所すらもどこかわからなくなり、視界に映っているのは萃那とスピカのみになった。


 辺りを警戒していると霧の中からぞろぞろと人影が現れる。黒色の甲冑を纏った8体の騎士。完全に顔を隠しているためその正体ははっきりとしないが敵であることは確かだ。

 俺たちを囲むように四方に散った彼らはそれぞれ持っている武器をこちらに向けた。武器は剣や盾、弓、槍など様々だ。


「貴方たちはもうどこにも行けない。どこにも行かせない。この黒き星が貴方たちを永遠に封じ込める、光すら脱出できない監獄。ようこそ。私の絶対領域“バーゴ”へ!」

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