ぽろりもあるよ

「本当に海ってあったんだなあ……」

「……一応、地元だよね?」

「山の方に住んでると見る機会って中々ないじゃん」


 かえでが惚けた様に海を眺める様を見て苦笑する。海を見るのは初めてらしい。ここに至るまで電車とバスを経由してきたが、道中見える海に逐一感激していたぐらいだ。

 あのかえでが道中寝なかったのだ。

 個人的には結構な大事件だ。


「地平線って、あるんだねえ」 

「……水平線の話?」

「あっそっか、海だもんね。水平線か……」


 しみじみ。視線を変えることなく、海をぼんやり眺めているかえでは実に絵になる。

 今日のかえでは清楚な白いワンピースに麦わら帽子。王道的なファッションが実によく似合っている。それに普段隠されている白い四肢が惜しげも無く晒されていて、妙に艶かしい……そんな印象を抱いていたが。

 問題は足元だ。

 

「……長靴、似合ってるけど」

「ん? うん、そっ、長靴。海って入ったことないし、素足で入るの怖いし」

「確かに似合ってるんだけど……」


 なんだろう、締まらないというか。

 ワンピースに麦わら帽子、ここまでは凄く王道的で、実際彼女にとても似合っていて可愛くて。

 ただ足元の黄色い長靴で一気に持ってかれてしまうのだ。いやしかしその抜けてる感が実にかえでらしくて、堪らなく可愛らしくて。

 有り体にいえば子供らしくて、微笑ましさすら覚えた。見た目だけで言えば年相応なのに、彼女はわたしと確かに同年代で、改めて実感するそのギャップに脳がやられる。


「ふふん」


 こちらを見てギャルピース。

 ――何かが射抜かれる音がした。

 ……まだ、まだ耐えろ、わたし。

 口から何かを吹き出しそうになった。

 珍しくも上機嫌な様子にドキマギさせられる。

 普段のクールな様子からは想像できないそのお茶目さが、確かにわたしを狂わせ惹き付けるのだ。

 ――いや、クールかな……クール? ……うん、クールだよね。


「私ばっか見てるじゃん、海を見に来たんじゃないのかー?」


 んへへ、と子供らしく笑うその笑顔は見たことのないもので。


「ず、ずるい……なっなんか眩しい……!」

「確かにねえ、海ってこんなキラキラしてるんだなあ……」


 感慨深けなかえでとは逆にわたしはもういっぱいいっぱいで。お腹もいっぱいで。

 こんな幸せなこと、あっていいのだろうか。

 来てよかったなあ、海。

 ありがとう神様。今、わたしすっごーく幸福。


「す、凄く似合ってる……と思うます」

「突然なに言ってんの……、それに思うますってなんだよ……でも、ありがと」


 普段は適当に流されるような場面なのに。

 素直に受け取られると、困る。わたしはもう既に色々限界で、あれやこれでオーバーヒートしかけているんだよ、かえで。それ以上可愛いの暴力でわたしをいたぶらないでほしい。

 なんて、決して声には出さないけど。

 口からあぅ、なんて情けない音が漏れているのをかえでに指摘されて、慌ててだらしない口を閉じる。

 あいにく取り繕う余裕の在庫は切らしていた。


「これね、おばさんが買ってくれたんだ」

「おばさん……って、面倒見に来てくれてるっていう」

「そ、父方の親戚なんだけどね、お父さんの妹。友達と海に行く、って言ったら色々買ってくれた」


 なんか申し訳ないね、とかえでが笑う。

 話に聞く限り、随分可愛がられているらしい。


「そのおばさんはかえでの魅力をよくわかってると思う……!」

「……一応ありがとう? 伝えとくね」

「ぜひよろしくお願いします」


 かえでの親代わり、といったところか。

 いつか挨拶する機会、あるといいけれど。

 シンパシーをかえでのおばさんに抱きつつ、かえでを直視できないのもあって、わたしも海の方へと視線を向ける。

 今までかえでばかり見ていて気づかなかったけれど、確かに眩しい。

 今日は見事な快晴で、海面が鏡の如く光を反射してわたしたちを照らしている。やや眩しすぎるぐらいだ。

 浜辺にも人は決して多くはなく、中々いい時期に来れたのではないだろうか。閑散期ほどではないけれど、繁忙期とはまた程遠い。

 本当になかなかいい頃合いだ。

 それにかえでの水着姿を見てしまう人が少ないのはいい事だろう。


「ね。意外と人、少ないね」

「地元民はあんまり来ないし、まだ観光客が来る時期でもないからね」

「二人じめだ」


 にひひ、といたずらっぽくかえでが笑う。

 せっかくかえでから視線も思考も逸らしているのに、下から不意にフェードインしてくるのはやめて頂きたい。心臓がいくつあってもこの調子じゃとても耐えられる気がしない。


「でも、海って何するの? あきちゃん」

 「あっあきちゃんやめて。えっそりゃあ泳いだり……あれ、うーん……」


 泳いだり……眺めたり……。

 言われてみれば、確かに海って何をするんだろう。過去、わたしが家族で来た時にはどうだったか。

 泳いで、はしゃいで、のんびりして。お昼にお店のご飯を食べてみたりして……。

 そう、肝心なのは同じ場所で同じ時を過ごすことだ。誰と、過ごすかなんだ。

 でも、それはわたしに限った話で。

 わたしはかえでと海に来たかった。かえではきっと違う。それを今は受け止める強かさがわたしには求められている。

 そう考えているうちに少しばかり冷静になる。


「――ちゃーん、あき? あきちゃーん?」

「ひゃひゃい!」


 かえではわたしの顔の前で手のひらをヒラヒラさせていた。また、考え込んでしまっていたのだろうか。


「そんなに真剣に考えてたんだ、海で何するか」


 ややからかうようなそんな口調に頬が染まっていくのを顔の熱で感じていた。


「ま、まあそんなとこ……でっです」

「でっです」

「です……」

「んまーでもさ、いいもんだね、海」


 かえでが満足気に腕を伸ばす。

 そういえばかえではよく伸びをする。そんなことに今更気づく。


「いいもんだ、海」


 言い聞かせるような、そんな達観した様子のかえでを風が撫でていく。光の反射か、いつもより一段と藍い髪が揺れる。

 なにか思うところがあるその様子はしおらしくも、諦観しているようにも見えた。

 黄色い長靴が上機嫌にリズムを刻んでいる。

 そのふとした所作がどこまでも子供らしくて、それでいてわたしよりずっと大人に見える。だけれどもやっぱり子供で。

 掴みどころがない彼女にわたしはどこまでも毒されている。――目を奪われている。

 

「匂いがもうなんかしょっぱっぴー。ほんとに塩なんだねえ」


 何そのおっぱっぴーみたいなの。


「よく笑うよね、今日のかえで」

「そ? そうかも。普段もよく笑うけどね?」

「今日は一段と、笑う気がするなって。まだ浜辺にも行ってないのに」

「そうだねえ。だったら行こうよ、浜辺」

「先にきっ着替えを……」 

「そういやわたし、あきが結局どんな水着買ったか見てない」

「あの時のかえではへとへとだったからね……」


 疲れに疲れて、どろどろに溶けていたかえでの様子は目に新しい。あの時のかえでは見たことがないぐらい疲れ果てていた。

 

「笑うなよお」

「……笑ってた?」

「笑ってたよ」


 口を尖らせてわざとらしくいじけるその様子が愛おしくて、思わず抱きつきそうになってしまう。

 ……しまうだけだ、実行はしない。

 衝動を全力で抑えつつ、更衣室の位置を指で示して行こ、とかえでを促す。

 もし、もし手を繋いだら、わたしたちは一体何に見えるんだろう。



「私、待ってるね」


 更衣室に着いた途端、かえでがそんなことを言い始める。


「んええっえっえ」

「何奇声あげてんの」

「いや、べっべつにわたし着替えてるとこ覗いたりしないし!!」

「そんなこと一言も言ってないけど……。下心すごいねあき」

「ばっばばばば」

「冗談だって、動揺しすぎ」


 ハッハッハ、と笑うかえでは実に快活で、別に、別に下心がある訳では無いけれど、後ろめたいものがある。決して下心がある訳では無い。


「じゃじゃーん、見てこれ」


 そう言ってかえでは自身のワンピースをたくし上げようとして――。


「ばっばか! なにしてんの!」

「こ、声でか! びっくりしたあ」

「ひ、人様の前で何してるのっ! そ、そんな風に育てた覚えはないよ……!」

「育てられた覚えはないかな?」


 にしたってそんな人前であっぴろげられて溜まるか! 心臓の在庫も怪しくなってきた。

 胸がドクドクと嫌な音を上げている。


「大げさだなあ……、じゃあ何、人前じゃなかったらいいの?」

「そういうわけでもないっ…………けど!」

「やや間があったな」

「ないよ!」

「そーだね」

「棒読みやめて……」

「ほらじゃあこっちおいで」

「なっなっなにを」


 腕を引かれて連れていかれたのは建物裏。

 今から何が起きるのか、考えたいような考えてはいけないような。背徳感があるようななにかなのは間違いない。

 

「だっダメだよかえでっ! そんな趣味があるのは知らなかったけど……! こ、今度別の機会でっ」

「何か重大な勘違いをしているな?」


 ほら、とワンピースをケロッとした顔でかえではたくし上げる。

 目を逸らしつつ、逸らしつつ、少しずつ視界に入ってきてもいる気もするけど逸らしつつ!

 そのうち言い訳もできないぐらい視線を向けると、そこにあるのはかつてわたしが選んだ水着。


「へ……?」

「いやだなあ……定番じゃん? 水着、下に着てくるの」

「まっまあそうだけど……」


 そこにあるものを別にしても、かえでがワンピースをたくしあげているその状況がとんでもなく背徳的で、……扇情的で。

 かえではただわたしをからかうつもりだったのかもしれないけれど、あまりに羞恥心がかけていないだろうか。


「――ぴ」

「ぴ……?」

「――ぴえぇっ……」


 心臓はもはや在庫切れだ。


―あとがき―


最近あとがきが多くて申し訳ないです。

完全に趣味で書いている本作ですが、せっかくなので公式のコンテストに応募してみたりしているのですが、本作は百合xラブコメなのか百合x青春なのか……一体全体どちらなんでしょう。

ラブコメ……と言うにもコメディ感もありませんし、じゃあ青春か……と言うと青春感もないような気もするのです。

そもそも根幹の百合要素自体薄い方の可能性もありますが……。

簡潔でもご意見くださると助かります。


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