第8話 招かれざる客

 サーオインにルティ様と一緒に家の蝋燭を取り替えて、木の実がたっぷり入ったケーキを一緒に食べて過ごした。その日から、ルティ様との距離も近くなったと思う。

 ハグやキスも受け入れている自分がいる。嫌いじゃない。

 明確な肩書きはない状態。

 過保護な保護者であり恋人未満?

 ルティ様のことは好き──だと思う。今のルティ様と一緒にいられるのなら、過去なんてどうでもいいと思う反面、私が前世の記憶持ちだと気付かれたら?

 今世で《片翼》だと言われたら……この関係が終わる。


 だから保険を掛けたくて、自立しようと計画を立てたのだ。その目論見は半分達成して、半分失敗した。ルティ様との距離がどんどん縮まって、私のほうが傍を離れたくないと思うようになってしまったのだ。

 思いが強くなればなるほど、過去のブリジット前世の私の悲しみと苦痛が胸をかき乱す。その重みに潰される前になんとかしないといけないのに……。

 ルティ様と離れたくない。嫌われたくない。前世のような関係に戻りたくない……。


 しんしんと静かに雪が降り積もる中、カーディガンを編みながら物思いに耽るのは、ルティ様が家にいないからだ。

 世界樹都市カエルラで山火事が発生したらしく、消火活動に駆り出されている。こういった災害時は、森の大賢者であるルティ様の出番となるのだ。

 私も付いて行きたかったけれど、危険だと言われてお留守番である。


『いいかい、急用と言って訪ねてくる者がいても家には上げないこと。一応、防御結界を張っているから、どんな相手でも信じない、着いて行かない、私が危険な目に遭っているから──なんていう言葉も無視してくれ。絶対にそんなことは起きないから。むしろ世界を滅ぼしたとしてもシズクの元に戻る』


 このセリフを十回以上聞かされた上に、いくつものアクセサリー系魔導具を装着させられている。

 耳飾りは私の位置が特定できるとか。

 真珠のネックレスは魅了及び洗脳効果無効化。指輪は物理攻撃、魔法攻撃無効化。もう一つの指輪には毒無効化。

 白と藍色の長袖のドレスはドラゴンのブレスには耐えられる一級品の素材を使っている。ブーツは脚力アップと転移魔法が施されている優れもの……過保護過ぎる。私は魔王城に行く勇者か、と思うほどだ。


 大事にされている。それが目に見えて分かるのが嬉しい。

 大事だと愛していると、言葉にしてくれることで胸が熱くなる。

 惹かれている気持ちが強くなる。

 今日こそはルティ様に、ブリジットのことを聞く! だから……どうか、無事に戻ってきて……。


 ドンドンッ!

 酷く乱暴にドアを叩く音に心臓がドキリとした。ここで暮らして時折、緊急事態でルティ様を訪ねてくる人たちがいることを知っている。

 こんな大雪の中、尋ねてくるなんて急ぎの用よね?

 家の扉の前まで急ぎ向かい、入り口の明かりを付けた。深呼吸をして、扉の向こうの人に声をかける。


「どのような、ご用件でしょうか?」

『──っ、森の大賢者殿か!? 早く開けてくれ! 至急頼みたいことがあるんだ!』


 想像よりもずっと若い声だ。耳を澄ませると足音は複数。切羽詰まった声に怯み掛けたが、教えられたとおりの言葉を返す。


「も、申し訳ありません。今、大賢者様は所用で留守にしております。そして主人が留守の場合はいかなる者も、家の中に入れることはできません。戻りましたら伝令を出しますのでお近くの──」

『それでは間に合わない! 部下の命が危ないのだ。宿では迷惑が掛かってしまう! せめてこの家の中なら、彼女も迂闊には手が出せなくなる。頼む!』

「(ど、どうしよう……。事情はよくわからないけれど、追っ手? ルティ様は森の大賢者で、揉め事の仲裁役もしているからセーフハウス扱いされている? で、でも私一人じゃ対処できないし……ハッ、そうだ)どんなご事情があるかは存じませんが主人がいない以上、扉を開けることはできません。ただ森の大賢者としての領域で安全を確保したいというのであれば、傍に納屋があり、そちらに毛布や暖炉設備もしています。大賢者様が戻られるまで──」

『王子に納屋で休めと!?』

『無礼が過ぎる』


 カチャカチャと甲冑音がドアの前に近づく音に、ブリジット前世の私を刺した時に聞こえた甲冑音とダブって──トラウマが蘇った。


「──っ」


 怖くて両手で口を押さえて、堪えた。

 大丈夫。

 扉にも魔法障壁を付与したって、ルティ様が言っていたもの。


『すまないが、納屋ではアレの脅威から部下を守れない。ドアを開けて貰えないだろうか』

「……っ、できません」

『そうか。ではこちらも部下の命が掛かっているので、強行させてもらう! 守り手よ、その御手により閉ざされた花を開き給え──解除リリース

「!?」


 硝子の砕けた音がした途端、ドアがタガタと揺れてアッサリと扉が開いてしまった。黒い外套を羽織った男たちが部屋になだれ込む。

 剣や籠手に血が付いているのを見て縮み上がった。


「──ひっ」


 なだれ込んだ四人の中で、担がれた青年以外は未だ剣を握ったままで私に視線を向ける。敵意と怒りに満ちた目は、酷く淀んでいるように見えた。


「おい、さっさと毛布やら温かい物を出せ!」

「使用人風情が逆らうな!」

「──っ、それ以上中に入ってこないで」

「はあ? なにを偉そうな」

「痛い目見ないと分からないのか。……へへっ、躾が必要そうだな」

「……ああ、これは楽しめそうじゃないか」

「ベルキ、チェフ! 止めないか。剣をしまえ」


 騎士風な見た目の男二人は護衛? 

 細身の青年と床で倒れている人は高位の貴族っぽい?

 でもこの敵意と嫌悪感を覚えるような眼差しはなに?


「王子。俺たちの依頼は森の大賢者まで無事に送り届けること。契約はこれで履行した」

「そういうこと。つまり、この先のお楽しみは殿下には関係ないってことで」

「何を!」

「がふっ……がぁっ」

「──っ、エディ! しっかしろ」

「それじゃあ、俺たちは俺たちで楽しませて貰うんで」

「帰りの道中で依頼が必要なら後で声をかけてください。安くしてあげますよ」


 下卑た笑みにゾゾゾッと背筋が凍り付く。

 今ならルティ様の過保護が身をもってわかった。この世界は法と秩序が機能していない場所がたくさんある。特に女性が一人だけの場合は危険だというのも──。


「ベルキ、チェフ! 彼女は大賢者殿の」

「使用人風情ならすぐに代えが利きますよ!」

「そうそう。なんならすでに大賢者とだって──」


 金髪碧眼の青年が静止するが、血走った目の二人は構わずに私にずんずんと近づく。

 甲冑音。

 血の付いた剣。

 敵意。

 あの日と同じ、誰も味方がいない。

 誰も助けてはくれない。「生贄なのだから当然よ」とブリジットの声が届く。

 いざとなったら辱めを受ける前に命を──。

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