第55話:村の現状

 村の中に入ると、その惨状をより実感させられた。

 扉は打ち壊されており、家は風通しが良すぎるぐらいにリフォームされている。

 元々は家だったのだろうなと思われる大量の燃えカスが積み重なっているところも見受けられた。


 こんな荒廃した状況ではあるが、家の中からこちらを覗く視線をいくつも感じる。

 戦争するにあたって、彼らに避難するよう指示を出したが、人的被害はなくても家屋が破壊されるのは防ぎようがないのが事実であった。


 人的被害がないからと言って、彼らは村を生活基盤にしているため、村を破壊された彼らの心境は想像に難くない。


 村の中心を歩いていると、一人の老人が歩み出てくる。


「……この村に税を収める余力はありませぬ」


 老人は、開口一番にそう告げる。

 この一言で、彼らが貴族をどう思っているのかがよくわかる。

 用を聞くわけでもなく、税なんて払えないよとわざわざ言うあたり、貴族に取って領民とは、税の取り立てや徴兵にしか顔を出さないと思われているのだろう。


「少し視察に訪れただけだ」

「……そう、でしたか」


 俺がそう説明しても、老人は安心したような素振りは見られない。

 あまり家臣を傍においては威圧感が出るかと思って、すこし距離を置いてるのだが……安心してはくれないか。


 俺は改めて村を見渡した時に、視界の端から飛んでくる黒い物体を認識した。


 ドゴッ


 鈍い音と共に、痛みと衝撃が俺の頭を揺らす。

 黒い物体が飛んできた方向を確認すると、一人の少年が立っていた。


「貴族なんて! いっつも僕たちから奪っていくだけじゃないか! 帰れ!」


 少年は声高らかにそう叫ぶと、辺りに隠れていた村人が一斉に飛び出し少年を抑え込む。

 そして近くにいたヴェルナーが剣を抜き放ち、少年に向かって走り出す。


「━━おまえッ!」

「待て!!」


 俺の一声は全員の動きを止めた。


 頭は痛みで揺れるが、思考は冷静であった。

 正直、俺は思ってしまったのだ。この状況は使と。


 領民にとって貴族とは、基本加害者である場合が多い。だが、今この瞬間だけは被害者に見えるのだ。

 俺は思考を始める。彼らのような領民にどう言葉を投げかけ、俺を信頼してもらえるか…。


 俺が思考をしている間は2分くらいだろうか? 付近の誰も身動き声を上げることもできず、辺りは沈黙が支配する。

 ただ、俺の額からポタポタと血が滴る音だけが嫌と言うほど耳に届く。

 家臣も領民も、みなが固唾をのんで俺の次の言動を待っている。


 俺は、冷静に、ゆっくりと諭すように沈黙を破り、話を始める。


「……そうだ。貴族はいつも諸君から奪うだけだ。なにかとあれば税を重くし、それでも足りなければありとあらゆるモノを奪い去る。君たちの意思とは関係なく、必要であれば徴兵し、戦争に駆り出す」


 まず彼らの考えを肯定する。


 彼らも、よく実感していることだろう。悲痛な顔持ちをしているが、貴族の俺に反感を恐れて、否定も肯定も示さない。

 俺は、そんな彼らを見渡し、もう一つ息を吸い込む。


「だが、私は今までの貴族とは違う。老人よ。去年の税は、今までと比べてどうだった?」

「……軽うございました」


 老人は、恐る恐るといった口調で答える。

 俺は視点を移し、少年を取り押さえている男に声をかける。


「そこの者よ。さきに戦があったが徴兵されたか?」

「……いいえ」


 男も、顔には不安が張り付いてる。

 俺は改めて、彼ら全員を見渡し、皆に声が届くように話す。


「私は諸君らが飢えもせず、安心して暮らせる未来を作りたい。だが、これは私一人でなせることではない。騎士も領民も司教も、全員が協力してこそ成し遂げることが出来る」


 俺は、一呼吸挟む。


「そして、協力と言っても、諸君らから一方的に搾取することはないと約束しよう、皆が私を支えてくれるならば、私もみなに報いよう」


 俺は懐からジャラジャラと音を立てる布袋を取り出す。

 さらば。賠償金。

 俺は、皆に見える形で袋から金貨を取り出す。


「私は、今ここに示そう。諸君らの協力に報いると」



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