あきって意外と空気読むよね

「込み入ったこと聞いてもいい……?」


 あきにしては珍しく、恭しい態度でそんなことを聞いてくる。ご丁寧なことに正座までして、私の目を真っ直ぐ見ている……がすぐに視線を逸らして下の方を向いてしまう。にらめっこは私の勝ちだ。

 

 夏休みもあっという間に後半戦、残るところ一週間半から二週間程度となった、今日この頃。

 この時期に込み入ったこと、となると一体なんだろう。宿題見せてー、とかそんな在り来りな展開だったり――はあきに限ってないだろう。

 私は個人的にあきのことをアホの子だとは思っているが、バカだとは思っていないから。


「ちょっと考えさせて」

「あ、うん……」


 夏、夏休み。あきが言いそうなことといえば……夏祭りのお誘いとかはありそうだ。

 どこでどんなお祭りをやっているか、私は詳しくはないけれど、まず思い浮かんだ夏の定番といえば夏祭りだった。

 打ち上げ花火とかやってたりするのかな。

 

「浴衣は持ってるか怪しいなあ」

「……な、何の話?」


 どうやら違うらしい。

 あき、お祭りとか好きそうだけど。

 

「別に変な話じゃないから、そこまで警戒しなくても大丈夫なんだけど……」

「まあ聞こうじゃないか」


 もう少々考えてみても良さそうだったが、このまま放っておくとあきの足が痺れてしまいそうだ。

 それに夏の風物詩と言ったものに私は縁がなく、これといったものが思いつかなかったのもある。

 決してめんどくさくなったりとか、そういう訳では無い。


「お盆ってかえではどうするのかな……って」


 尻すぼみしながらあきが言う。最後の方に至っては声が小さくなりすぎて何を言っているかは聞こえなかった。


「ん、まーたぶん何も無いかな? あっても一日実家……おばあちゃん家まで行くぐらい」


 泊まったりの予定はないよ、と補足した。

 

「ごめん、なんか……聞きづらくて」

「謝んないでって、変な気はつかわなくていいのに」


 やや尖った口調になってしまったのを自覚して、慌ててあきちゃんは繊細だなー、と笑い飛ばす。

 ここぞと言った場面では遠慮がなく、豪胆なイメージすら抱かせるあきだけれど、普段はむしろ、私の家庭環境を気にしすぎているきらいがある。


 その度に私は気にするなよー、なんて茶化すけれど、その対応が彼女のそういった態度を助長させているのかもしれなかった。

 ここで一度、ガツンと言っておくべきなのか……なんて考えてはすぐやめた。

 あまりにも私らしくもないし、それはそれでかえって余計触れずらくなるだけだろう。

 こんなことで関係にヒビが入るなんて恐れてはいないけれど、最適な言葉を選ぶことができるとは思えなかった。


 ……なんて取り繕って、正当化してみたけれど。  

 触れてほしくないのは実際間違いではないのだろう。別に大した出来事では無い、よくある話だ。

 遠慮せずに触れてほしい。だけど気軽に触れてほしい訳ではない。

 聞かないで欲しい。だけど私が話すのを待っていて欲しい。

 聞いて欲しい。……聞かないで欲しい。

 あべこべで、矛盾している。

 

「か、かえで怖い顔してる……」

「おっと失礼。少々思うところが……なんてねっ。私たちの仲なんだから遠慮することないって」


 はっはっは、と笑い飛ばす。

 余計なことは考えないのが吉だ。

 遠慮することない、なんて我ながら露骨なラインを引いた。

 中途半端に触れるな、と暗に言っているのがあきには伝わっただろうか。あきに遠慮される度にこんな気持ちになるなら、いっそ金輪際触れてほしくない。

 私が話すのを待っていて欲しい。そのうち、いつかきっと話すから。

 だから私に話させてくれるぐらい、心を開かせて欲しい。


「は、はっはっは」 


 そんな私の態度を見て、逡巡した様子のあきは最終的に私のように笑い飛ばすことで決着をつけたらしい。私の悪いところを真似するな、あき。


「それで何の話だっけ?」

「……おばさんを紹介してもらう話、まだ生きてる?」


 おばさんと言うのは私の数少ない親戚のことだ。

 両親が居なくなってから、私の面倒を甲斐甲斐しく見に来てくれる、父親の妹――文字通り叔母さんにあたる。

 便宜上あきの前ではおばさんと呼んでいるが、実際のところは名前呼びだったりする。年の離れたお姉ちゃんぐらいの感覚だ。年どころか世代が違うが。

 法律上、私の保護をしてくれている立場でもあるらしい。本人も三人の子供を抱えている中、よく私の事を気にかけてくれるものだ、なんて少しふてぶてしすぎるだろうか。

 私はあまり当時の記憶が残っていないから、どういう経緯で私の後見人になったのかはわからない。

 

「そう言えばそんな話、あったね。忘れてた」

 

 てへ、っとわざとらしく微笑むと、あきはわかりやすく仰け反って、イルカのような奇声をあげてそのまま背中から倒れてしまう。効果抜群だったらしいが、効きすぎてやしないか。


「あ、足が痺れた……」

「おドジ」


 いてて、と上半身を起こして、脚を伸ばしたり、縮めたりして、痺れを取ろうとしているらしいあきは色々ガードが緩い。と言うにもあきちゃんは決して長くはないスカートを着用しているのだ。

 残念ながら今の私の位置からでは見えないが、移動したら恐らく諸々を拝見することが出来るだろう。

 もしそんなことをしたら顔面を蹴り飛ばされそうだからしないけど。あきならやりかねない。

 照れ隠しで済むとは思えなかった。

 

「スカートでそれはちょっと色々緩すぎない?」

「せ、セクハラ!」

「短いスカートでそんなこと言われても」

「痴漢する人が逮捕された時に言うやつじゃん」

「一緒にされると困るなー」


 いや、ちょっとイタズラしたい欲が湧いてきたかもしれない。

 ほとんど衝動的にてい、とあきの脚を掴むとほんのりと汗ばんでいるのか、やや湿った感触が手に伝わる。あきが声にならない高音の悲鳴を上げて、抵抗する。


「いてっいた、いたいいたい!」


 結構遠慮のない抵抗だった。幸いにも蹴られる事はなかったけれど、なかなか活きのいい暴れっぷりであった。これがセミファイナルか。


「な、なにするの!」


 顔を真っ赤にしたあきが肩で息をしながら抗議の声を上げる。興奮しているのか小刻みにぷるぷる震えていた。


「ごめん、ついね」

「て、手癖が悪いよ……!」

「いやーいい脚してるなと」

「あ、脚フェチ……!?」

「変な誤解はやめてね」

 

 かえでって意外と変態だよね……とようやく落ち着いたあきがなんとも言えない顔で私を見ている。

 どうやら変な誤解をされてしまってみたいだが、この際気にしないことにする。


「黒」


 むしろ煽ってみたらどうなるんだろう。

 またしても湧いた好奇心が止められず、つい呟いてしまう。

 結果、あきは限界を迎えると真っ赤を通り越して真っ白になることを私は知った。

 さながら秋が終わって冬を迎えたと言ったところか。これがあきの雪化粧、なんつって。


「それで話戻すんだけど」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待って! なにしれっと戻そうとしてる! 見た、見たっ見たな!」


 ややカタコト気味であきが捲し立てる。

 色々余裕が無いのは切実に伝わってきた。

 色、だけに。なんて言ったらどうなるだろう。

 言わないけれど。


「ただ色の名前を何となく呟いただけだけれど……」

「た、タイミング! 見、見たでしょ」

「他意はないよ。減るもんじゃないしいいじゃん……?」

「あるじゃん! その言い方は他意しかないじゃん!」

「でもあき、制服だと下に短パン履いてるよね」

「なっなん、なんでそれも知ってる……!」

「いやこれに関しては一緒の部屋で着替えてるでしょ」

「へ、変態……!」

「ごめんて……」


 へへへ、と笑って、いつものように誤魔化そうとするけれど、このタイミングだと下卑た笑い声に我ながら聞こえた。あきはますます警戒心を募らせたようで、スカートを抑えてがっしりとガードしている。


「それで話戻すんだけど……真面目にね?」

「あっうん……」


 そう言うとあきはスン、と落ち着いて、足元の警戒も解いてしまう。聞き分けの良さや切り替えの速さが目に見えた瞬間でもあった。

 普段めちゃくちゃな行動を取りがちなあきだけれど、肝心なところは外さない強さがある。

 空気を読むのが上手い、とでも言おうか。

 表情や色が目に見えて変わる彼女だけれど、こうした切り替えをしている時、本人は一体どんな心境なのだろう。


「おばさんとあきが会う話が生きてるか、だっけか」

「あ、うん……。挨拶してみたいな、って」

「結婚の挨拶でもするみたいな態度だね」

「けっ結婚はまだしないけど……!」


 まだってなんだよ。言い回しに引っ掛かりを覚えつつも、指摘すると長くなりそうなのでそこは一旦スルーすることにする。スルーする。


「……急に何笑ってるの?」

「なんでもないよ。それで、お盆の話とどう繋がってくるの?」

「わたしたち、お盆はおばあちゃん家に数日泊まりに行くからさ、かえでの所に遊びに来れなくて」


 それに、とあきが続ける。


「かえでにお世話になってるし、その保護者……の方だからご挨拶、したいなって」

 

 あきの生真面目な部分が前面的に押し出された回答だった。実際、おばさんもあきに会いたがっていたから、いつか相まみえることにはなるだろう。

 

「うーん……。急にってなると、難しいかな。ごめんね、私が放置してただけなんだけどさ」

「あっいや、大丈夫だよ!」

「その理屈だと……そうだな。むしろ、わたしがあきのご両親に挨拶しないといけないかもね」

「そ、そんなことないよ! 別に……かえでは何もしなくても」

「何を言うかね。娘さんを頂くんだから挨拶はしなきゃ」

「い、頂く!?」

「脚はもう頂いたし、次は……」


 腕をワシワシさせてあきに迫ってみたりする。

 残念ながらあきは意に介すことはなく、毅然な態度で口を開く。


「じゃ、じゃあ……うちに来ます……か」


 最初の方は威勢を保てていたものの、最後の方にはいつも通りのしなしなあきに元通りだ。

 目がぷるぷると震えていて、耳が赤くなっているのが見えた。


「……まあ、挨拶はしないと、だもんね」


 何だか逆に恥ずかしくなってきて、距離を取って背を伸ばす。そんな態度を取られるとなんだか私まで恥ずかしいじゃないか。

 そこからは少々居た堪れない空気を過ごしたものの、結局直ぐにいつも通りの雰囲気に戻って和やかな時間を過ごした。

 かく言うわけで、あきの家に行くことになったのです。

 





 

 

 

  

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